ぼくの好きな人は
君はいつもぼくより後に待ち合わせ場所に現れた。
ぼくに遅刻は許されないから、必ず30分以上前に到着できるように早めに家を出て君が待ち合わせに15分遅れるて現れるのを緊張しながら待っていた。
そして遅れてきた君は悪びれもせずにぼくに言うんだ。
「暑すぎ!もう〜立ってスマホ見てるだけなら炭酸でも用意して待っててよー」
「ごめん」、気が利かなくて。
「…まあいいや、今日はどこいくの?」
「あっ、えっと」
手汗が滲む手で、ぼくはスマホにメモをしたデートスケジュールを慌てて確認する―、とまあこんな感じで君とのデートはいつもどこかぎこちなかった。
でも、今は違う。
12時5分。待ち合わせの時間を5分過ぎてしまっているが、ぼくの歩くスピードが上がることは無い。
あと5分くらだろう、と彼女に遅刻の連絡をすることも無い。
待ち合わせのカフェの前でキョロキョロしながらスマホを握っている彼女に、ゆっくり近づく。
「ごめん、待った?」
「あっ、ううん!全然待ってないよ」
会えるのすごく楽しみだった、と怒らないで微笑む彼女はかわいい。
君ってやつは、ぼくが間に合わせ時間に遅れた訳でもないのに自分が先に着くと「待たせないでよ!」とふくれっ面していたよな。まあ、そこもかわいかったけどね。
君の特にセットされていないサラサラの髪の毛が好きだった。君が動く度に一緒に流れるその髪の毛が好きだった。その度にかわいいかわいいと連呼した。
「今日の髪型、珍しいね」
「うん、久しぶりに会うから気合入れて巻いてきたんだ〜」
「慣れなくて時間がかかっちゃったんだけど、間に合ってよかったよ〜」と笑う彼女はいじらしくてかわいい。声には出ないけれど。
「何にする?私、ここのカフェのこのパスタ食べたかったんだ〜」
彼女がリサーチしてくれたカフェは、ぼくにはおしゃれすぎた。
「なんでもいいや。同じものにしようかな」
同じものを頼む、なんて君といた頃はできないことだった。君はいつもメニュー表とにらめっこして決められなくて、ぼくは君が2番目に食べたいものを頼む担当だったからね。
1口もらうね、と強引に僕の皿から料理を奪っていく姿に関節キスだなんてドキドキしていたぼくはもういない。
「今日の映画、何が観たい?私、これなんか気になってるんだけど」
彼女が指さしたのは今流行りの少女漫画を実写化したいかにも若年層の女性に人気がありそうな恋愛映画だった。
「あー、そういうのは気分じゃないかも。こっちのアクションがいいな」
「そっか、分かった。じゃあそっちにしよっか」
彼女はいつもぼくの意見を優先してくれる。
優しくて、気が利くいい子だ。
君とは大違いで。
君はいつも「これが観たい!」とぼくの意見なんか全然聞かないで、強引にぼくの手を引っ張っていった。
ぼくは観たいも映画なんて探すことも忘れてその手の温度にドキドキしてた。
ポップコーンはいつも君がたくさんキャラメルのついた分を先に食べてしまって、ぼくは味のないポップコーンをもしゃもしゃ食べた。
自分で選んだ映画のくせに、途中で寝てしまう君の寝顔にいつもドキドキした。
映画なんか終わらなければいいのに、と思ってた。
そんなことをぼくはアクション映画を見ながらぼんやり回想してた。
「映画、すごかったね。世界が終わる瞬間なんて私全く想像できないや…」
「そうだね」と生返事をするぼくを彼女は笑顔で見つめる。
「でも、そうだね。世界が終わる瞬間はやっぱりあなたと一緒にいたいな」
「そうだね」と言いかけて口をつぐんだ。
どうしてか頷けなかった。
ぼくの彼女は優しい。
遅刻しても怒らないし、デートコースも考えてくれるし、話題だって提供してくれる。
かわいくて自慢できる彼女だ。
でも、何故だろう。違うんだ。
「ぼくの好きな人は――」
ぼくの好きな人は 百々瀬たお @pnpnssg
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