第23話
「さっきの手紙、なんだったんだ?」
テストが終わってラウンジでだらだらとしているときだった。テスト期間中はみんな家で勉強に励むものなのか、ラウンジには人が少ない。私たち五人にしても、さっきまではタロを入れて三人だったのだけれど、タロもテストがあるからと行ってしまった。
しばらく待てばテストの終わった真理子が来るはずだけれど、それまでは二人きり。
そんな状況で、ついに聞かれてしまった。
「まだ見てないや。帰ってから読む」
嘘はついていない。実際、まだ手紙は開けていない。中身が私の思う通りのものだったとしたら、サクのいるところで読むべきではないと思ったから。
サクが疑いのまなざしでこっちを見ている、ように思うのは気のせいだろうか。
実はもうサクは手紙を盗み見ていて、私がどうするかを観察している、とか。手紙の内容を正直に話すかどうかで、私を試している、とか。
どう考えても被害妄想にしかならないことに、ちょっとだけ思いを巡らせてみる。
いや、まあ、あり得ないだろうけれど。それに万が一盗み見られていたとして、責められるようなことは書いていないはず。私の思う通りなら、だけれども。
「……ラブレター?」
「はい?」
「なんか、隠そうとしてる感じだから」
サクの口はへの字に曲がっていて、ちょっと機嫌が悪そうな感じで。なんで隠そうとしてるって、ばれたんだろ。
「違うよ。ラブレターなんかじゃないって」
「なんで読んでないのにわかんのさ」
「……」
冗談ではなく機嫌が悪いらしいと気付いた。何がきっかけだったんだろう。私が男の子から手紙をもらったこと? 私のせいでテストに遅れそうになったこと? 単にテストの出来が悪くて苛立ってる?
どう受け流したらいいだろう。そんなことを考えて答えられずにいた間を、どう解釈したんだろうか。サクはすぐに首を振って溜息をついた。
「悪い、責めてるわけじゃないんだけど」
「別に責められてるとは思わなかったけど」
「……もうちょっとこう、自覚持てよ。いずみは俺の彼女だからな?」
自覚なら持ってるつもりだけれど……言い返そうとして、やめた。言い合いになったら面倒くさいし、サクが何を言いたいのかわからない以上、とんちんかんな口喧嘩にしかならない気がする。
サクは何をこんなにイライラしてるんだろう。
「俺だって、嫉妬くらいするし」
「嫉妬? 中村に?」
意外すぎて驚いてしまうけれど、そんな私の顔を見て、サクは大きなため息をついた。
あれ、私の答え方はそんなに悪かったかな。真剣味が足りないのかもしれない。もうちょっと、真面目な顔をして答えればいいんだろうか。それとも驚いちゃいけないところだったかな。
「……もういいや」
「え、ちょっと。勝手に諦めないでよ、何がもういいのさ」
私にしては比較的真面目に尋ねたつもりだったのに、サクにはこの話を続ける気がなさそうだった。一人で勝手に教科書を読み始めて、話しかけられるのを拒んでいるみたいだ。
仕方がないから私もノートを開いてみる。当たり前のように、全然頭に入ってこない。
サクは誰に嫉妬したんだろう。サクは私の何を諦めたんだろう。
ぐるぐると考えを巡らせていると、サクがパッと顔を上げた。
「やっぱよくない。なあ、いずみ」
「な、なに?」
相手が何を考えているか全く見当もつかない会話っていうのは、緊張する。
何を言われるのか、不安で仕方がない。どうしよう。でもどうしようもないから、サクの言葉を待つしかない。
「本当にまだ手紙開けてないんだよな?」
「うん」
「じゃあさ、せめて今俺の前で手紙開けろよ。そんで、俺にも手紙見せて」
「え」
予想外の申し出に、何と返せばいいのかよくわからない。いや、予想してなかった方がおかしいのかもしれない。だってサクは、さっきから手紙の中味をすごく気にしているんだから。
本当は言いたいことがあった。
そんなプライベートな手紙を見せなきゃいけない義理はないとか、見せたくないとか、サクには関係ないとか。
そのうえで、やましいところは一つもないんだと、自分の言葉で弁明したかった。
でもうまく言葉にまとまらなくて、サクの方が先に口を開いてしまう。
「だめ?」
「………………だめ」
ちゃんと拒否することができた自分にほっとした。だらだらと説明を並べることはできないけれど、断ることはできる。
でももう、そろそろ面倒くさい。
流れでいいよって言っちゃいそうな自分がいる。いや、だめだめ。ここはいいよなんて言っちゃいけないところだから。面倒くさくっても、頑張れ自分。
「あー。やっぱ、もういいや」
サクは再び視線を教科書に落として口を閉じた。私も、とりあえずノートに目を戻してみる。
あれ、このノート、今さっきのテスト範囲じゃん。今から読んだって意味ないよ。
鞄を開けても他のノートといえば、このあいだサクにコピーさせてもらったプリントしか入っていない。その授業もテストは終わった。仕方がないから、今のノートをとりあえず読む。なんたる無駄な時間。
こんな時間がいつまで続くんだろうと嫌気がさし始めた頃に真理子がやってきて、勉強している私たちの姿を見て感激したみたいだった。
ごめん真理子。少なくとも私は、真理子を喜ばせるようなことは何もしていない。だってノートなんて、読んでいるふりをしているだけだったんだもの。
***
家に帰って、今日の自分を反省した。
ちょっと大人げなかったな、って思う。相手ももしかしたら同じことを思っているかもしれない。お互いさまと言えばお互いさまだった。
別に喧嘩をしたわけじゃない。だってサクは「もういい」って言ったんだから。サクが内心何を思っていようと、いいって言ったんだから。喧嘩をすることすら放棄したのと同じことだ。
でも今この部屋に、サクはいない。
付き合い始める前は家で一人もご飯が一人も、普通だった。それなのに、しばらくサクと一緒が続いたせいで感覚がおかしくなってしまったみたいだ。もちろんサクだって毎日いつでも隣にいるわけじゃない。でも隣にいない日は電話をしていたし、電話ができないときにはメールをしていた。
メールも電話もしづらくなってしまった今、どうやって時間を潰せばいいんだか、よくわからない。
やっぱりせめて帰り際に「うち来る?」とか誘っておけばよかったのかもしれない。あるいは変な意地を張っていないで、サクに手紙を見せちゃえばよかったのかも。
――そうだ、手紙。
サクのことで頭がいっぱいで、危うく手紙のことを忘れるところだった。これを開けるのを忘れたりしたら、それこそなんのためにサクとこうもややこしくなっているのか、わからなくなってしまう。
鞄から出した手紙をテーブルの上に置く。ペンケースからミニカッターを取り出す。あとは封を切って中身を読むだけという状況で、それでも私の頭はためらっていた。やるべきことはわかっているのに、手を動かそうという気になれない。
そうは言ってもいつまでもためらってばかりいるわけにはいかないから、結局私はカッターを手にとって封筒を開き、中の手紙を取り出した。
***
封筒の中身は、私の想像通りのものだった。
私は、思ったほどには動揺していないようだった。
それどころか冷静な頭で、サクにどう言い訳をしたらいいだろうか、なんて考えた。
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