第14話
「あ、藤原さん久しぶりぃ」
「いずみちゃん、元気―?」
仲良しグループで話していても、その外から掛けられる声は多い。
高校時代、五人でよくかたまってはいたけれども、排他的でも隔絶的でもなくて、ほかの人たちとも緩やかに繋がっていた。図書委員のあの子、美術部のその子、同じクラスのこの子、という感じ。
中にはなんで知り合ったのかも忘れちゃったくらいに共通点のない人までいて、高校生のコミュニティって本当に不思議だ。
懐かしい声をかけられれば笑顔で応じて挨拶をして、その度に、色々悩んだけれど来て正解だった、なんて思う。
「でも、いずみが来てくれてよかったよ、ホント」
「なにさ明日香、まるで私が来ないと思ってたみたいじゃん」
明日香の言葉にどきりとしつつ、私はとりあえず笑ってみせる。明日香は私が来ないと思っていたの? なんで? 明日香は私が来ない理由を、どこに見出していたんだろう。
「だって一月のクラス会も来なかったじゃん。いずみ、峰本と仲良かったでしょ? 峰本のいない同窓会なんて、来ないかと思って」
「……なに言ってるのさ。一月は用事があって行けなかったの。たしかに峰本とは仲良かったけど、明日香とも中村とも金沢とも仲良かったでしょ?」
私は翔と特別仲良くしていたように見えたんだろうか。笑顔が引きつっていない自信がない。今更ばれたところで何も支障はないのだけれど、今更ばらしていいことだって何もない。だから、隠しておきたい。
「いや、でも峰本と藤原の仲の良さは別格だったよな。俺らなんかよりよっぽど」
「からかわないでよ! そもそも峰本には彼女がいっぱいいたでしょっ!?」
金沢の言葉の続きを聞きたくなくて遮るように口を出したら、意外と高い声になってしまった。金沢が驚いてのけぞったのを見て、はっとする。
高校の友達に会うのはずいぶん久しぶりのことで、だから私は動揺している。冷静にならなきゃだめだ。そのためにここに来たんだから。
「ああ、いたいた。藤原、声でけーよ、おかげで見つかったけど」
近寄ってきたのは中村だ。ナイスタイミング、ナイス助け舟。
「だって金沢がしょーもないこと言うんだもん。金沢のばーか」
私は声を落として、中村の後ろに隠れるまねごとをしながら金沢にケチをつける。金沢なんか、どっかのかわいい彼女といちゃいちゃしていればいい。でなかったら明日香の尻に敷かれていればいいんだ。ばーかばーか。
「藤原、文学部行ったんだろ? そのボキャブラリーの乏しさは」
「うっさい、金沢のばかっ。明日香ぁ、金沢が苛めるぅ」
口実を作ってもう一回明日香にぎゅっと抱きつくと、明日香はまたよしよしと頭をなでてくれた。金沢が極めてビミョーな顔をする。へん、ざまあみろ。羨ましいだろう。
黙った金沢の代わりに、中村がちょっと遠い目をして口を開いた。
「でもたしかに、峰本と藤原は仲良かったよなあ。たぶん峰本、藤原のこと好きだったんじゃねえかな」
中村がドカンと落とした爆弾で、心臓が口から飛び出すかと思ったのは言うまでもない。
助け舟どころじゃない。思いがけず、金沢よりよっぽどタチが悪かった。
っていうか、私が大声出す前から話聞いてるじゃん。
「なんでよっ。だから、峰本には彼女がいたでしょっ! そもそも私なんかが」
「いずみ。声、大きいから」
明日香に言われて、慌てて口を手で押さえるというベタなことをしてしまった。周りを見回すと案の定、近い辺りの人たちがこっちを見ていた。注目される程度には大きな声を出してしまった。
それでもさすがに口を挟むほど関心のある人はいないようで、私が口を閉ざせば、すぐに意識は各々の会話へと戻る。
ほっとしながら、声を落とした。
「……私なんかが、あのプレイボーイの恋愛対象に入るわけないじゃん」
本当は本当に、ほんの一時的に恋愛対象に入ったこともあるみたいだけれど。でも、一時的だった。ずっとちゃんと恋愛対象に入り続けることができていたなら、ホワイトデーのお返しも貰えただろうし、きっとサクの告白にもこんなに悩んではいなかったと思う。
極端に抑えて呟きみたいになった私の言葉に、明日香が頭を撫でる手を止めた。
「あれ? いずみ、もしかして本当に気付いてなかったの?」
「なにが?」
意味深な明日香の言葉に、どきりとする。
「いずみってさ、男子に結構人気あったんだよ?」
「はい?」
てっきり翔との仲について言及されるのかと思っていた。今度こそちゃんと大声にならずに言い返す準備もしていた。
それなのに明日香の発言は予想外すぎて、大声は出さなかったけれど、間抜けな声しか出なかった。
男子に結構人気があった?
私が?
そんなばかな。
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