チャプター21 「瞬間湯沸器」

 先週のホルモン焼肉屋の衝撃の余韻がまだ残っている。あそこの肉を食べたら、もう他の店では焼肉なんて食べられないな・・・。


 田中くんも多少はリフレッシュできたみたいで、今日は今朝から顔色も悪くない。鷹村と田中くんと、「近々もう一回行こう」と会話しつつ、俺は先週セッティングしたエンジン始動繰り返し試験の結果を確認した。



「なんだこれ??」


 何百回分もあるエンジン始動を記録したレコーダーの結果を眺めていると、あるところから全くエンジンが始動しなくなってしまっていることがわかった。


「なんでこんなことに・・・。」


 俺は自分が作ったエンジンを繰り返し始動させる装置が上手く動作しなかったのだろうかと思い、試験車両にセッティングした装置を一旦とりはずし、配線などをチェックした。結果、装置には問題ないことがわかり、再度、試験車両に設置して正常に動くことを確認した。



 俺は再びエンジンが始動できなくなった時のレコーダー結果を見た。するとその現象はバッテリーの充電が少なくなり、電圧が低くなってきた時に発生していることがわかった。


 今回の試験はこれまでのほかの人の試験より付加価値をつけるために、わざとバッテリーを充電しないようにしているので、バッテリーが放電して電圧が低下すると、いずれはエンジンを始動することができなくなることは予想していが、今回、エンジンが始動できなくなってしまった電圧は予想していた電圧より少し高かった。



「試験装置は問題ない。バッテリー電圧はまだ少しは余裕があったはず・・・」


 悔しいがこれ以上は俺の知識と経験では理由が思いつかなかった。

 俺は柴田主任にこれまでの経過報告と、この後どうするかの相談をすることにした。



「柴田主任、エンジン始動繰り返し試験なんですが、途中でエンジンが始動できなくなってしまったんです。バッテリーを充電させずに、徐々に電圧を低下させるようにしているんですが、その途中でまだバッテリーが完全に放電しきる前にエンジンがかからなくなってしまったんです。その理由がわからなくて・・・すみませんが、アドバイスをいただけますでしょうか?」


 柴田主任は面倒くさそうな顔をしながら俺を睨み、さらに舌打ちをするという器用ななことをしながら俺に言った。


「なんで単純に言われたように過去と同じような試験せんかったんや。余計なことするから余計な手間が増えるやろが。」


 早くもチョイ切れしながらも俺に手を差し出し、


「ちょっとそのレコーダー結果を見せてみろ」


 と言って、結果を確認してくれた。



「高坂、このエンジンが始動し始めている前後のバッテリー電圧の動きを見てみろ。クランキングスイッチがオンになる直前の電圧は、放電しかかっているとはいえ、だいたい11ボルトくらいあるやろ。」


 そう言いながらバッテリー電圧の動きを指し示してくれた。


「それからクランキンが始まると、その電圧が瞬間的に約5ボルトくらいまで下がっているやろ。これはこの瞬間にエンジンを回すためのスターターが動き始めることで起きてるんやけど、この瞬間、バッテリーは数百アンペアの電流を流してるんや。」



 確かにエンジンが回り始める時に、瞬間的にバッテリ電圧が約11ボルトから5ボルトまで、約6ボルトも低下している。スターターに繋がる配線の抵抗値を暫定的に10ミリオームと過程すると、6ボルトもの電圧低下を起こすためには、単純計算で600アンペアもの大電流が流れていることになる。とんでもない電流値だ。



「この5ボルトっていう数字やけど、この電圧はECUのマイコンが低電圧で死ぬかどうかのギリギリのラインなんや。今回エンジンがかからんようになったのも、バッテリー電圧の低下が原因でマイコンが死んだことが原因かもしれん。」


 だけど、その電圧は5ボルトまで下がって次の瞬間にはもうかなり復帰している。


「そうですが、バッテリー電圧はすぐに復帰して・・・」


「おい!俺がまだ喋ってるやろが!黙って聞いとけ!!」


 お湯が沸くのがめちゃくちゃ早い・・・。



「すみません・・・・。」



 たったこれだけのことで柴田主任は目に見えて顔を紅潮させて怒りにプルプル震えてしまった。


 その後、なんとか怒りを抑えてくれたらしく、しばらく考えたあと顔を上げて指示を出してくれた。


「高坂、もう一回同じ試験をやれ。ただし、次はECUとイモビライザーの通信波形を取りながらやれ。通信は周波数が高いからレコーダーのサンプリングレートを上げるのを忘れるなよ。」



 イモビライザー? イモビライザーが何なのかは俺も知っている。

 イモビライザーは簡単に言うと盗難防止装置だ。ドライバーがキーをオンにする時に、そのキーが車に登録された正しいキーであるかを通信によって確認し、認証を通った時だけエンジンを回すことができるようにするものだ。


 イモビライザーは自動車盗難に対して非常に有効な手段ではあるが、それでもそのセキュリティが突破されて車が盗まれることがある。自動車盗難の犯罪者集団と自動車メーカーとはこのイモビライザーを巡ってずっとイタチごっこをしているし、このイタチごっこは終わることはないだろう。


 そのイモビライザーが今回の試験にどう影響するのだろうか? 俺はその疑問を柴田主任に問いかけたのだが、


「言われたことをやったらええねんっ!」


 とぶちギレされてしまい、それ以上は質問ができなかった。



 この瞬間湯沸器、高性能過ぎるやろ。極寒の地であれば重宝されるかもしれない・・・。



**********



 今回は短めでした。

 もうちょっと湯沸器の温度設定を低くしてもらいたいもんです。

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