チャプター22 「知識と経験」

 柴田主任に言われたとおり、俺はレコーダーでイモビライザーの通信波形を計測できるようにセッティングし、再度、エンジン始動繰り返し試験を開始した。


 未だになぜイモビライザー通信を計測させられているのかが分からない。これまで書籍から学んできた知識だけではその理由がわからず、正直悔しい気持ちだ。


 柴田主任に再度理由を問いかけたけど、またもや瞬間湯沸器が作動したので理由を聞けなかった・・・。


 エンジン始動を繰り返しながらバッテリー電圧が下がっていくと、バッテリー劣化によってスターターが回らなくなりエンジンがかからなくなるのは理解できるが、そこまでバッテリーが劣化するよりも先にエンジンがかからなくなる理由がどうしても分からない。


 だけど柴田主任は何か思い当たる理由があるようで、イモビライザーが関係するらしい・・・。


 悔しいがいくら考えてもわからない。これまで絶対記憶を武器にあらゆる知識を吸収し、特に好きな工学に関しては絶対的な自信をもっていただけに、これほど分からずに頭を悩ませるなんて、ひょっとしたら生まれて初めてかもしれない。




 そして、再度エンジン始動繰り返し試験を開始してから数時間して、またもや同じエンジンが始動できないという現象が発生した。


 俺は早速、保存できた波形を解析することにした。特にECUとイモビライザーとの通信波形には注目した。



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 ここで久しぶりのうんちくです。

 自動車用車載コンピュータ同士の通信は、コンピューター対コンピューターの1対1もしくは、1対多で行われることが主流でしたが、1980年代に開発されたCAN通信(Controller Area Network)が登場してからは、1対1または1対多ではなく、多対多で通信ができるようになりました。


 CAN通信の登場以前は1対1もしくは1対多での通信であったため、通信が必要なコンピュータの数だけ通信用の端子と電線が必要となっていました。例えば1つのコンピュータが3つのコンピューターと通信をしたい場合、3つの通信端子と3本の電線が必要でした。


 まだ車載コンピュータの数が少なく、通信が必要な数も少ない場合は、1対1または1対多の通信でも対して問題ではなかったのですが、最近は1台の自動車の中に数十台ものコンピューターが搭載されることも珍しくなくなってきました。


 こうなるとこれまでと同じ方法で通信でやっているとそれだけ通信用の電線がたくさん必要となり、自動車における電線の数と重さが無視できなくなってしまいます。またコンピューターも通信対象のコンピューターが多ければそれだけ通信端子の数も増やさないといけなくなり、コスト的にも大変になってしまいます。



 そこで登場したのがCAN通信です。CAN通信はバスと呼ばれる全てのコンピューターが共有できる構造を持っていて、各コンピューターはそのバスに接続さえすれば、同じくバスに接続している全てのコンピューターとの相互通信が可能になります。


 また、各コンピューターはCAN通信のバスに繋ぐための通信線を1つ持つだけで、数十ものコンピューターと通信ができるようになるため、コスト的にも大きなメリットがあります。


 このCAN通信は自動車用として当初は開発されましたが、使い勝手の良さから自動車産業だけでなく他の工業製品や、医療機器などにも応用されています。


 ただ、高坂が新入社員の時代である1999年ごろは、日本の車両ではまだまだCAN通信が普及しておらず、1対1の通信が主流でした。


 うんちく終わりです。



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 豊光自動車の開発車両”QQ"のイモビライザーシステムは、エンジン制御用のECUとイモビライザーコンピューターの1対1の通信だ。


 俺は普通にエンジン始動ができている時し、今回のエンジン始動ができない現象が出ている時との通信波形を比較することにした。


 通信とは簡単に言うと数字の0と1の羅列だ。それを通信という波形で表しているにすぎない。例えば、通信の電線の電圧が0ボルトの時を数字の0、電圧が1ボルト以上の時を数字の1と決めておき、あとは0ボルトと1ボルトを組み合わせることで、0と1の数字の羅列を表している。


 この0と1の組み合わせがどのような意味を持っているかだったり、0と1の間隔をどれだけの速さでやりとりするかだったり、通信が来なかった場合の処置などを決めたものが通信プロトコル (手順・規格)と呼ばれるものだ。


 俺は設計部門に掛け合い、ECUとイモビライザーとの間の通信で使われているプロトコルの仕様書を手に入れ、絶対記憶で瞬時に記憶と理解をしたうえで、正常時と異常時の2つの波形をじっくり観察した。


 イモビライザーの通信のパターンは簡単に言うと、まず最初にECUが起動するとECUからイモビライザーに対して合図を送り、イモビライザーはそれに対して応答する。それから相互に暗号のやりとりをしてお互いに暗号情報が合っていればエンジン始動ができるようになるというものだ。


 正常時と異常時の波形を見比べると、最初にECUがイモビライザーに対して最初の合図を送っていることがわかる。ところが異常時の波形はイモビライザーからECUに対して送られるべき応答信号が出ていない。


 ECUはイモビライザーから応答が来ていないので、何回か同じ合図の信号を繰り返し送っている。だが、いくら合図を送っていてもイモビライザーからの応答信号が出ていない。そのためECUはイモビライザーとの通信が不良であると判断してエンジンが始動できないようにしているようだ。


 エンジンが始動できなくなった理由はわかった。でもではなぜイモビライザーからの応答が来ないのかがわからない。仕方ないので俺は通信波形を解析した結果を持って、柴田主任の元に向かった。


 今日は湯沸器の調子はどうだろうか?たまには修理中であってほしいものだ。。。


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短めのチャプターとなってしまいました。

本職の方でトラブルが続いてしまっていて、なかなか執筆の時間がとれませんでした・・・。

早くトラブル収束させたいです・・・。


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日出ずる国のエンジニア ー特殊能力「絶対記憶」を武器にモノ作りの国を駆け抜けるー 若宮 春(わかみや はる) @mycatdee

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