赤い座布団

@aikawa_kennosuke

赤い座布団

「おはようございます!」


いつものように後輩ADの高橋が挨拶をしてきた。




「おはよう。眠そうだな。昨日相当飲んだだろ。」


高橋は今年26になる。このテレビ局の仕事にも慣れてきて、得意先や上司との飲みの付き合いも積極的に参加しているようだ。




「楽しかったですよ、昨日の飲み会。金井さんも来ればよかったのに。」


高橋はそう言って自席について、上着を脱いでいる。


「俺にも家庭の事情があるんだよ。お前も今に結婚すれば分かる。」


金井は答えた。




金井は自席でコーヒーを飲みながら今日のスケージュールを確認していた。


13時から撮影開始、とある、ある番組に目が止まった。




「WHITE ROOM」という3年前から始まった番組で、放送開始から今まで、ディレクターとして金井が携わってきた番組だ。


この番組には企画段階から関わっており、金井の中では最も思い入れの強い番組だ。




「そういえば高橋。今日からWHITEROOMにも入るんだろ?」


「そうですよ。尊敬する金井先輩が入れ込んでいる作品に関われて、僕は幸せですよ。」


「うるせえよ。ま、今後も番組を良くしていくために客観的な意見がほしいから、何かあったら言ってくれよ。」








「WHITE ROOM」はその名のとおり、白を基調とした内装の家のスタジオで撮影される。


固定の司会とコメンテーターが1人ずついて、他は俳優や芸人などが数名ゲストととして呼ばれる。


基本はゲストの私生活にスポットを当て、適宜スタジオ外のロケも行う。




その日も段取りを決め、スタジオの準備をしていると、撮影開始の時間が迫ってきた。


すると、スタジオの整理をしていた高橋から声をかけられた。


「金井さん。ちょっといいですか。」


金井が寄ると、こんなことを言った。


「座布団が一枚足りないんですよ。今日、ゲスト4人でしょ?  ゲスト用の座布団が3枚しかないんですよ。」




「WHITE ROOM」のゲストは白いソファーに腰掛けるが、背もたれ用に座布団クッションを用意している。


それが1つ足りないらしい。


「スタジオの裏は探したのか? 座布団か何かはあるだろう。適当に工面してくれよ。」


金井がそういうと、高橋は


「それが、物置の奥のほうに唯一あったのが、あの座布団なんすよ。」


と言って、スタジオの隅を指さした。




赤い座布団だった。


しかも、強めの赤だ。


スタジオのソファーは白いため、それに合わせて白か薄い青色の座布団しか置いていなかった。


赤では不釣り合いで、少し目立ってしまうかもしれない。


だが、撮影開始までもう5分もない。




「じゃああれでいいから、早くセッティングしてくれ。」


と、金井は仕方なく赤い座布団を使うことにした。




「うっす。ちょっと埃もついてるんで、はたいてから置いときます。」


高橋はそう言うと、小走りで赤い座布団のほうへ向かった。




予定通り、13時に撮影を始めることができた。




当初は少し心配していたが、ある程度広いスタジオであるため、赤い座布団はそこまで目立ってはおらず、映像としても特に問題はなさそうだった。




若手の男性俳優が赤い座布団の位置に座っていたが、特に座布団を前に抱えて持ったりすることもなく、若手俳優の背中にずっと留まっていた。




無事に撮影を終えたころには、もうすっかり座布団のことなど忘れ、次の撮影のスタジオに向かっていた。










その撮影から3週間後のことだった。


その日はちょうど赤い座布団を使い始めた回の放送日だった。


あれからはスタジオ内に赤い座布団もレギュラー入りを果たし、ソファーの上にいつも置かれていた。




発端は高橋から見せられた、SNS上で番組「WHITEROOM」のアカウントに対して寄せられた投稿だった。




“今日のWHITEROOM、変なものが映り込んでるんですけど。”




