第15話

「ほらな、だから俺、言ったことあるだろ。絶対気付いてないって」


 中村が勝ち誇ったように言う。


「まじかよ、あれホントに全部天然か?」


 金沢が疑り深げに言う。


「ちょ、ちょっと待って。なんの話? ほんとに」


 なにがなんだか、もうさっぱりわからない。

 私が口を挟むと、明日香がけたけたと声をたてて笑った。


「あのねえ、いずみ。自分が結構かわいい顔してるって、気付いてる?」


「へ?」


 顔? かわいいだって?

 そんなこと、考えたこともなかった。こんな化粧っ気のない顔の、どこがかわいいのか。


 鏡で確認した方がいいんだろうか。でも私は、普段から鏡を持ち歩くほどできた女じゃない。せめてスマホで、自撮りするみたいに顔を映してみる。それでもよくわからない。

 自分で自分の頬をつねってみる。特別柔らかいわけでもなくて、魅力は感じられない。カメラで映すと普段洗面所で見る鏡とは反対になるから、ちょっと変な感じだ。

 スマホを右に向け、左に向け、いろんな角度で試してみたけれど、「かわいい」には全然ピンとこなかった。かわいい? 何が? どこが?


 眉をしかめた私に対して、明日香がやれやれと溜息をついた。


「とにかく、ほかの人から見ればきれいな顔立ちしてるんだよ。その割に気取らないし、男子とも気軽に話すし。だから人気なの」


「わかんないなあ。だって、髪もぼさぼさだよ?」


 少しでもよく見えるように、スマホとにらめっこしながら手ぐしを活用してみる。だめだ、どうにもならない。どんなに梳かしても、毛先がぱさぱさだ。ちゃんとした櫛も持ってないし。


「そういういい加減なところはさ、男子からすると面倒見てやりたいとか思えるらしいよ」


「うーん」


 異性の心理っていうのが全くもってわからない。私なんかより明日香の方が、色気もあってよっぽどいい。まあ、明日香は隣に金沢がいる限り近寄りづらいだろうけれど。一応、校外に彼氏がいることにもなっていたし。


 あ、そうだ。


「そもそも、好きだなんて誰からも言われたことないもん。やっぱり誰も本気じゃ」


「だからそれだって!」


 グイッと乗り出すほどの中村の勢いに気圧されて、私は言葉を止めた。

 中村が前のめりに話し出す。


「峰本だよ、峰本。あいつ、藤原に気のありそうなやつがいると片っ端から邪魔してくんだよ。話してるとこ遮るなんて当たり前だったし、二人になるとこ邪魔するとか、席替えのくじ引きでズルするとか」


「な、何それ」


 翔が? 学校では今まで通りの友達でいようとか言っていた翔が? そんな小学生みたいなことを? まったく気がつかなかった。気付かなかった私がアホなの?


「たしか藤原には気付かれないようにって、こそこそやってたよな。面白いからとか言ってたけど、あれは絶対藤原に気があったな」


 金沢までそんなことを言う。

 そんなこと、私に気付かれないなんて本当にあり得るのか、とか。今更そんなこと言われても、とか。ツッコミどころは色々ある。あるんだけれども、言葉に詰まってしまった。


 ふと、周りのざわめきが大きくなったように感じた。たぶん周りがうるさくなったんじゃなくて、私たちが静かになっただけだけど。

 面白おかしく話していたはずなのに、気付けば私たちはみんなして、口を閉ざしてしまった。


「ま、まあ、本人がいないのにこんな話しても。ねえ?」


 明日香が気を遣って、明るい声で沈黙を破ってくれた。でも私は、その親切を無視して素朴な疑問を口にしていた。どうしても気になった。


「いつ頃?」


「え?」


「峰本が私のこと気にしてたって、いつ頃の話?」


「ええっと。少なくとも三年になってからは卒業まで、ずっとだな」


 ――卒業まで、ずっと。

 ――夏休みまででも、秋まででも、クリスマスまででもなくて?


 答えてくれたのが中村なのか金沢なのかもよくわからなかった。とにかく俯いて奥歯を噛みしめる。どうしよう。どんな顔をしたらいいのかわからない。


「ねえ。この話、もうやめよう?」


 明日香が消極的に話を止めようとしたけれど、残りの二人は不満そうだった。


「でも藤原が何も気付いてないってのは、さすがに峰本が不憫だと思うし」


「たしかに。やっぱ、思い返せば思い返すほど峰本は藤原のこと……」


「中村も金沢も、あほっ!」


 中村だか金沢だかの言葉を、明日香の大声が遮った。さっきの私のちょっと高い声なんかとは比べ物にならない、レストラン中によく響く声だ。私が思わず顔を上げただけでなくて、会場中の視線が私たち四人に集まったような気がする。

 周りがしんとして、でも明日香は周りのことなんてお構いなしに、男二人をキッと睨みつけた。睨まれた中村と金沢は、周りも気にしつつ明日香も気にしつつ、あっちこっちに視線をさまよわせる。蛇に睨まれた蛙っていうのは、こういうののことを言うのかも。


「いずみ、あっち行こう」


 明日香は暫くじっと二人を睨んで、けれどそれ以上何かを言うことはなく、回れ右して私の手を引いた。それに反抗するだけの勇気も動機も、私は持ち合せていなかった。


 それからあとは、明日香は怒鳴ったこともころりと忘れたような顔をしていた。


 ちょっとするとあちこちでまた会話が始まって、しんとしていた会場にざわざわとした騒音が舞い戻ってきた。しばらくするとバイキング料理が運ばれてきて、さらにしばらくするとレクリエーションのビンゴが始まった。私が一つリーチを作るまでに、景品は全部なくなっていたけれど。


 最後にまた歓談タイムがあって、終盤になるとそこかしこで二次会の話が持ち上がった。

 私も明日香も、暗黙の了解があるように二次会の話には加わらない。遠くてよくわからなかったけれど、たぶん中村や金沢も行かないんじゃないだろうか。

 私と明日香に遠慮するような視線が向けられていた。


 それまでに私が話した相手は図書委員で一緒だった岡本とか美術部で一緒だった亜矢とかで、要するに明日香が怒鳴って以降、中村や金沢と話すことはなかった。


 会が終わると、そのまま明日香と二人で駅に向かって、二人で電車に乗って仲良く帰った。

 明日香はわかれるまでずっと、中村の話も金沢の話も、翔の話もしなかった。


***


 ごめんね明日香、私のことを考えてくれてありがとう。でもきっと中村と金沢は、峰本のことを考えてああ言っただけだから。明日香が私のことを考えてくれたように、二人は峰本のことを考えたんだ。だから、特に金沢とは、喧嘩なんかしないで仲直りしてね。


 帰ってから、明日香にそんなメールをした。


 金沢と中村には、ありがとうとメールをした。教えてくれて、ありがとうって。


 その晩の夢にも翔は出てきた。

 私たちは一緒に同窓会に行って、五人で仲良く話をした。そのとき私はみんなの前にもかかわらず、翔のことを翔と呼んでいた。翔も私をいずみと呼んだ。

 私が明日香と金沢を茶化したように、私たちも他の三人から茶化されて。

 恥ずかしくて真っ赤になりながらも、私たちは笑っていた。

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