第33話

 約束の駅前に現れた祐子は、思った以上に元気そうだった。失恋したての女の子とは思えない。というかはっきり言って、いつもの祐子だ。シュン君と上手くいっていたときの祐子とまったく変わらないから、実はドッキリだったんじゃないかと疑った。


 でもやっぱりドッキリじゃあなかった。テキトーな居酒屋に入ってみると、祐子は喚くように話し始めた。


「シュン君ってばさ! 大切な話って言うからてっきり親への紹介とか、もう一歩進んだお付き合いに入るのかなって、ちょっと期待してたんだよ? それがなにさ、急に別れようだなんて。しかもその理由が他に好きな人ができたから、とか! ありえないでしょ! 慰謝料請求してやるう!」


「落ち着きなよ、慰謝料なんて無理だから」


「ううん、絶対いける。だって私、シュン君のこと大好きだったのに裏切られたんだよ。ちょー傷ついた。結婚して離婚するより傷ついた。それに私の人生設計台無しだよ。もう二十歳だし、きっとこのままシュン君とゴールインだって思ってたのに! 慰謝料!」


 祐子はシュン君と結婚までしたかったのか。

 あ、でも前の彼氏のときにも結婚したいって言ってたっけ。


 そんな祐子の神経を逆撫でしそうなことは、口が滑っても言わない。黙って聞き役に徹するべしと、私の本能が言っている。

 祐子の前に生ビール、私の前に烏龍茶が届く。酔っ払う前からこの調子だと、先が思い遣られる。でも我慢。


「でもねえ、たしかに考えてみたらその傾向はあったかなって。どこ行くのって聞いてもなんとなくごまかして出かけるとか、塾のバイトに真っ昼間から出かけるとか。きっとあれだよ、二股。その間ずっと、もう一人の彼女に優しくしてたんでしょ! もうやだー。いずみー」


 よしよし。向かいの席まで腕をのばして祐子の頭を撫でる。どうどうの方がいいかも。落ち込んでいるっていうよりも、荒ぶっている。どうどう、落ち着いて。


「先週まではさ、愛してるよーとか好きだよーとか普通に言ってくれてたんだよ? てことはさ、一週間の間にできた新しい彼女に私は負けたわけ!?」


 いや、シュン君が先週まで嘘をついてたか、嘘じゃなくても二股かけてたってことじゃないでしょうか。ごまかすとか塾のバイトに真っ昼間からとか、ここ一週間だけの話じゃないでしょ? 今、自分で二股疑惑を語っていたでしょ。


 ……もちろん言わない。我慢我慢。


「シュン君、いつから私のこと好きじゃなくなっちゃったのかな? 私、なんか悪いことしたかな? ねえいずみー、なんとか言ってよー」


 ついに聞き役に徹することに文句をつけられてしまった。そんな、今の祐子のめちゃくちゃな話にどんなコメントをつければいいんだか。


「えっと……ほら、祐子が悪いんじゃなくてさ。なんか合わないってこともあるじゃん?」


「でも最初は合ってたんだよ? だって、シュン君から好きって言ってくれたんだもん」


「んんと、付き合ってみたらなんか印象が違っちゃったとか」


「やっぱり私のせいじゃーん」


 今の話のどこが祐子のせいになるんだろう。失恋したての女の子って面倒くさ……くない。

 いくらなんでも友達のことをそんな風に思っちゃだめだ。よくないよくない。


「元気出しなよ、祐子。祐子なら新しい彼氏だってすぐできるからさ」


「えーもう自信ないよー」


 前回も前々回も、彼氏をふるたびに「男なんて他にいくらでもいるんだから」と豪語していた祐子だけれど、やっぱりふるんじゃなくてふられるのだと、ダメージが大きいらしい。


「だいじょぶだよ。最悪、彼氏なんていなくても生きてけるし」


「ううー。そうかなー?」


 おや、ちょっと攻める余地が見えてきたかも。


「そうだよ。ほら、真理子を見てごらんよ。タロに想われてるとも知らずに彼氏も作らず、ぴんぴん生きてるじゃん?」


 祐子的には私でも同じことだったはずだけれど、嘘をつくのは心苦しいから真理子を引き合いに出してみる。ごめん真理子。


 うーんとか、そっかーとか、小さく呟きながら頭を抱えている祐子は、たぶん必死に傷ついた心中を整理しているところなんだろう。がんばれ祐子。負けるな祐子。負けちゃうとちょっと面倒くさ……くない。負けたって見捨てはしないけど、できれば負けるな、うん。


「ま、そうだよねー」


 やっと立ち直ったらしい。立ち直りさえすればくよくよしないのが祐子のいいところだ。

 急にさっぱりした顔になった祐子はもうお酒の気分じゃないのか、焼うどんとお好み焼きと鶏そぼろ丼を一気に注文した。えええ。ちょっと、二人しかいないんだけど。いったい誰がそんなに食べるのさ。


「さ、今日は食べるよー」


 やけ食いだかなんだか知らないけれど、祐子の食欲はすごかった。私だって自分を小食だとは思っていないけれど、でも祐子に比べたらまだまだだと思った。焼うどんとお好み焼きは半分こしたけれど、どんぶり一杯のご飯は結局祐子がひとりで食べて、そのうえさらにピザと焼きそばを追加して、全部祐子が平らげた。これで割り勘になっちゃうのが納得できない。

 まあ、これで祐子が元気になるなら安いもんだ。


「いずみー! 今日はありがとね!」


「元気になったみたいでなによりー」


 居酒屋を出た今のさっぱりとした笑顔を見ると、やっぱり待ち合わせた当初は相当落ち込んでいたんだろうなと思えた。失恋した割には元気そうと思ったけれど、そこは祐子なりの強がりだったのかもしれない。

 今の方がずっと元気そうだ。


「でもほんと、男なんて嘘ばっかだし。しばらく彼氏とかやめとこっかなー」


「ゆっくり考えればいいじゃん、もう夏休みなんだしさ」


「あああー! それ! それよ! 花火大会とか色々イベントあるのに彼氏いないの、超さびしい! あーもう、シュン君のばかー」


 余計なことを言ってしまった。

 でもまた落ち込むかと思いきや、そうでもない。


「やっぱり新しい彼氏つくろーっと」


「……うん、いいんじゃないかな」


「それにしても、シュン君いつから二股してたんだろ。いつから私のこと嫌いになっちゃったのかなー。どー思う?」


 知らないよ。そろそろ付き合っていられない。祐子にわからないなら、シュン君とすれ違ったことしかない私にはもっとわからない。


 祐子のすごいところは、それでシュン君の心を取り戻そうと奮起したり、もう一人の女の子の方に敵意を向けたりしないところかもしれない。まあいっかもう関係ないしと言ったきり、シュン君のことはさっぱり忘れたように新しい恋の話をし始めた。まずは合コンに行くらしい。がんばれ。


 祐子と別れたのは八時だった。会ってから三時間。まだ早い。でも短いようで長かった。

 疲れたよ。早いけど、帰ったらもう寝ちゃおう。テスト勉強はまた明日やればいい。

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