彼女たちの華麗なる午后 [1]



 皇城の庭は各区画ごとに区切られ造園されているため、城の敷地に対して広く割合を占めてはいるものの、広大という言葉で表現するには印象を異にする。

 見渡す限りの薔薇園もあれば、城内に忽然と小さな庭が現れることもある。

 ユーリがこの日案内されたのは、五代前の皇后が好んでいたという小さな離宮の庭園だった。

 宮は白く優美な意匠だが、所々に鮮やかな緑の装飾が入り、どこか異国情緒を感じさせる。

 庭も低木などが決まった形に整えられておらず、華やかで大きな花が咲き誇るでもなく、草木に紛れて小さく鮮やかな花が控えめに咲いていた。

 野性味溢れるこじんまりとした庭の中心に、清涼な噴水が誂えてあった。

 深い藍色のタイルから溢れる水に茂った緑が濡れ、ぷんと香草のような自然の濃い匂いがする。

 木陰に運び込まれた茶会の真白いクロスのテーブルとあいまって、どこかの一幅の絵画のように非日常的な光景だった。


 そこに、二人の高貴な美女が居れば、尚更。


 護衛の騎士に椅子を引かれて立ち上がったジュリアがユーリに微笑みかけてくれる。

「ユーリ様、ご機嫌麗しゅう」

「はい、ジュリアさまも、ごきげんうるわしゅうございます」

 挨拶としては定型文なのだが、これを言う時、ユーリは微量の羞恥にもぞもぞしてしまう。

 いつまで経っても言い慣れない。

 第一側妃のジュリア・バラントは豊かな黒髪を上品にまとめ、額に細い金のサークレットをつけていた。

 ドレスは深い茶色で、木陰に入ると光の加減で完全に黒に見えた。

 太めの眉の下の青い瞳は穏やかで、ユーリに母や姉のように気遣ってくれる人柄そのままに柔和で慈しみ深かった。

 ジュリアはしゃがんで、ユーリと目線を合わせてくれた。

「本日もお元気そうで何よりですわ」

 つん、と頬をつつかれる。

 おかげさまで、とは言えず、ユーリはどうにか無邪気に見える笑みを返した。

 こほん、と小さく咳が降ってきて、ユーリは慌てて背筋を伸ばした。

「ユーリ殿下、ご機嫌麗しゅう」

「ごきげんうるわしゅうございます、エリュシナさま」

 第二側妃エリュシナ・フリージアの真っ直ぐに伸びた長い白銀の髪が午後の陽光に煌めいた。

 白皙の美貌の中、北国の降り積もった雪に透かしたような薄青の双眸が瞬きするたび、髪と同じ白銀の睫毛がうっとりする程幻想的に煌めき、彼女の護衛騎士の目を奪っていた。

 胸元で切り替えの入った白いドレスが余計に彼女の美しさを際立たせていたが、見据えられたユーリは彼とは反対に頬を緊張させた。

 若干七歳のユーリの教育問題だが、一般教養は日々の合間にエレナが担ってくれており、妃としての指導は先輩側妃の二人に任されていた。

 そもそも大戦の前から大陸に名だたる帝国の貴族子女である二人からすると、商人さえまともに寄り付かないような辺鄙な高山にある田舎小国でまともな教養さえ受けてこなかったユーリの教育水準は論外なのだそうだ。

(まあ、さすがにストレートに言われはしないけど)

 初対面の場で設けられたお茶会は、徐々に微笑が強張っていく二人の表情が印象的で何とも言えない気分になったものだった。

 緊張のあまりまともに受け答えできないユーリもユーリだったが、帝国貴族子女の大前提として、まず社交の場でそのような状態であること自体が論外であったらしい。

 常に優雅な微笑みを。

 感情を現すにしても、それは常に微笑の奥でなければならない。

 淑女の基礎の嗜みでしてよ、とはジュリアが一番最初に教えてくれた心構えだったが、ユーリが会得できる日はおそらく遠い。

 エリュシナに促されて、ユーリは椅子に座った……というよりも、護衛騎士のゼンに抱き上げて座らせてもらった。

 椅子は大人用で座面が高く、更にユーリの座高をティーテーブルに合わせるために分厚いクッションが用意されていた。

 どうしても洗練された振る舞いとは言い難く、不格好な座り方になってしまうが、ジュリアを始め、この場に控えている幾人かの侍女や騎士達から、いかにも微笑まし気な笑顔が向けられた。

 ユーリとて、自分が大人であった前世であれば、子供がいかにも幼い仕草で大人の真似をしていたら同じような反応をしていたものだが。

(うーん、自分がされるのは複雑)

 ユーリはできるだけ優雅に見えるように、座って乱れたスカートの表面を軽く整え、本日の茶会の主催であるエリュシナを窺った。

 彼女は淡い唇でほんのりと笑みの形を作り、

「皆様お揃いですので、始めましょうか。お手を」

 エリュシナの右手をジュリアが、左手をユーリが握った。

 そしてジュリアとユーリも空いた手同士を繋ぎ合う。

「双翼の神アエローに感謝いたします」

「双翼神アエローに感謝を」

 エリュシナに続いて目を閉じ、ジュリアと声を合わせてユーリは祈りを捧げた。

 ユーリはノルディア出身なため、厳密にはノヴィリスで一般的に普及している翼神教の信徒ではないが、その辺り、帝国も翼神教も寛容であるようだった。

 特に入信を奨められるられることもない。

 翼神教自体、主神として崇められているアエローが元々はノヴィリス帝国の神話に登場する数ある神々の内の一神で、ほぼほぼ土着信仰の傾向があることから、一般人にまで厳格な掟を課せられるものではないようだ。

 なんとなく、ユーリの感覚としては前世の宗教観に近しいものを感じて気楽で助かっている。

 とはいえ、ジュリア・バラントは実家のバラント家が、有力貴族家に顔の広い翼神教の司祭一家の長女であり、更に第一側妃という地位であるので、要所要所で翼神教の信仰に従う場面も多いのが実状である。

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