第30話
席に戻ると明日香がちょっと眉をハの字にして、困ったように私を見た。
なんか言わなくちゃ。
「ごめんごめん。ちょっとびっくりしちゃってさ。どんな顔していいかわかんなくって。あ、付き合ってたことに驚いたわけじゃないんだ。だって噂にもなってたし。それより今日話してくれたのがびっくりしたっていうか。嬉しかったよ」
気持ちがすっきりしたおかげか、ちゃんと笑えた。言葉の内容がどうこうよりも、ちゃんと笑って嬉しいって伝えられたのがよかった。
明日香も眉の向きを戻して笑ってくれたから、めでたしめでたし。
「それで、二人は結婚するの?」
「いやだから。しないってさっき言ったじゃん。いずみ、聞いてた?」
「聞いてたけどさ。今すぐしないってだけでしょ? 将来的にさ」
「たしかに。式挙げるときは呼べよ」
「まだそんなこと、考えてもねえよ」
二人は照れたように、迷惑そうに、それでも私から見れば幸せそうに答える。
そうそう、こうやってからかわれるのが面倒で、金沢や明日香は私たちにも隠していたんだ。たぶん私と翔も、同じ理由。
でも、ちょっとくらい面倒でも、やっぱりそんな幸せを感じてみたかった。
***
だらだらと喋って時間を潰して、最後に翔に宛てたメッセージカードを中村に預けてお開きになった。カードは中村がまとめて翔の家に届けてくれることになっている。一周忌の法要に間に合うように。
翔の家の人に話をつけてくれたのも中村だ。合コンの盛り上げ方は知らなくても、こういうときのもののまとめ方はよくできているから頼りになる。
「中村、あんたいい奴なのにね。きっといつか、いい彼女できるよ」
「藤原に言われたって説得力ねえなあ」
失礼な。そりゃあ鈍感力の塊のような私ではあるけれど、慰めてあげてるんだから素直に受け取っておけばいいのに。
「そういえば藤原、こないだ並んで歩いてた男ってやっぱ彼氏?」
「えっ、ウソ。いずみ、彼氏いるのっ?」
明日香の驚き様に釈然としないものを感じなくはない。どうしよっかな。サクとも結局周りに内緒にする約束をしたけれど、サクを知らない人にまで内緒にする理由は特にないと思う。
「んー、まあね。最近付き合い始めた」
「うわー、藤原それもっと早く言っとけよ。色々聞きたかった」
今日の話題をほぼ独占した金沢に言われたくはない。明日香と金沢が付き合っているという話を聞いてから最後まで、ほとんど二人の話を中心に盛り上がっていた。私の話なんて、挟みこむ余地はなかったじゃないか。まあ挟みこむ気もなかったんだけれど。
「ま、その辺りはまた今度で」
「また今度って、いつ会うかも分んねえのにさ」
「中村がきっと企画してくれるから大丈夫」
「俺かよ」
「他に誰がいるのさ」
こういう機会を作ってくれるのは中村だと相場が決まっている。一年前までなら翔だったかもしれないけれど、もう翔が企画するなんてあり得ないんだし。
みんなで同じことを考えたのかもしれない。ほんのちょっとの間ではあったけれど、全員で黙ってしまった。
「……まあ、俺でいっか」
「じゃあ次もお店に電話かけるのだけはやってあげる」
「なんでもいいけど、何年も間あけんなよ。藤原別れるかもしれねえし」
「そんなこと言わないでよ」
金沢はおどけて言ったし私も怒ったように返してみたけれど、その真意はなんとなくわかる。
私たちはみんな、もっと早くにこうやって集まらなかったことを後悔している。去年の夏までの間に集まっておかなかったことを、仕方がないとは思いつつ、心のどこかでやっぱり後悔している。だからテキトーな理由をくっつけて、今度こそ後悔しないうちに会おうとしている。
「うんまあ、藤原が彼氏に飽きないうちに集まろうな」
「中村までそんなこと言う」
そんなこんなでふざけた会話に暗い気持ちを隠して歩いているうちに駅に着く。
最初に待ち合わせをして会ってから二時間半。たぶん私たちは、このくらいの短い時間なら楽しく会話をしていられる。だから次会うときにも、きっとファミレスで、きっと長居はしない。今日みたいに。誰も二次会に行こうなんて言わない。
「明日香、また今度ね。金沢と仲良くね」
「最後の一言だけ余計だよ。また今度ね」
明日香と金沢は私や中村とは電車が違う。二人で並んで階段を上って行った。見えなくなった辺りで手でも繋ぐんだろうか。仲良くねと願う気持ちにもちろん嘘はない。高校のときからずっと、二人がちゃんとくっつけばいいと思っていた。そういえば翔も、二人をくっつけたいと言っていたことがあったような気がする。学外の彼氏や彼女なんかとは別れればいい、なんて物騒なことまで言って。
