彼女たちの華麗なる午后 [2]
祈りを終えたエリュシナが蝶の翅のような睫毛を開き、ジュリアのカップに茶を注いだ。
「ジュリア様、本日の茶葉はデイトのものですのよ」
「まあ、楽しみですこと」
ユーリも意識して笑顔を保ちながら、必死でエリュシナとジュリアの手つきを凝視する。
頻繁に開催される茶会の主旨として、本来は側妃間の交流を深め軋轢を軽減させたり、情報交換を行うためのものなのだそうだが、それはユーリによって大幅に方向転換を遂げている。
主に、淑女教育の方向へ。
基本的にエリュシナやジュリア、現時点でのユーリほどの地位にいる貴族女性は私的な場以外ではまず茶を淹れることなどないが、それは淹れられないということではない。
淑女として完璧こなせて当たり前なのだそうだ。
前提として、侍女は主人よりも美味い茶を供さなければならないのだが、それはつまり、まず、侍女の給仕の所作を見れば、女主人の教養の高さが如何程か分かるということである。
ちなみに、ユーリの茶の作法はお察しというところ。
(このままじゃ、エレナに申し訳なさすぎる……!)
――というわけで、茶会中盤に出される最後の茶は、実践としてユーリが淹れなければならないので、必死で予習している最中なのだ。
本当なら、二人の所作を凝視するのではなく、優雅に盗み見る程度に留めなければならないのだろうが、未だユーリには手の届かないスキルである。
ツンと澄ましたエリュシナの白魚のような手が淀みなく動き、ユーリの前にもティーカップが回ってきた。
一生懸命順序を覚え込むユーリに、ジュリアがクスクスと笑みを漏らす。
「ユーリ様、今日の御髪も可愛らしくて素敵ですわ」
「ありがとうございます」
今日のユーリの髪型は、エレナが時間をかけて丁寧に結い上げてくれた自信作である。
明るい若草色のレースドレスに合わせて、緑から黄緑、水色へのグラデーションが美しいリボンを長い金髪と一緒に編み込み、その合間には小粒のブルーダイヤが朝露のように輝いた。
可憐と清楚と華やかさを両立させることに成功しました、とは櫛を片手に汗を拭ったエレナが満足げに頷いた言だ。
「ユーリ様のリボンとダイヤ、この頃、デイト公国で流行したものですね」
そうなんですか? とは言ってはいけないので、
「……エレナが用意してくれたのです」
「エレナ様が」
ギリギリ及第点だったらしい。
エリュシナは鷹揚に頷いた。
流行に敏感であれ。
淑女の嗜みその二だ。
最先端の情報は、主導権を握る武器になるのだとか。
「流石でいらっしゃいますわね、ダナム嬢は」
「はい!」
ユーリは自分に良くしてくれる侍女を褒められて、鼻高々だった。
「……ダナム嬢が、ユーリ様の髪飾りにデイト公国産の宝石を選んだ理由はお分かりでしょうか?」
「え」
ユーリは思わず、少し離れた場所で控えるエレナを振り返り、
「ユーリ様」
「はい!」
エリュシナに窘められて、慌てて向き直る。
「えっと、えっと……今日のお茶が、デイトのものだからでしょうか?」
「良く出来ました」
ジュリアの温かな掌が、そっとユーリの手を撫でた。
(やった)
中々褒められることがないので、ちょっと嬉しい。
「つまり、ダナム嬢は、エリュシナ様が本日用意してくださる茶葉の種類を予めご存知だったことになりますわね」
「それは……そう、ですね」
「
「エリュシナ様の周辺の情報を探れるほど、顔が広く、力を持っているという示唆にもなりますわ」
なるほど。
ユーリは興味深く頷いた。
「更に、もう一つ?」
やんわりと問われて、ユーリは頭を捻った。
(えーっと、デイト産のお茶とリボンと髪型と……宝石?)
小粒のダイヤモンド自体であれば、ノヴィリス帝国でもそれほど珍しくもないものだが、それがしっかり水色がかった色味のものになれば、ほぼ間違いなくデイト産であり、更に流行っているのであれば希少価値は高まっているはず。
確か、デイト公国は帝国から幾つか国を挟んだ先にある遠方の国だ。
「……このじきに、希少性のたかいデイト産の宝石を入手できるちからがあるという証明、でしょうか……?」
意を得たり、とジュリアが微笑んだ。
「素晴らしいですわ、ユーリ様。デイトのブルーダイヤは、元々数が少なくて、今はほぼ帝国内では出回っておりませんの。取り寄せるには遠すぎて……それが、尚更人気を高めている理由なのですけれど」
「公国の地理を知っている事が前提の問題でしたわね。それも、エレナ様が教えていらっしゃるの?」
「はい、大陸の地図をよういしてくれて、いろいろな国のおはなしをしてもらっています」
国の位置や名前、どの国がどんな経緯で帝国に下ったのか、山や河によって何故その国ができて恩恵や利点があり、流通が生まれたのか。
エレナの話は多岐に渡り、話術が上手いので物語を聞いているようで飽きがこない。
勉強させられているという意識を持ちにくいせいか、こういった機会に不意に知識が身についていることを感じて、我ながら感心するばかりだ。
慎ましく控えているエレナにちらりと視線をやり、エリュシナがほうっと吐息をついた。
「相変わらず、エレナ様は優秀でいらっしゃいますのね」
「エレナをご存知なのですか?」
フォークで美しくカットされた果物を取り、啄む。
今日は酸味が効いた果物が多くて嬉しい。もちろん美味しいし、口の中がサッパリするので初夏の季節にぴったりだ。
「もちろんですよ。ねえ、エリュシナ様」
「ええ。エレナ様は私の二つ上の先輩にあたるのですけれど、学院でもとても優秀で……賢く、美しく清らかで誇り高く、それはそれは人気がおありでしたの」
「そうだったのですか!」
ユーリは目を輝かせた。
道理で、侍女や女官、騎士たちがエレナを遠巻きに見かけてはきゃあきゃあとはしゃいだり頬を染めたりするわけだ。
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