打ち切り

 その後、冥王アメリカーンによってザマァの遺志を継ぐ勇者が選定され、仲間と共に魔王ウッシーアイランド討伐の旅に出た。


 しかし、彼らも魔王軍の手によって全滅させられた。


 そして、次から次へと新たな勇者が選ばれては、魔王軍の手によって倒されていった。


 ここに至って、冥界政府と冥王軍の間で、意見が衝突した。いつまで経っても勇者が魔王を倒せず、魔王軍は着々と冥界で勢力図を広げている戦況に、軍が怒り狂ったのだ。


 あくまで魔王を倒すのは選ばれし勇者であるという政府執政部と、最早軍勢を動かし、魔王軍と大々的に一戦交えるしかないという軍部の対立である。


 事ここに至り冥王アメリカーンは、執政部と軍部、両方の意見を却下し、ワルキュリア・カンパニーに魔王討伐の依頼を出すことに決めた。


 冥王は軍の暴発は抑え込んだが、執政部は尚もこれまで通り、現在の勇者に魔王討伐の旅を続けさせていた。その中での、ワルキュリア・カンパニーへの魔王討伐の依頼であった。







 ウィーナの執務室――。




 執務室にはウィーナと幹部従者のヴィクトがいた。


「ヴィクト、ハチドリに任せた魔王討伐の件だが」


「はい」


「アーノがやったように、今の内に戦闘員達に個人の名義で金を大量に借りてこさせることはできないだろうか?」


「実は今日、魔王軍との繋がりが疑われている金融ギルドに対して、一斉に財務院のガサが入りました」


「何ということだ……」


 ウィーナはがっくりと肩を落とした。







「何? お前達も行きたいの?」


 ウィーナの屋敷の正面玄関前。


 魔王ウッシーアイランドの討伐に出向こうとするハチドリの前に、アーノとルシャナが姿を現した。


 ハチドリは、アーノとルシャナが所属する隊の隊長であり、幹部従者だ。二人の直属の上司である。


 ハチドリは人の肩に停まれる程に小さい鳥類系の冥界人で、最も小さい部類に入る種族である。ハチドリは首を上げて二人を見上げていた。


「はい。是非私達も連れていって下さい」


 ルシャナが尻尾をくねらせ、頭の蛇達を蠢かせながら言った。


「いや、連れては行けない。だって、もしやられそうになったとき、お前らを置いて逃げれないもん」


 ハチドリが顔をしかめながら言った。クチバシが不機嫌そうに尖る。


「俺のスキルでお役に立ててみせます」


 アーノが力強く言った。魔王との戦い。想像すると胸に緊張が走る。それでも、ルシャナを半人半蛇の姿にして、なおも苦しめ続ける魔王を許すわけにはいかない。正確には、ルシャナを死に際にこんな姿に変えた七大将軍の一人なのだが、張本人が既に死んでいる以上はその親玉に復讐すべきだ。


 ようやく最近になり、彼女は二本足の感覚も忘れてきたといい、頭の蛇達を可愛がり、見た者を石に変える目の力を重宝がる素振りを見せ始めた。


 しかし、無理して諦めて前向きになろうとしており、その気丈さが却って痛々しく映るときもある。彼女が内心今の姿に苦しんでいるのは間違いなかった。


 自分が魔王軍から借金したことが巡り巡ってこのような事態を引き起こした要員の一つになっている以上、彼女の復讐に寄り添わねばならない。たとえ相手が魔王でも、恐れるわけにはいかない。


「スキルって何だ?」


 ハチドリから衝撃的な発言が飛び出した。唖然とするアーノとルシャナ。


「ハチドリ殿はスキルを知らないのですか?」


 ルシャナが目を丸くして言う。爬虫類のように縦長に鋭くなってしまった瞳が赤く光る。


「知らん。スキルなんて聞いたことないな」


 ハチドリが小さな首を傾げた。


「色々あるじゃないですか。パーティーにおいて、誰がどのスキルを持っているかが基本中の基本で。今、冒険者ギルドなんてどれだけ有用なスキルを持っているか否かで、実質的に各個人のランクが決まるようなもんですよ」


 アーノが力説するが、ハチドリはどうにもピンと来ないらしく、反応が薄い。


「……今時の若者の戦闘スタイルは分からんよ。世代が違うからな」


「いや、そういう問題じゃないと思いますが」


 アーノが反論すると、もう一人、ハチドリの横に立っている人物が口を開いた。


「ハチドリ殿はあくまで基礎能力を磨いて正攻法で戦うスタイルなのだ。攻撃力、防御力、スピード、魔力、そして技。まずそこが鍛えられていないと、どんな希少なスキルを持っていも生き残れんぞ」


