第26話

 どんな服を着ようかと真剣に悩んだのは、いつぶりだろう。


 サクと付き合うようになって、服装には気をつけるようになった。とはいえ、悩むほどに服を選んで着てはいなかったということに、こうやって悩んでみて初めて気付く。


 黒のワンピース。これはちょっとフォーマルすぎるかも。っていうか、去年使った喪服だ。手紙にはカジュアルで、と書いてあったからこれでは駄目だろう。

 ジーパンにTシャツ。これは逆にラフすぎる。ラフだからって怒るようなメンバーではないけれど、TPOを考えるとちょっと違う気がする。

 地味な深緑色のスカートに、クリーム色のカットソー。これでいいか。わりと最近、サークルの総会のときに似たような服を着た気がするけれど、今回会うのは高校のときの仲間だから問題ない。


 お別れ会なんだから、特段華やかな服装である必要はない。粛々と、でもフォーマルすぎない感じで。みんながどんな服を着てくるかは知らないけれど、私は。


 一年ぶりの翔との再会は、少し大人めの服で臨もう。


***


 テストがあと一つ残っていて、勉強をしないといけない。

 それよりもまずいのは、書かなきゃいけないのに手をつけていないレポートがあと三本あって、来週の半ばが締め切りだったはず。

 それから再来週には『りある』の原稿の締切日がある。結局あれから、一文字だって進んでいない。


「なにもこんな時期に同窓会なんてやらなくったっていいだろうに」


「うーん」


 今日もテストが一つ終わって、けれどその後に行くべき同窓会の集合時刻にはまだしばらく間があったから、いつものラウンジで時間を潰す。

 サクは結局やっぱり不安なのか、用もないはずなのに私の隣に居座っている。たぶん、時間になって私が立ち上がるまでそこにいると思う。会場までついてこようなんてしたら、断固としてお断りしないと。だって私はちゃんと約束したんだから。


「いずみ、同窓会? だからなんかおしゃれなの?」


 向かいに座っていた祐子が、スマホからちょこっと視線を上げて言った。シュン君とのメールより私に目を向けるなんて、珍しい。


「うん。なに着ていいかよくわかんなくって、無難な服にしてみた」


「へえ、いいじゃん」


 祐子の目が私の身体をぐるりと一周してからスマホに戻る。祐子にOKをもらえると、それなりに自信も出てくるというものだ。悩んだ甲斐もあった。


 真理子の意見も聞いてみたいところだけれど、今日はいない。かといってこんなテスト期間に無理を言って呼びだすわけにもいかない。真理子がいないからか、タロもいない。

 あ、いや、タロはテスト中だった。そんないつでも真理子のことしか考えていないみたいに言うのは失礼だった。


「そういえばさあ、いずみ」


 祐子がもう一度、スマホから視線を上げた。今度は目だけじゃなくて、顔ごと私を見ている。


「その同窓会ってさ、例の元カレ、来るの?」


「へ? え? う、うん」


「別に行くのを止めはしないけどさ、より戻すのはやめときなよ?」


 え、ええ?


 そういえばちょっと前に、祐子とそんな話をしたことがあったっけ。元カレとよりを戻すべきではないとかなんとか。

 そんな前のことを覚えていて、祐子は私を心配してくれているのか。


 でも今この場で言われたくはなかったなあ。なんだかサクの視線が痛い。


 サクの様子に気付いていないのか、祐子はどんどん続ける。


「しつこいかもだけど、いずみは同窓会だからってオシャレするキャラでもないっしょ。無意識でもさ、元カレがいると思うからそんな格好するんじゃない?」


 失礼な。

 たしかにこのあいだ、学年全体でやった同窓会では、たいしたオシャレもしなかったけど。


「過去は美化されるもんだから、いずみも今は元カレいいなって思うかもしれないけど、絶対やめときなよ。それだったらその辺のサクとかにしといた方がたぶん、百倍くらいマシだよ」


「マシとか言うなよ」


 サクは笑いながら言うけれど、でも目は真剣に私のことを見ていた。祐子にまで疑われてしまう私の態度を責めているのか、それとも私の反応を観察しているのか、両方なのか。


 どのみち、私に言えることは一つしかない。


「そんな心配しなくったって。私が翔とより戻すことなんて、本当に、絶対に、万が一にも、あり得ないからさ。大丈夫」


 二人に言い聞かせるように、いっぱい修飾語をつけた。なんならもっとつけたっていい。

 これは私の本心だから、迷わずにいくらでもくっつけることができる。


「じゃあ、ちょっと早いけど、そろそろ行くね。二人とも、また明日」


 バッグを肩にかけて、とっくに空になったカフェラテのペットボトルとか三人でつまんでたポテチの空き袋とかを、まとめてゴミ箱に持っていく。そのままテーブルには戻らずに、手を振ってラウンジを出た。


 どんなに言葉で否定しても、こうやって話から逃げちゃうから、疑わしく見えるのかもしれない。

 わかってはいる。わかってはいるのだけれど、これ以上その話をしていたくなかった。

 翔が元カレだったということをこれ以上思い出してしまったら。


 いざみんなに会ったときに、そんな感傷で泣きたくはない。

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