一章

第3話

 おじさんを弔った後、ヴァニタスの『死体から価値のあるものを持って行ってはどうだ?』というなんとも不健全な助言をこなした。

 御者さんよりも肉片共のほうがお金を持っていたのは少し腹立たしかったが、これでしばらく懐に余裕が出来た。

 血まみれになってしまった服の代わりと、角を隠すための外套を買うとしよう。


 そして、何よりも驚きだったのが、盗賊の一人が手鏡なんてものを持っていたことである。

盗賊なのに外見を気にするなんておかしいと思うのは、単なる偏見だったのだろうか?


 まあ、その手鏡によって私が今どれほど血まみれなのかを再認識できた。

 薄ピンクだったはずの髪も、赤黒く染まってしまっている。

 ……おかげで、自分の姿を見て気持ち悪くなるというレアな体験ができたよ。

 やったね。……やったね?


 そんなこんなで、アジリティエンハンス速度上昇をかけて、首都デアスターに到着したのは日が暮れる直前だった。


「ようやく街が見えた……こんな距離、初めて走ったよ。しかも、こんなスピードで」

『とはいえ悪魔の肉体なのだから、そこまで疲労感はないであろう?』

「それはそうだけど。……それはそれでなーんか、フクザツな気分」


 門では、血まみれの私を見て、門番さんにもちろん心配された。


「次の奴、来い」

「はーい。いっきまーす」

「お前は……血だらけではないか。何があったんだ? 怪我は?」

「あー、えーっと、野生動物に襲われまして、撃退したときに、血を浴びちゃったんですよ……ね?」


事前に考えていた言い訳を口にする。


「まだ小さいのに動物を狩れたのか?」

「私、脱いだらすごいんですよ? ……いま、鼻で笑いましたよね! ねっ!?」

「はっはっはっ。街に入ったら血を井戸の水で洗い流せ。服は、買いなおすことになりそうだが」

「もちろん!」


 親切にも宿の場所と服屋を教えてくれた。

 土地勘がない田舎者にはありがたいサービスだ。


 とりあえず、井戸に行って体を清めた後、服屋に向かう。

 さすがにこんな血まみれの服で歩き回りたくない。

 視線が痛いし。


「これ、かわいい……! けど、高いなぁ!」

『そうか? 今の所持金で言えば、十分手の届く範囲ではないか?』

「私、これから冒険者になるんだよ? 武器は虚飾の大槌で何とかなるにせよ、防具を買うためにも節約しないと!」


 服を泣く泣く元の位置に戻す。これからのためだ、仕方ない……!


『防具、必要か?』

「え? っとそりゃあ必要でしょ」

『アンのディフェンスエンハンス防御力上昇を使っていれば、防具があろうと無かろうと、関係ないだろう?』

「――確か、に? あれ、そうか? そうだ、ね」


 盗賊どもを肉片にしたときに使った補助魔法、ディフェンスエンハンスは防御力を上げるものだ。

 ただの補助魔法ならともかく、ヴァニタスの能力込みのものなら防具があっても意味がない。


「じゃあこれ、買っちゃおうかな?」

『買ってしまえ買ってしまえ! 散財は虚飾の十八番だ!』

「買っちゃうかぁ!」


 大丈夫、大丈夫。なんせ私は、これから冒険者になるのだから。


 服屋では、気に入った服のセットに合わせて、下着数セット、パジャマ、替えの洋服などなど……とにかく、色々買ってしまった。買い漁ってしまった。


「洋服は全部泥まみれで全滅してたから、新しく買わないといけないんだった……お金、大丈夫かなぁ?」

『その日も跨げぬ程に浪費する、それもまた虚飾よ!』

「またそうやって! ヴァニアスがそう言ってそそのかしたせいだからねっ!」

『ヴァニタスだ! アン、もしやわざと間違えてはおるまいな!?』

「ん~ん? なんのこと? ヴァニハス?」

『だ・か・ら! ヴァニスだと言っておるだろうっ!』


 その後、無事にお気に入りの服に着替えた。

 ……その上から外套を被るわけだから、八割ぐらい見えなくなってしまうことは、気が付かないことにする。


 門番さんに紹介された宿屋に入って、一息つく。

 門番さん曰く「安くておすすめ」らしいこのお宿。確かにリーズナブルなお値段だが、残念ながら現在の私の懐事情的には大ダメージだ。


 案内された部屋に到着し、ちょっと年季の入ったベッドに大の字にダイブした。

 柔らかな毛布に包まれて、ようやく体の力が抜けてくるのを感じる。


「……なんか今日は、いろんなことがあった気がする」

『偉大なる虚飾の悪魔、ヴァニタス様と契約できた素晴らしい日だったではないか!』

「あーはいはい。すごいすごい」


 枕に頭を乗せながら言った言葉は、思った以上に棒読みだった。


『対応雑過ぎないか!?』

「だって、よく考えて。村から出てって、移動中に盗賊に襲われて、かと思えば目の前でさっきまで人が殺されて、そうしたらなんかうるっさい悪魔と契約することになって、盗賊全員をミンチにしたらこの街までランニング大会だよ!?」

『よ、よく一息で言えたな、今の……』

「もう、それぐらい疲れたってことっ! 寝る! おやすみ!」

『お、おう』


 足をバタバタと動かして、枕に強く抱き着いた。

 家から離れて初めての夜のはずなのに、まったくそんな雰囲気がないのが悲しいところだ。

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今日も少女は、虚飾を纏う。 黒瀬くらり @klose_cl

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