 彼はハチドリ隊の管轄従者・ガルドである。ローブを纏った魔術士風の男で、灰色の体毛に覆われた、狼の顔を持つ獣人タイプの種族である。


 ガルドは今度はハチドリに向き直り続けた。


「と、言っても、この者達、特に優秀ですよ。アーノはおそらく数千、いや、数万人に一人いるかいないかの希少スキルの持ち主で」


「だから何だよスキルって」


「平たく言えば、特殊な能力です」


「ああー……、じゃあそう言えよ」


「申し訳ありません」


「で、そっちの、えーと?」


「ルシャナです。彼女は元冥界神教の聖女です。超超超超超超エリートですよ。有名人です」


「嘘つけ。ルシャナ様のお姿は教団の祭典に何度も参加して遠くからだが拝見している。ルシャナ様はヒューマン系統の種族だ。下半身は蛇じゃないし、髪の毛も蛇じゃないぞ」


「この者が、正真正銘、そのルシャナなんですよ。魔王七大将軍の一人を倒したときに、今の姿に変えられてしまったのです。それで教団を追放されてここに就職したのです」


 ガルドが説明する。


「マジか……。そ、そうとは知らず、大変な無礼を! 申し訳ありませんでした! ガルド! お前も今ルシャナ様を呼び捨てにしたろ、お前も謝れ!」


 ハチドリが態度を豹変させて頭を下げた。


「やめて下さい。ここではハチドリ殿は上官なので。どうか今まで通りでいて下さい。ガルドもここでは同じ管轄従者なので」


 ルシャナが慌てて取りなす。


「え、もう管轄従者になられたのですか?」


 ハチドリの問いに「はい」と頷くルシャナ。アーノは部下の階級や身の上はおろか、名前すらろくに把握しておらず、更にはスキルに関する知識も皆無であるハチドリの無知無能ぶりにぞっとした。


 まだ中核従者どまりのアーノはともかく、あっという間に管轄従者にスピード昇格したルシャナのことぐらいは分からないのだろうか。もうこの組織に入ってある程度の時間は経っている。


 とにかく、こんな不見識な男がたった一人で魔王ウッシーアイランドを倒しに行くというのか。あり得ない。死にに行くようなものだ。社長のウィーナは一体何を考えているのだろうか。


「なので、連れていったらどうです? ルシャナもアーノも、勇者ザマァの元仲間です。役に立つと思いますよ」


 ガルドが二人を後押しする。


「なおのこと連れてはいけない。万一ルシャナ様に何かあっては。と言うかルシャナ様を呼び捨てにするな!」


「身分がばれない方がやり易かったのに」


 ルシャナがアーノの耳元でささやいた。頭髪の蛇達はすっかりアーノに懐いており、先が分かれた舌先でチロチロとアーノの頬や額を舐めてきた。


「ではルシャナ様、このように致しましょう。私は飛んで魔王を倒しに行きます。私の後を追ってきて下さい。もし、まだ私が魔王を倒してなかったら、そのときは手伝ってもらいましょう」


「えっ?」


「それでは!」


 ルシャナが聞き返したが、ハチドリは眩い光に包まれ、暗い冥界の空に一条の光の軌跡を引きながら、あっという間に遥か天空へと飛翔し、見えなくなった。


「ああ……」


 アーノは呆気に取られてその様子を見守ることしかできない。


「さっさと追わないとハチドリ殿が魔王を倒しちまうぞー」


 ガルドが言う。


「行くわよ! アーノ!」


 ルシャナが尻尾を振りかざし、アーノをぐるぐる巻きにした。


「ちょ、ちょっと」


 そのままルシャナは凄まじいスピードで地面を這い、ウィーナの屋敷を後にした。


「ご武運を!」


 背後から聞こえてきたガルドの声援を聞きながら、アーノは身動きが取れぬまま、魔王との戦いに思いを馳せた。



(UCHIKIRI END)

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やるせなき脱力神番外編 追放ざまぁ習作~勇者パーティーを追放されたがその後速攻で勇者パーティーが壊滅し唯一の生き残りの聖女はメデューサの姿となり追放され復讐を誓うが壮大に何も始まらず打ち切りEND 伊達サクット @datesakutto

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