彼女たちの華麗なる午后 [3]
「貴族令嬢の憧れの的で、わたくしの妹からもよく話を聞かされたものですわ」
「まあ」
エリュシナがちらとジュリアを窺ってから、おっとりと微笑んで、手元のティーカップを取り上げた。
自然な仕草だったが、図ったように一旦話題が途切れた。
エリュシナがわざと打ち切ったのだ。
ジュリアの妹といえば、故側妃のエミリアである。
彼女の話題が禁忌というわけではなかったが、皇帝に嫁いで一年程で病死した悲劇性からあまり皇帝に近しい人間の間で口にされる名前ではない。
それに、エリュシナにとっては、彼女が嫁いだ経緯故に気まずい思いもあるのかもしれない。
――これは、ユーリがこっそり侍女達の控えの間で立ち聞きした話だが。
というのも、エミリア・バラントが側妃となって一年程で病死した際、そこには事故死や痴情の縺れによる事件、実は自殺ではないかといった噂まであったそうだ。
あまりにも早い死が、話題性と衝撃を呼んだのだろう。
それから半年足らずで、エミリアの姉のジュリアが輿入れした――が、そこで問題が生じた。
夭逝した妹の実姉が次の側妃となったことで、皇帝に若い娘を嫁がせることを躊躇う風潮が漂ったのだそうだ。
当然、良くない噂も原因となった。
そこで手を挙げたのが、フリージア子爵家である。
家格としては、特に甲乙つけられるほどの功績はなく、強いて言えば先代から運営している貿易系の商会が海路に明るいのが特徴の家門であるとのことだ。
通常であれば皇帝に輿入れするのは容易ではなかっただろうが、エミリアの悲劇的な死の混乱に乗じたこと、更にエリュシナの奇跡のような美しさのおかげで、まんまと将来の国母の一族の立場を手に入れたのが、フリージア家ということになる。
(……まあ、エミリアさまのお話はしづらいよね、ふつうに)
ユーリから見て、第一側妃ジュリアと第二側妃エリュシナは特別懇意でないにしろ、これといって険悪な仲にも思えない。
(でも、見えないところで、色々あるみたい)
二人はノヴィリス帝国の貴族令嬢なのだから、柵も多くて当然ではあるが。
「先ほどのお話を補足するなら、デイト産のダイヤを取り寄せられるのは、陛下からのご寵愛が深いからという見方もできますが……これはユーリ殿下が私どもと同じく適齢期の令嬢であれば、の場合ですわね」
「あら、それを言うのなら……」
エリュシナ主導による話題の転換に、ジュリアはおっとりと応じた。
優しい垂れ目がちな瞳がユーリに向く。
「陛下は間違いなくユーリ様をお気に掛けていらっしゃいますわね。そちらのダイヤの髪飾りは、陛下からの贈り物だとか?」
「はい、ジュリアさま」
驚いた。
なんと、今朝届いたばかりのプレゼントの事を、もう耳に入れているのか。
エリュシナがそっと瞬いているところから察するに、彼女は初耳であったらしい。
(ふぅん……こういうことなのね)
実地でパワーバランスを測る機会を、ジュリアは与えてくれたらしい。
ジュリアの微塵も揺らがない微笑の奥で、彼女がなるほどと感心したユーリの様子に『よくできました』と褒めてくれているような気がした。
「――ユーリ殿下、こちらを、以前、お気に召していらしたでしょう?」
頃合いを見て、給仕が綺麗に皿に盛りつけられた焼き菓子をテーブルに運んできた。
しっとりとした触感の、干し葡萄を練り込んで焼いたものだ。
「ありがとうございます、エリュシナさま」
覚えていてくれたのが嬉しい――とは単純に思えないのが複雑なところ。
なぜなら、これも茶会のマナーであるのだから。
茶会の中盤、主催は焼き菓子や軽食などのゆっくり味わう茶菓子を供し、指名された招待客は二杯目の茶を淹れて、主催へもてなしの礼を返す。
もちろん、侍女が代わりに淹れる事の方が多いのだが、なんせこれはユーリの教育の一環なので、
「おれいに、つぎはわたしがお注ぎします。おすすめの茶葉はございますか?」
「幾つかご用意しておりますわ」
エリュシナの侍女が茶道具一式を乗せた小型の台車を押してきた。
茶葉が盛られた美しい装飾の小皿が三つ。
(き、緊張する)
ユーリはそっと一つずつ手に取って、控えめな仕草で香りを確かめた。
(えぇっと、二度目の茶菓子はしっとり重ためのケーキだから、あとエリュシナさまもジュリアさまもミルクティーはお嫌いじゃなかったはずだし……)
とすれば、少し香りも味も濃く出るものが好みに合うはず。
最終的に取り上げた小皿に、二人は意を唱えなかった。
密かに顔色を窺っていたユーリはひとまず安堵した。
――これが、ミルクティーや甘未が苦手な人が多ければ、すっきりと清涼な味わいの茶葉を選ぶのが正解である。
事前に茶会の出席者の好みを把握しておく必要があるというわけだ。
(お貴族様のお茶会、難易度高すぎる……!)
次は、手順を守って紅茶を淹れれば良いだけだが、ただし注釈で『美味しい』茶でなければならない。
その辺り、ユーリの技術は帝国の令嬢の五歳児に劣るようなので、未だ大目に見てほしいところだ。
そして幸せに暮らしましたとさ 高橋 凌 @shinogu-t
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