Vオタ!~虚実を回遊する君、うだつの上がらない俺~

あもと遊

第1話 虚と実の狭間にいる君、それを眺めるオタク

 ピピピピピ。

 無機質なアラーム音によって、男は目を覚ました。

 時計はけたたましく鳴り続ける。

 彼は騒音に耐えきれなかったようで、上部に付いているボタンを叩いた。目覚めることを拒否するように一度身体を縮こませてから、スマホのホームボタンをクリック。

 六時二十分。

 二度寝したい、このままベッドと昼まで一緒にいたい、という思いを頭の隅に追いやり、YouTubeのアイコンをタップした。ライブ配信を行う待機所は、既に配信者を待ちわびるコメントで埋まっている。

 朝から元気だなァ、と思いながら、配信者の声がするまでベッドの上で待つことにした。本当なら目も瞑ってしまいたいが、二度寝をしてしまった過去があるのでやめておく。

 この配信はリアルタイムで視聴することに価値がある、彼はそう思っていた。朝から楽しみを台無しにしてしまった気分を味わうのはごめんだ。

 六時三十三分。

 突如として、スマホから爆音で広告が流れ出した。配信者が開始ボタンをクリックしたんだろう。起きられないかと心配したぞ、なんて思いながら、小うるさい広告は五秒でスキップする。待機所では、準備画面と共に軽快な音楽が流れている。

 彼はもぞもぞと寝返りを打ち、そろそろ起きるか、と思った。

 ……けれど、やっぱりベッドは抗いがたい魅力を持っている。再び沈み込もうとした、そのときーー

「「「おはぁようございます」」」

 複数人の男女の挨拶がスマホから流れ始める。早朝のためか、ちょっと滑舌が怪しい。

 どうやら配信が始まったようだ。配信画面を確認すると、彼が好きな配信者がゲストとして参加していた。体温が数度上がったような気持ち(あくまで気持ちだ、念の為)になる。

 彼は弾かれたように、がばっと上半身をベッドから起こす。そのまま台所に直行し、顔を流水で洗った。

 楽しそうな声が部屋の中を満たす。雑談の内容自体は他愛のないものだが、寝ぼけた頭には心地よく響く。朝から実のある会話なんてされても、ぼやけた脳内では処理できないので丁度よかった。楽しそうな様子にしばし浸る。

 六時四五分。

 そろそろ雑談は終了し、本題に入ろうとしていた。ラジオ体操を覚えているかについて、お互いに確認しあっている。第一ならどうとか、第二はわからんわ、なんて会話を聞きながら、彼はタブレットでラジオ体操第二を検索している。なぜなら、第一は覚えているものの、第二はさっぱりだからであった。

 ここまでで大体の察しがついただろう。

 この配信のメインはラジオ体操を行うことだ。彼がリアルタイムに拘る理由も、朝以外にラジオ体操をしようだなんて思えないからである。それにゲストに誰が来るのか(あるいは来ないのか)や、そもそもホストの配信者は起きるのかについてのドキドキも、放送後に公開される録画では半減してしまう。

 早起きが苦手な配信者が六時半という早朝に目覚めることができるのか。これが、配信の一番の肝と言っても過言ではなかった。

「本日も体操、やっていきましょう」

 ホストの掛け声と共に軽快な音楽が流れ出した。今日はラジオ体操第一を選択したらしい。不要になったタブレットは放置して、彼は伸びをした。ちなみに、この音源を提供しているのは彼が長年視聴している配信者であった。そのため、(自分が作成したわけでもないのに)嬉しくなってしまう。

 音源に合わせて配信者は動き始める。が、ホストの彼は上半身のみしか動いていない。下半身は、まるで貼り付けられているかのように微動だにしていなかった。

 どういうことだろう。

 右隣の女性に関しては、顔の向きと表情以外は大きな変化がみられない。その代わりに、なぜか音楽に合わせて身体全体が上下に激しく移動している。

 多くの人は、彼らがどういう状態にあるのか想像もできないだろう。だが、一度でも彼らを見たことがあれば、彼らの光景を思い浮かべるのはそう難しくないーーと思うのだが。

 そう、彼らはVtuberだ。


 Vtuberは、2018年に話題になった存在だ。モーションキャプチャによって動きを検出し、それを3Dモデルや2Dモデルに反映させることで、キャラクターが喋っているような映像ができる。

 日本で一躍Vtuberを有名にしたのは、当時海外で話題になっていたVtuberが発した「ふぁっきゅー」という発言だ。舌っ足らずで可愛いアニメ声で、Fワードなんていう危ない発言をするのが面白かった。それから、ほとんどお祭りのような怒涛の勢いで、一部の人間にバカウケしたのだった。

 彼らはアニメキャラでもなければ、実写YouTuberとも違う。

 キャラクターっぽい外見と印象を持ちながら、どこか人間臭さを持っている。

 分かりやすい例が、ねこみみを付けたおじさんだろう。彼女(彼?)はツインテールにピンクの和服。語尾には「のじゃ」をつける可愛らしいキャラクターだ――ある一点を除いて。

 声だ。

 彼女は声に何の加工もしていなかった。ありのままの成人男性の声がそこにはあった。

 可愛らしい要素が散りばめられたキャラクターに、相反する要素。外見が彷彿させる印象を破壊しかねない危うさ。それが彼女のアンバランスな魅力になっていた。時々飛び出す世知辛い体験も、可愛らしいキャラクターが話すことによって、ブラックジョークとして成立する。

 初めは興味本位で見ていただけなのに、段々可愛くみえてくるなんて。そんなことを思っていた視聴者も多いだろう。

 それから、約三年。

 Vtuberが使用するアバターの主流が3Dモデルから2Dモデルになった。コンテンツ自体の形式も、予め編集された動画映像からライブ配信へと軸足を変えた。初期の頃は人気Vtuberは自由に動けていたのに、ピンに止められてしまったように磔になったのにはこういう背景がある。言ってしまえば、高コストな形態から低コストな形態へと移行した。

 そこから更に紆余曲折を経て業界全体のノウハウが貯まり、2DモデルでデビューしたVtuberも3Dアバターも利用するようになっている。

 こんな風に書くと、原点回帰のように思えるかもしれない。

 でも、視聴している層があの頃とはぜんぜん違うのだ。

 新たな存在にテクノロジーとエンタメのその先を夢見たオタクは陰を潜め、Vtuberを他の配信者と区別なく好むオタクが大多数を占める。局所的、熱狂的なブームから、一般化されたジャンルへと変化を遂げつつある……と思う。

 それを退化と捉える人も勿論いるだろう。

 けれど、テレビのバラエティ番組やリアルなアイドルの影響を受け、変化したからこそVtuberは生き残れた。

 殆どのVtuberがゲーム配信を中心とする現状に一抹の寂しさは覚える。けれども、求める自分になるために変わりゆく彼らは魅力的だ。


 彼は、そんな考えを持つ一人だった。

 双見わたる

 彼は良く言えば満遍なくVtuberを視聴している。悪く言えば、誰一人として真剣に応援していないのかもしれない。

 アーカイブは、半分ぐらいしか視聴できてないからな……と、推しマークをプロフィールに付ける勇気がない中途半端なオタク。よく創作で登場するような、推しのためなら命がけで応援をするオタクにはなれなかった。他のオタクと交流することもできない、知識が浅いことがバレそうで怖いから……。

 この小説は、そんなうだつの上がらないオタクと、彼が生きる糧の一つであるVtuberの物語である。


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