第28話

 高校を卒業してから、翔とは一度も会わなかった。


 翔だけじゃなくて、高校の友達には誰にも会っていなかった。会いたくなかったわけじゃない。会う理由がなかっただけだ。大学入学なんてもちろん初めてだったし、一人暮らしも、サークルも、講義も、すべてが新鮮で夢中になっていた。


 今しかできないことがたくさんあると思っていた。高校の友達と会うのなんて、それが終わってからでいいと思っていた。

 ……少し、違うかもしれない。そんなこと思うまでもなく、全く無意識に、高校の頃のことなんてずっと忘れてしまっていた。


 中村から突然、真面目くさったメールが届いたのは、大学一年のとき。夏休みの少し手前。新しい生活に慣れ始めて、でも初めての試験やらレポートやらで、てんやわんやしている頃だった。

 そのメールは、高校最後の学年のときに同じクラスだったみんなに一斉送信されていた。


『三年三組で一緒だった峰本翔が、昨日亡くなりました』


 病気だったこととか、葬儀の日程だとか近日中にお別れ会を開く旨だとかが書かれていた。どれも、あんまり頭に入らなかった。ただ、信じられない気持ちでその一文だけをしばらく眺めた。


 試験勉強も忘れてメールに見入っていたから、次の日の試験はさんざんだった。


 衝撃を受ける一方で、自分がそんなに悲しんではいないことも衝撃的だった。


 もちろん、嬉しかったわけじゃない。


 ただ、なんて言えばいいんだろう。実感がわかなかった。それまでだって、卒業してからは一度も会っていなかったんだ。会いたくても会えなくなるなんて考えたことはなかったけれど、そもそも会いたいと思ったことがなかった。将来会いたいと思うかもしれないなんてことさえ、思ったことはなかった。


 だから、もう会えないと言われたところで、私の生活は変わらないはずだった。

 事実、変わらなかった。


 衝撃を受けたところでテストの日程は変わらないし、葬儀に行ってみたところで思いも変わらなかった。まだ二十歳にもなっていないのに病死だなんて、という同情や恐怖もあった。けれどそれも、一ヶ月経てば薄れてしまった。


 翔は死んでしまった。

 それでも私の生活は、なにも変わらなかった。


 翔のことを笑い話にすることだけはやめた。話すと悲しくなるからとかいうことじゃない。なんとなく、死んじゃった人を笑うのは良くないと、一般論として思っただけ。


 冬の同窓会に行くのをやめたのだって、翔がいないのに行ったって仕方がないとか思ったわけじゃない。行けばきっと翔の話になるけれど、翔の死を悲しいと思えない私がその場にいるのは、不謹慎な気がしたから。


 ――もし、翔が生きていたら。


 そんなこと、つい最近まで考えたこともなかった。いや、ほんの時々考えたこともあったかもしれない。でも私の中でいつも結論はすぐに出た。生きていたからといって、会うこともなかったんじゃないかな、って。

 極端に言えば生きていたって死んでいたって、私にとってはなにも変わらないじゃないか。


 意味も結論もなんにもなく翔のことを頻繁に思い出すようになったのは最近だ。どっかの誰かが私なんかのことを好きだなんて言うから。私なんかと付き合いたいなんて言うから。そんな物好きは人生で二人目だと思った。そしたら、その一人目のことをよく思い出すようになった。おかしな話だけれど。

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