第37話

 両極端な話を聞けば何か閃くかもしれない。発想はなかなかだったと自負しているけれど、結論から言うとあんまり成果はあがらなかった。


 中村と会ったその日の夜。つまり無理矢理追い出された翌日に突然呼び出されたサクは、怪訝そうというよりちょっと不機嫌そうだった。冷凍庫に入っていたアイスクリーム一カップを供えてご機嫌をとってみる。うん、大丈夫かも。


「んで何さ、急に聞きたいことって。エッセイ書いてるんじゃなかったの?」


「だいじょぶ、ちゃんとエッセイは準備中だから」


 本当に大丈夫なのかとかなり疑わしい目を向けられたから、迷う暇もなく本題に入る。


「あのさ、サク前に言ってたじゃん。私が元カレと別れたのは私の面倒くさがりが原因じゃないって。あれって、どういうことか聞いておきたいと思って」


 疑わしく睨んでいた目が『はぁ?』って感じに歪められた。いけない、アイスクリーム効果が切れちゃう……じゃなくて、ちゃんと前提から説明しないといけなかった。このときのためにちゃんと説明する順序を考えていたはずなのに、いざとなると段取りなんて全部忘れてしまう。


「エッセイの題材なんだけどさ。私の面倒くさがりなところについて書こうかなって思ってて。そうすると一番書きやすいのが元カレと自然消滅した話なんだけど。でもそういえばサクが前に、違うって言ってたなと思って。なんでか聞いとかないと、エッセイにならない気がするし」


 ちゃんと言えた。若干、いやだいぶ? 嘘が混ざっているけれど、仕方がない。元カレについてのエッセイを書きますだなんて、どう言って納得させればいいんだかわからない。

 そんな面倒な段階を踏んでいる暇はない。けっして逃げているわけではない。


 アイスクリームを食べ終わってしまったサクの前に、ビールの缶を一本お供えする。

 ついでにキッチンの引き出しに入っていたポテチを一袋開ける。サクは遠慮もせず缶を開けてポテチをつまむ。


「……別によくない? そんな昔のこと、書かなくたって」


「いやいや。高校のときって、そんな昔でもないでしょ」


「でもさ、めんどくさがりエピソードならほかにもたくさんあるだろ。メールに返信しないとか、洗った服畳むのめんどーだからすぐ着るとか」


「そういう日常的なことって、インパクトに欠けるじゃん?」


「そーか?」


 予想はしていたけれど、やっぱり話したくなさそうだ。これ以上なんて説得すればいいんだろう。とりあえずビールのおかわりを持ってくる以外思いつかない。でもサクは一本目が空になったっていうのに、二本目を開けない。


 私としてはここで簡単に諦めるわけにはいかないし、サクとしてはどうしても話したくないんだと思う。お互い譲れない。

 そんな沈黙が長く続くかと思ったら、サクは案外あっさり方向転換した。


「まあ、あくまでも俺の予想だけど。もしいずみが面倒くさくてメールしなくなったとしても、俺だったらいずみに拒否られるまでメールし続けると思うんだよな」


 うん? つまり?


「面倒くさがりのいずみに合わせて向こうまでメールしなくなったってのは、結局、向こうもそんなにいずみのこと好きじゃなかったんじゃねえかなって。本当に好きなら嫌われるまでメールするじゃん? そしたらどこかでいずみがふるとか、話し合って別れるとかになってさ。自然消滅とか、たぶん、あり得なかっただろ」


 ああ、なるほど。


 つまり別れ話にも至らなかったっていうこと自体が、翔が私に興味を失っていたことの証明だということらしい。


「いずみだって好きだったら、ちょっとくらい面倒でもメールとかちゃんとしただろ? お互いメールが止まったんなら、なんだかんだ言って、やっぱりお互いどうでもよくなってたってことじゃね? あんまり全部、なにがなんでも面倒くさがりの性格のせいだって、決めつけない方がいいだろ」


 ……そうかもしれない。


 面倒くさがりだから、好きだったけれども面倒くさくなってしまったのではなくて。

 それを面倒くさいと思う程度には、気持ちが薄れていたってことなんだろう。


 最近になって夢をたくさん見たせいで、なんとなく翔への思慕が募っていた。もっとはっきり言えば、会いたいとか話したいとか、あの頃のまま続いていたらとか、いろんなことを夢想した。

 でもそんなのは、たぶん過去の美化だったんだ。

 あの頃の私にとって翔は、自然消滅してもいいくらいの、どうでもよい存在だった。もしも翔が生きていたならば、今でも、それは変わっていなかっただろう。


 たぶん、翔もそうだった。だから本当に私たちの関係は、自然消滅しちゃった。

 なるほど納得できる。


 けれどそれなら、中村の話は?

 翔は卒業まで私のことが好きであるかのような行動を繰り返していた、らしい。中村から見れば、死ぬ直前に想っていたのも私のことだったんじゃないかって感じだった、らしい。


 一体どっちが正解なんだろう。


 サクの言葉は的確で、本当に本当っぽいと想う。

 でもサクは実際に翔に会ったことがあるわけじゃない。それなら、最期まで翔の近くに居た中村の言葉の方が、信じるに値するんじゃないか。


 ……だめだ、まとまんない。


 まとまらないなりにエッセイにしてしまう方法もないことはないと思ったけれど、この気持ちを整理するためのエッセイと思うと、どうしても正解としてまとめたものを作り上げたかった。締め切りまであと四日。どうにかなるんだろうか。


 ひとまずサクを部屋から追い出して、もう一度自分でゆっくり考えよう。


 追い出されたり呼び出されたりまた追い出されたり、サクはちょっと不機嫌になった。

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