第2話 ~切れても切り切れぬ腐れ縁~
~アイドルグループ
「……………ぐあああああ……!」
「いつきー、うるさいぞー」
それは三人しかいない楽屋での事だ。
やっとテレビ番組のゲスト出演が終わり、あとは帰るだけになった楽屋でメンバーの伍貴が床を転がり悶絶している。
「うるさい……? 煩いだと? あんな全身むず痒くなるようなカンペ読まされて苦しんでる僕に煩いだと!?」
「煩いから煩いって言ってんだよ。そのカンペ書いてやったのこっちなんだから、少しは俺を労って静かにしてくれ」
「あの! カンペの!! 何処に感謝する要素があるっていうんだ!? えぇ!?」
「喧しい」
言い争いをしている伍貴と右一を横目に、シロガネが一言で切り捨てる。シロガネの座る席に置いてあるペットボトルのお茶はもう空っぽだ。
「もう帰るだけなんだろう、体力を此処で使い果たしてどうする。オレももう帰れるなら帰りたい」
「……そうは言いますが、シロガネさん。マネージャーまだ来ないしそもそもあんなカンペ読まされてシロガネさんは嫌じゃないんですか」
「あのカンペはオレが自分で書いた」
──「オレの姫君。本当は今すぐ逢いたい。抱き締めたい。必ず君を見つけてみせるから、どうか逢いに来て」
これを地上波で言えるくらいにはシロガネの肝は座っている。
「は!? シロガネさんが!? あのカンペを!!?」
「どうだ伍貴、前のコイツじゃ考えられないだろ。お前くらいだよ、昔に囚われてうだうだ言ってんの。今はお前が一番若いのにそんな頭固くてどうする」
「……………昔は
「だろ? 俺アイドル天職かも。民衆はどうやれば耳を傾けるとか色々叩き込んでくれた元父上に感謝だな。今頃何してるのやら。……いや、知りたいのはそっちじゃないけど」
確かにグループ内で一番の人気を誇る右一の輝く姿は伍貴もシロガネも認めるところだ。生き生きと砂糖菓子のように甘い言葉をカンペ無しで連ねる辺り、過去の訓練の賜物だと思わせられる。
頭でも煮えてんのか、とか、厨二病は未成年のうちに治しとけよ、とか、俺の彼女がシュバの右一担になって俺に右一っぽい台詞言えとか要求してくる死にたい、とか色々ネットで言われているChevalierだが、その厨二病的過去が事実と知るものは極少数だ。
「………姫でもないのに『姫君』を探している……などというキャッチコピーをつけたのが悪かったのでは無いだろうな」
「何言ってんだ? 前世で結ばれた相手を姫君とでも呼ばないと民衆は食いつかんぞ。騎士が騎士探してます、って言ってもロマンスとして通じんだろ。迷子かな? はぐれたのかな? ってなるぞ」
「ロマンス?」
「食い付くのは夢物語と恋物語、献身と自己犠牲。あとは高慢な人間の凋落とか野心溢れる立身出世物語? あと昔みたいな剣と魔法が日常にある話とか本当好きだよな」
喉を鳴らして笑う右一は、フィクションとして好まれる話の例を出してみる。その表情には嫌みはなく、寧ろそういったものも含めて好んで見聞きする立場としてキラキラした顔を今でもしている。
不愉快そうに眉をしかめているのは、そういったサブカルチャーに理解がない訳ではないが引き摺るようにグループに加入させられた伍貴。
「………姫君でも何でもいい。こんな辱しめを受けて三年経つのにまだ姿を見せないアイツは………何処で何してるのだろう」
シロガネの言葉に、右一も伍貴も黙り込んだ。
売りにしている『前世は騎士』『愛し合った姫君を探している』は半分以上は嘘ではない。三人は三人とも、似たような記憶を共有していて前世で面識があった。関係を詳細に説明すれば複雑怪奇で、一度で全部理解して貰おうなんて絶対無理だ。
前世の因縁を、今世でも引きずっていていいのかと考えたことはある。
前世では三人とも、幸せな事ばかりがあった訳ではない。立場も、柵も、私生活も、今と比べると遥かに灰色だった。現代では人権も死なない生活も保障されて、アイドルとしての評価も受けて人気も出ている。このままスキャンダルも出さずに芸能界で暮らしていければ、きっと三人の人生は安泰だ。
Chevalierはアイドルグループとして、ファンへの誓約に掲げている事が有る。
『姫君を見つけたメンバーは脱退する』。
事実上の恋愛禁止の誓約があっても、ファンの一部はメンバーとの恋愛を夢見ているし前世で縁があったと本気で言い寄ってくる。「私があなたの姫よ! 逢いたかったわ!!」なんて、臆面も無く。
その度に三人は、本当に愛する人が現れたのかと一瞬だけ期待して、そして期待を裏切られる。
愛した女は、そんな事を言う人ではないから。
「……逢いたいと、もう一度愛して欲しいと思っているのは……一方通行の願いなのだろうか。テレビに出て有名になりさえすれば、アイツの目に留まるなんて……思ったのが間違いだったのかもな」
「……シロガネ、そんな事言うなよ。もしかしたら、実際に逢わないと思い出せないだけかも知れないし。俺もお前も、あいつらがコンサートに来るようにこうして人気が出るように頑張ってるし、お前だって苦手な歌もダンスも頑張っ、……く、ふふっ。頑張って、が、がん」
「…………何を笑っている」
「お前本当音痴だったよなぁ!? どうしたらあそこまで音が外れるんだ!? 今はなんとかマシになって来たって言っても、お前ネットでなんて叩かれてるか知ってるか!?」
「見知らぬ人間からの悪評は受け付けん」