という文字とともに、番組映像のスクリーンショットが添付されていた。




「ここ、よく見てください。ソファーのところです。ソファーの後ろから、誰かの顔が覗いてるんですよ。」


高橋にそれを見せられて、思わず絶句した。




赤い座布団の前に座っていた若手俳優がズームされた時のスクリーンショットだった。


高橋の言うとおり、彼の座っているソファーの後ろから、人の顔が出ているのである。




女性の顔だ。


だが撮影していたその時は、こんなところにいるスタッフなんていなかった。間違いない。


その顔は長い髪の間から、かっと見開いた目を覗かせている。


生気の無い青白い肌から、これがこの世のものではないことがなんとかく分かった。






それからこの投稿はSNS上であっという間に拡散され、「心霊映像が放送された」ということでネットニュースの記事にもなった。




ネット上では、スタジオの地縛霊ではないか、若手俳優がふった女性の生霊ではないか、等と好き勝手な憶測が飛び交っていた。




しかし、それだけでは終わらなかった。




放送から数日後、その若手俳優が交通事故に遭い、意識不明の重体に陥ったのだ。




その事故が報じられたことを皮切りに、またネット上の書き込みが白熱化した。




「もしかして…」


高橋が言う。


「あの赤い座布団のせいじゃないですか? だって、これまで一度もなかったですよね、こんなこと。あの赤い座布団を使った途端だ…。」




金井は少し考えて、


「いや、そう結論づけるのは早いぞ。あの赤い座布団があったからではなく、あの若手俳優がいたからこんなことが起こったのかもしれないし。」


と冷静に言った。




「どのみちあの座布団は今後使わないとして、問題は赤い座布団を置いてすでに収録してしまった分だ。」






すぐに、赤い座布団を使用して撮影してしまった2週分の映像の確認が行われたが、特に不可解なものは映っておらず、次の週の回については予定通り放送されることとなった。






しかし、次の放送回も、視聴者からこんな声が寄せられた。




“番組からCMに切り替わる直前、変なものが映っている”




そんなバカな。


金井はそう思いながら、指摘された箇所を確認した。




CMに切り替わる瞬間、たしかに妙だ。


画面にモヤのようなものがかかっている。




撮影したら当日は機材トラブルなどもなく、その後の確認でもこのようなモヤは確認できなかった。




金井は嫌な予感がした。


だが、その予感にいざなわれるように、問題の場面の静止画を凝視した後、彩度や明暗を調整した。




すると、あるものが静止画に浮き上がってきた。






女の顔だった。


ソファーの裏から現れた顔と同じ。


その顔が今度は画面いっぱいにモヤのように広がり、こちらを見つめている。




ゾッとした金井は、そのままパソコンを閉じた。






そして数日後、図られたかのように不幸の知らせが届いた。


今回の放送で赤い座布団の席に座っていたのは中堅の男性芸人だったが、彼も前回の若手俳優と同じように交通事故に遭って大怪我をしたという。




こうなってくると、ネット上は大騒ぎだ。


「呪われた番組」「次に事故に遭うのは誰だ」といった書き込みがごまんと並び、視聴者からの問い合わせの電話もあとが絶たない。




プロデューサーと相談した結果、赤い座布団を使用している3回目の回は、やむなくお蔵入りということになった。








ただ、マイナスな情報とはいえ、この番組が話題になっていたことには変わりなかった。


打ち切りを免れ、放送を続けた「WHITE ROOM」は、皮肉なことに高視聴率を上げ続けた。






そんな騒動もすっかり落ち着いたころ、スタジオで金井は高橋に声をかけられた。




なんでも、あるものを見せたいとのことだ。




高橋に連れられてきたのはスタジオの裏にある、小道具をしまう倉庫だった。




「ねえ、みてくださいよこれ。」




高橋はそういってしゃがむと、何やらゴソゴソとしている。


そして、1枚の紙切れを取り出した。




「これ、お札ですよ。」


高橋が言った。




金井は状況が飲み込めず、


「は? どういうことだよ。」


と訊いた。




「座布団の中にあったんですよ。」


高橋は床に置いてある、切り刻まれた赤い座布団を指さした。


「なんかおかしいと思ったんですよね。触ると変な凹凸感があるし、何か入ってるなと思ってたら、やっぱり入ってました。」




赤い座布団の、白い綿の中に混じって、細長いお札が何枚も入っているのが見えた。




「だから言ったでしょ? 金井さん。この座布団、なんかあるって。」




そう言った高橋の顔は、どこか青白い。


強く見開かれた目がこちらを向くと、つり上がった頬につられて歪んだ形になった。




金井は、あの女の顔を思い浮かべていた。


画面いっぱいに浮かんでいた、不気味な女の顔を。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤い座布団 @aikawa_kennosuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