Chevalier~新進気鋭のアイドルグループは前世で愛し合った姫君を探しています~
不二丸 茅乃
第1話 ~前世は騎士だったって公言するなんて頭大丈夫か~
『貴女は今、何処に居ますか? ……俺はここに居て、貴女を待っています。また今年も、貴女に逢えるかもしれない日が来ましたね。俺は待っているから、姫。俺の姫。どうか、逢いに来て――』
お前は何だ、七夕の彦星かとでも言いたくなるような台詞と共にテレビ画面いっぱいの男のドアップ。
直後に字幕で『11月28日、
仕事の昼休憩に見る昼間のワイドショーは、今のコーナーはアイドルをゲストに呼んで宣伝をしているようだった。
ファンの間では顔面国宝とも言われている三人組のアイドルのグループ名は『Chevalier』、通称シュバ。騎士を意味する外国の言葉を冠したその三人はデビューと同時に、アイドルファンの話題を掻っ攫っていった。
フィクション作品によくあるような意表を突いた設定というものはアイドル界にも付け足されているらしく、そのシュバ
曰く――『自分達は前世で騎士だった。その時に愛し合った姫君を探して現世でアイドルをしている』。他の男が本気で言っていたとしたなら数年後に黒歴史として思い出すたび悶絶しているような内容だ。
あたし――
「っぶははっ。なんだ今の! 相変わらず夢売ってるねー、二次元を現実に持ってきたような事言ってさ!!」
そしてあたしの目の前で手作り弁当を頬張りながら笑っているのは、仕事の先輩であり科の主任でもある
「仕事が楽しいから男に構ってる時間はない!」なんて、自虐的に干物女なんて呼称を使っているのによく言える。
「先輩、シュバ嫌いでしたっけ」
タピオカを吸いつつ、机に肘をついて先輩に声を掛けてみる。
先輩は美人だ。確かにミスなんとかと比べれば多少は劣るかも知れないが、驚くことにその『多少は劣る』顔はほぼすっぴんである。切れ長二重の目と、黒々とした長く細い髪。小ぶりでも高さのある鼻と、胸が慎ましいという欠点を除けば細くて庇護欲さえ掻き立てる体付き。
そんな彼女が今まで恋人がいない事自体が不思議ではあるのだが。
「んー? ……いや、その、嫌いって訳じゃないんだけどさぁ? 見てて痒くならない?」
箸の後ろで指すのはテレビ画面。休憩室備え付けのそれは安物の32インチ。そこに映っている男の顔は今は三人だ。丁度Chevalierのメンバー全員が画面に入っている。
ひとりめ、
ふたりめ、
さんにんめ――シロガネ。この人物は芸名をそう称し、本名を語らない。まぁ先述の二人も本名であるという保証はないのだが。男でありながら背中まで届く長い黒髪を有しているが、肩を過ぎたあたりでその髪を白に染色している。本人へのインタビュー記事では銀色のつもりなのだとか。この男は三人の中でミステリアス担当らしく、滅多に喋らない。話によると、話を向けても口を開くまでの思考時間が長いのでカットが多いのだとか。どうでもいいわ。
そんな三人がデビューして僅か三年。
大手プロダクションから鳴り物入りで飾られたデビューとはいえ、今の人気は飛ぶ鳥を落とす勢いになっている。
「痒く……なりますね。聞いてて恥ずかしくなる。伍貴はまだ十九歳とかっていう話だけど、他の二人成人でしょ。二十過ぎてそんなんでいいのかなって思っちゃいますね」
「……晶、年齢まで把握してるの……。ごめん、晶がそんなこいつら好きだったなんて知らなくて酷い事言ったかも」
「んーん、いいんですよ。好き……っていうか、まぁ、どうしても耳には入ってきちゃうんで」
「そうだね、こんだけ人気なら仕方ないよね」
実際その怪しい設定がウケてしまったらしく、社会現象一歩手前まで人気が出てしまった。特に前世や運命の恋に夢見る年頃の十代や、仕事に疲れた自分を姫君扱いしてくれると錯覚してしまう二十代後半は熱狂的なファンが多い。三人組がそれぞれ姫を名乗る人物からストーカー被害に遭ったのも一度や二度ではないらしい。ストーカーの中に男性もいたという話だから驚きだ。
「んでも、先輩はこんな風に姫扱いされたいとか思わないんです? 興味少しでもあるならチケット用意しましょうか」
「は? ……チケットって、デビュー三年目のドームなのに競争率凄いって聞いてるけど。なに、関係者でも身内に居るの?」