「あ、俺の電車の方が早いな」
「遠慮なく乗ってっていいからね」
中村と私はホームだけ同じで電車は反対方向だ。電光掲示板は五分後に中村の乗る電車が来ることを告げている。私の電車はそれから更に三分後。
一人暮らしを始める前は私も中村と同じ方向だった。翔も同じ方向で、高校のときには三人でよく同じ電車に乗って帰ったものだった。
「なあ藤原、今更迷惑かもしれないんだけどさ。これ、渡しとく」
中村の暗い声に嫌な予感がしつつも、受け取らざるを得ない。それは今日のお知らせのときにもらったのと同じ灰色の封筒だった。もう予感どころか嫌な感じしかしない。
「なにこれ」
「中のメモに、峰本の墓の場所書いてあるから」
「なんでさ」
なんでよ。高校の友達だからってたくさんで押しかけたら迷惑だろうって、中村が代表を務めてくれる約束だったじゃんか。あんまり暗い集まりにしたくないからって、お墓参りもやめてファミレスでの食事会にしたんじゃん。
なんで今さら私に、お墓の位置なんて教えるの。
「俺、峰本の見舞いに行ったんだよな。死ぬ一週間くらい前に」
知らなかった。峰本は病気が見つかったのが遅すぎて、入院したものの十日くらいで急逝したって聞いていた。だから誰も会ったり話したりはしていないと思っていた。それでみんな後悔してるんだろうって思っていた。
でも考えてみると、峰本の訃報をみんなに伝えてくれたのは中村だった。お見舞いに行って、家族の人とも話をして、だから真っ先に連絡が入ったのかもしれない。
「そのとき峰本言ってたんだ。好きな人がいて、でもちゃんとそのこと伝えられなかったから後悔してるって。退院したらちゃんと伝えるって、言ってたんだけどな」
どきりとした。翔とは誰にも言わない約束をしていた。誰も私と翔の関係を知らないはずだった。中村だって知らないはずだった。だから私は今日だって平気な顔をしてみんなとの食事会に来たのに。
「誰とはいわなかったけどさ。でも俺、なんとなく藤原のことじゃないかって思ったんだよな。大学に入ってからの峰本のことなんて知らないから、もしかしたら俺の知らない誰かかもしれないけど。でも高校の頃の峰本のこと考えたら、やっぱ藤原じゃねえかなって。……ごめん、あんま気分のいい話じゃないよな」
まったくだ。全然気分のいい話じゃない。今さら別れた後の翔が何を思っていたかなんて、死んでしまう前に翔が誰を思っていたかなんて。
知ったところで、私に何ができるって言うんだ。
「それで?」
「藤原もう彼氏いるって言うし、迷惑かもしれないけど。一回、墓参り行ってやってくれねえかな?」
たぶん中村は、私が翔と付き合っていたという事実を知らない。
友達思いの中村は、ただ翔の報われなかった想いのことを考えている。翔が私のことを好きだったなら、私が翔のお墓参りに行けばその想いも少しは報われるだろうって、そんな風に考えている。
「……考えとく」
そう答えるしかなかった。行かないってこの場で突っぱねる勇気もないし、かといって行くと明言することもできない。今度はサクになんて言い訳をしたらいいのさ。
そんな中途半端な私の答えに、中村は申し訳なさそうに小さく笑った。
中村の乗る電車が来た。中村が帰って、私は一人ホームで乗るべき電車を待つ。
本当は、もっと勇気があれば、中村に聞いてみるべきだったんだと思う。翔がどんな様子だったのか。なんで翔が私のことを好いているだなんて思ったのか。伝えるって言ったとき、翔はどのくらい本気だったのか。
でも、そんな勇気なんて、出るはずがない。
それで本当に翔は最期まで私のことが好きだったんだ、なんて思えてしまったらどうする? 翔はもういないのに? 私にはもうサクがいるのに? 私が翔の気持ちに気付けば、翔の気持ちは報われるかもしれない。
けれど、じゃあ、そのときに生まれる私の気持ちは、どうすればいい?
中村を問い詰める勇気はないけれど、今の話を全て無視して忘れるなんてことも、できそうになかった。
夢は夢だ。自分に言い聞かせる。
それは一度覚めてしまった、もう二度と見ることの叶わない夢のはずだ。今になって夢への恋慕を募らせたところで、どうしようもない。
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