終章

第18話:終わりとはじまり

「死神『タナベ』。噂通り、死に際の者を見つけて笑いながら戦場を駆け抜けていったわね」

 筋肉痛で寝込んでいる私に、才波真姫ちゃんがそんなことを言った。

 今いるのは吾良千輝の家。あれから一日経った今も、私は筋肉痛で布団から動けないでいる。

 寝転がった態勢のまま、才波真姫ちゃんに答える。

「あれは久々走り回ってテンション上がってただけだから」

 吾良千輝に言われ、亨君にも言われたことを、才波真姫ちゃんにも言われるとは。

「真姫ちゃんは何しに来たの?」

「あんたのお見舞いに来てやったのよ。正臣も気にしていたしね」

 お見舞いとは思えない様子で見降ろされてるけど、そうか、お見舞いなのか。

 それと、正臣君。

「真姫ちゃんは正臣くんと苗字一緒だね」

「双子よ」

「双子!」

「ええ。私が妹であっちが兄。あんな出来の悪いのを兄だとは思いたくないけれどね」

 思い返せば倉庫で見た正臣くんの写真の美少女は、真姫ちゃんだ。

 なんで気づかないかな、私は。

「正臣君は元気?」

「すこぶるね」

「……正臣君のこと吾良千輝が気にしてたけど」

「能力を消したこと? いいんじゃない、別に。私なら怒るけど正臣は気にしてないわよ。というか気にしてるなら吾良が直接私に聞けばいいんだわ」

 ごもっとも。

 まあ、気まずいってのが第一にあるんだろうけど。

 そこでようやく才波真姫ちゃんが、座り込む。

「あーあ。せっかく久しぶりに『使命』達成できそうだと思ったのに、失敗よ」

「ああ、腕輪を自ら解いちゃったもんね、吾良千輝」

 おかげで助かりはしたけど、吾良千輝も『使命』達成ならずだ。

 だが、才波真姫ちゃんは、

「あら、違うわよ。腕輪じゃないわ」

 と言った。

「へ? 違うの?」

「ええ。『使命』達成できなかったことには変わりないけど、吾良の守るべきものは腕輪じゃないわ」

「じゃあ何――」

 そう尋ねたところで、障子が開く。

 立っていたのはこの家の主、吾良千輝。

「余計な話はしないでもらおうか」

 『使命』の話をしたからなのか、あの不機嫌顔で私と才波真姫ちゃんを見下ろしてくる。

 才波真姫ちゃんはうげっと顔をしかめ、座ったばかりなのにすぐさま立ち上がった。

「あーあ。やだやだ。見たくない顔を見てしまったわ、私帰る。じゃあね、莉子。お大事に」

 手をひらひらと振って、本当に帰っていってしまった。

「帰ってしまいましたけど、吾良様」

「呼んでないのに来た奴の見送りに行く気はさらさらない。――体調は?」

「私ですか。全然大丈夫ではないです。すみません」

 正直に答える。

 起きると辛いが、寝ててもつらいという状態に陥っている。

「そうか」

 そう一言言って、吾良千輝は布団の近くに座り込んだ。

 え、出ていかないんだ。

 いや、出ていってほしいとかではなく、出ていかないなら私は話し続けたいんだけど。静かになんてできないよ。

 それでもいいんだろうか。

 『使命』が何だったのか聞きたいんですけど、……あー、でもなあ、『使命』の子と聞くと怒っちゃうしなあ、うーん。

「……莉子は」

「はい?」

 考えていたら、吾良千輝が先に話しかけてきた。

「莉子は、依頼が終わったら帰るんだよね」

「はあ、まあ。四月から学校もありますし、ずっとこのままというわけでは」

「妖怪退治の依頼はほぼないと言っていたな」

「お恥ずかしながら」

「そうか」

 うなずいて、吾良千輝はまた黙り込んでしまう。

 え、なに、怖いんだけど。

 うちが弱小だという確認をしたかっただけ?

 そんな馬鹿な。

 あー、でも、私もため息をつきたい。吾良千輝が『使命』を達成できていれば、依頼を回してもらえたのかもしれないのに。今からでもどうにかならないかな。

「吾良様」

「なんだ」

「今、私が『使命』のことを聞いたら怒りますか?」

「……本当は何を守る予定だったか聞きたいということか」

「はい」

 私が正直に尋ね、正直に答えると、吾良千輝は小さくため息をついてこういった。

「信頼できると最初に思い浮かべた者を守れと書いてあった」

「は、はあ、なるほど。それで、その人は――」

「莉子様に決まっているぞ、莉子様」

「流れで察するべきですわ、莉子様」

 障子が再び開き、隼翔と鈴音が入って来る。後ろには彰隆も。

「腕輪を守るという名目で莉子様におとなしくしていただこうと考えていたようです」

「結局、おとなしくしていなかったがな」

 彰隆の付け加えを聞いて、吾良千輝が小さくため息をつく。

「え、それは、どうもすみません」

 もうよくわからないけど、とりあえず謝る。

 ――――そうか、私は、吾良千輝に信頼できると思われていたのか、そうか。

 じゃあ今から『使命』達成は無理かという気持ちと、よくわからないが胸の奥がむずがゆくなる気持ちが一気に押し寄せてくる。

 吾良千輝はもう一度ため息をついた後、

「どうせ『使命』は不達成なんだ。残りの滞在日数ゆっくりしていけ」

 とだけ言って、部屋を出ていってしまった。

 出ていったのを見送って、

「出ていってしまったな。なあ莉子様。莉子様は吾良様に話しておくべきことがあるんじゃないか」

 隼翔が廊下の方を見ながらそんなことを言った。

 話すこと、話すことねえ、話すことかあ。

 別に秘密にしていたわけじゃなけど、うん、言ってないことはある。

 布団をかぶりながら、どう話を切り出そうか思案する。

 まずは言いやすいところから、「おんぶで連れてくださりありがとうございます」「信頼していただけたようでうれしいです」。

 それと「吾良様が入学する予定の中学校。あそこ、私も通うんですよ。夏祭りもいけないほど受験勉強頑張りました」。

 あとは、あれかな。

「莉子って呼んでくれるのうれしいです。中学校では対等な立場になるので、私も千輝くんと呼んでいいですか」

 かな。

 普段、呼び方で確認とったりしないからなんだか恥ずかしいけれど。

 とりあえず体調を取り戻すため、今日は布団の中でゆっくり眠りにつくことにする。

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