「身内にはいません。身内じゃないけど……まぁ、因縁があるっていうか……」
「因縁? なんだそれ」
弁当を完食した先輩は手を合わせ、「ごちそーさまー」と気の抜けた声を出す。
その時にはテレビもゲストの出番が終盤になっていて、最後のコメントを一人ずつ残すタイミングとなっていた。
『それではお一人ずつ、今回のコンサートに向けての意気込みをお伺いしたいと思います。右一さん、伍貴さん、シロガネさんの順番でお願いします』
『はい。……えーと、俺の姫君。貴女の為に歌うから、どうか聴きに来てください。最高の時間を約束します』
『……ん、……ぼ、僕の姫。もし聴いてくれるのなら、僕にとってこれ以上嬉しい事はない……から、……どうか、一緒に楽しい時間を過ごしましょう』
『――』
三人目の番になった途端、急にテレビのチャンネルが変わった。
「あー!!」
「あー? 悪い悪い、見てたのかよ。お前らさっきからあいつら扱き下ろしてたから興味ないんだと思ってたわ」
同じ部屋で昼食を取っていた別部署の課長がリモコンを持っていた。思わず吠えたら、課長は肩を震わせていたが特に悪びれも無くチャンネルを変えた先のニュース番組を見ていた。
あたしが叫んだのを、先輩は驚いた顔で見ている。見開いた瞳を瞬かせて。
「……晶、やっぱり好きなんじゃん……」
「違う! あたしシュバだけは好きじゃないしっ! 先輩、なんで先輩はシュバにときめかないんです!? 先輩を姫扱いしてくれるの最早シュバだけでしょ!?」
「………前後で言葉が矛盾してない……? 晶が好きじゃないモンどうしてアタシが好きにならなきゃいけないんだよ……」
先輩のその顔だけは変わらないのを、あたしだけは知っている。
「姫扱いって言ってもな……。画面越しで一方的にしか面識ない相手から姫って言われても何の感慨も無いし……それに」
「それに?」
先輩が先輩じゃなかった頃から、変わらず綺麗な事を知っている。
「アタシ、姫なんかじゃないし」
先輩が『姫君』ではなく『騎士』だった頃から、あたしは先輩を知っている。
Chevalierが語る前世の話を、あたしは知っている。
というよりChevalierのメンバー全員までもを知っている。
リーダーを務めるあの男が、前世では本当に王子騎士だった事も。
最年少であるあの男が、あの中では前世で一番年上の堅物な騎士だった事も。
ミステリアスだかなんだか知らない担当の男が、前世で愛し愛されたのは『姫君』ではなく『女騎士』だってことも。
そして実は先輩が、その女騎士だったってことも。
全部、この場に居る中であたしだけは知っている。
「……もし先輩が、あの中の誰かの『姫君』だったらどうしますか」
「あー? 無い無い。探してんの姫なんでしょ。アタシは絶対違うから大丈夫」
「……なんで」
「なんでって」
問いに答える先輩の声は、諦観を含んだ小さい音だ。
「自分を姫だとか、特別扱いして考える時期はもう終わっちゃったからな。今日も明日も明後日も、アタシは自分で弁当作ってそれを昼に食べる慎ましい一般市民だよ。姫と騎士がいるような綺麗な世界も、……血生臭い世界も、『今のアタシ』が住んでる世界とは無縁なものだからさ」
アイドルの話をしていて、血生臭い――なんて、普通は言わない。
あたしはその言葉に含みを感じて、一瞬飲んでいたタピオカを取り落とす。その隙に、先輩は弁当を持ってきた時と同じようにハンカチで包み持って行ってしまった。
「そんじゃーコーヒーで一杯やって戻ろうかねー。午後からの発注どうなってるかなー」
「え、あ、ちょ! 先輩!」
「晶も気を付けろよー。今から外回りだろ、残暑厳しいから油断するなよー」
逃げるような素早さで休憩室を出て行った先輩は、仕事中は私語に滅多に答えてくれない。
聞く機会を逃した私は、逃げられた悔しさに臍を嚙むしか出来なかった。
Chevalierが掲げているアイドルグループとしての誓約に、こんなものがある。
『姫君を見つけたメンバーは脱退する』。それは事実上の恋愛禁止の約束なのだが。
その時より二年を待たずして、メンバーがひとり減る。
それを機に、Chevalierは数多くの女性たちに惜しまれながらも解散した。
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