「音痴の癖に滑舌だけはいいんだから不思議なもんだよなぁ……『地蔵が地均ししながら何か言ってる』なんて書き込み見たときは腹が八つに割れるかと思った」
「割ってやろうか」
右一は手を挙げて降参の意思を示す。その顔が笑っているままなのでシロガネの不興を買うのだが。
「……二人とも、それはともかくそろそろ帰る準備をしないと……。次の雑誌取材まであと一時間ないが」
「はいはーい」
気を許した戯れも程々に、右一が気楽な返事を返す。その返事を受けた伍貴は複雑そうな顔だ。
片付け始める二人を横目に、移動準備が出来た伍貴はふと自分の携帯に目を留める。
通知を知らせるランプが光っていた。色は緑。
「………」
「どうした伍貴?」
「いや、少し出て来る。多分身内からの連絡だ」
ハードケースを着けただけの、露わになっている暗い画面を握りこんで、伍貴が楽屋を後にした。
『From:にゃんにゃんちゃん
本文:お姉ちゃんだよ☆
コンサートに持って行くお花の事で連絡があるから時間できたら連絡欲しいな☆』
今時メッセージツールアプリもあるというのに時代遅れのキャリアメールで連絡してくる『お姉ちゃん』から送られてきた本文は、伍貴に再び頭痛を起こさせる。
お姉ちゃん、と本文にはあるが伍貴には姉はいない。面倒臭いので、メール画面はそのまま閉じて電話を掛ける事にする。
一回、二回、三回のコールが鳴る時に相手が出た。発信相手は『にゃんにゃんちゃん』になっている。
『……ん、……ぼ、僕の姫。もし聴いてくれるのなら』
「張り倒すぞ貴様!!!!!」
出たと思ったら向こうから流れてきたのは、昼間に出たテレビで読まされたカンペの台詞だ。
伍貴が携帯に向かって怒鳴り上げると、今度はキャッキャと楽しそうな笑い声が聞こえて来る。
『そう怒らないの。眉間の皺、今度こそ出来ないようにしなよ?』
「……お前が悪戯ばかりするからだろう。全く、悪知恵の働く輩に文明の利器などというものを持たせたらろくなことが起きないな」
『年上に向かって、お前、なんて言い草は無いんじゃないの? ……それより、メール見てくれたんだよね』
「見た。……それよりも何だあの差出人通知は。この前僕の携帯触ってたと思ったら悪戯したな? 見られたらそれが誰でも怪しまれるからあんな悪戯は止めないか」
『にゃんにゃんちゃんからのメール嬉しくないって? ……それはそれとして。今時間大丈夫なんだよね』
「ああ」
にゃんにゃんちゃんこと、孤島 晶。この人物は、Chevalierのデビューと同時に真っ先に伍貴に連絡を取って来た人物だ。
その時の事を伍貴は鮮明に覚えている。Chevalierにしか分からない暗号のような言葉を選んで、他の者には内密にと念を押しながら。
顔を合わせた晶は前世の面影こそ薄れていたが、少し言葉を交わして見えたのは気を許した彼女そのものだった。
『先輩、コンサートに連れて行くから。……ステージから遠い席、取って貰える? なるべく、そっちからは見えにくいところがいいな。多分、先輩警戒してる。わざとか無意識か分からないけど』
「先輩……!? ということは、あの方がついに!? これまで小規模ライブもイベント観覧も渋られていたと聞いていたが……!」
『うるさい、大声出さないで。あたしの鼓膜破れるしあいつらに聞かれたらしばき上げるよ』
「席は取っておこう。ついにあの方がコンサートにいらっしゃるというのか。……ええと、今は何という名前だったか」
『花凛。呼び捨てにするんじゃないよ、今でもあたしより年上なんだからね』
「う、ううむ……。しかし、今の生を受けてから大分経つが未だ慣れないな。カリン……なんとも呼び慣れん」
『何言ってんの、そんなに昔の名前で呼びたきゃ呼べばいいだろうに。いよいよ頭おかしい奴ってネットに書かれるのがオチだね、見つけたら笑ってスクショ送ってあげる』
「……勘弁してくれ」
電話越しの晶の声は弾んでいる。
『そんじゃ、チケット取れたら連絡頂戴。あたしらが今居る所から一番近いドームにしてよね、あたし遠征する気ないからそこんとこ宜しく』
「……分かっている」
『吉報を待ってるよ、――兄貴』
言いたい事だけ言って、通話は途切れた。
規則的な電子音だけが聞こえるようになって、伍貴は溜息を吐いて天井を仰ぐ。
電話の相手、晶とは前世で兄妹だった。これもまた一度で説明すると難しい仲なのだが、関係性は今も昔も悪くない。
それが今は、先に生まれたから今度は自分がお姉ちゃん! などと――。こういう奔放なところも変わっていない。
「……あの方がいらっしゃるのか」
あの方というのは、Chevalierにとっての姫君のひとり。
伍貴は携帯の暗くなった画面に視線をやると、自分の今の顔が反射されているのが見えた。
生まれ変わり、などというものを信じる性質ではなかった。なのにそれがどうして、元居た世界とは違う場所で生を受けたのか。
それも、知り合いさえ伴って。
「……晶、お前も覚悟を決めるのだな」
伍貴の言葉は含みを持たせているが、それを聞き届ける者は今はいない。
もう一度携帯を握りこんで、来た時と同じ様に楽屋へ戻っていった。
Chevalier~新進気鋭のアイドルグループは前世で愛し合った姫君を探しています~ 不二丸 茅乃 @argenne
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