ざまぁ
勇者パーティーを追放されたアーノは、何とか次の就職先を見つけた。
悪霊や魔物を退治する傭兵組織、ワルキュリア・カンパニーである。相当人手が不足しているようで、実戦経験があると言ったらろくなテストもないまま採用されてしまった。
アーノがワルキュリア・カンパニーに入ってしばらく経ったある日、社長であるウィーナに呼び出された。アーノは何事かと心配しながらウィーナの執務室へ向かった。
「アーノ、忙しいところすまないな」
この組織のトップであるウィーナは、セミロングの黒髪の、女騎士風の出で立ちをした人物である。天界からやってきた勝利の女神とのことだった。
そう言われると、かつていた勇者パーティーのメンバーであり、聖女でもあるルシャナと近い、どこか神聖な雰囲気を纏っている。
「いえ」
「仕事は慣れたか?」
「まあ、そこそこは」
サポートが主任務で前衛役ではなかったものの、これでも元は勇者パーティーのメンバーである。悪霊や魔物を退治するという仕事内容は、あの頃とそう本質的に変わるものでもない。
「そうか。それで、お前を呼んだ訳なのだが、今朝の新聞は見たか?」
「いえ、見ていません。新聞取ってなくて」
「これを見ろ」
ウィーナは机の脇から、今朝の新聞を取り出してアーノに寄越した。
『勇者パーティー全滅 七大将軍襲撃か』
「こ、これは……!」
アーノは息を飲んだ。
魔王軍の最高幹部である七大将軍が大挙して勇者パーティーを襲撃。
七大将軍の内、一人は討伐したものの、ザマァ、アルエリア、ベリーローズは死亡。ルシャナは生死不明で現在行方不明。
これを受け、冥王アメリカーンはすぐに次の勇者適格者を選定し、勇者パーティーを再結成するよう政府執政部に命じたとのこと。
冥界政府・勇者管理課のメタスギール政務官は「終盤で戦うような魔王の幹部連中が束になって、まだ経験が少ない勇者を襲いにくるとは卑怯なり」とのコメントを寄せた。
「どう思う?」
言われて記事を追うのをやめて視線を正面に戻すと、ウィーナがアーノを真っ直ぐに見据えていた。
「……いや、どうと言われても……。ちょっと衝撃で……、あまりのことで。少し混乱してます。申し訳ありません」
内心、『ざまぁ』と思ったが、そんなことを言えば目の前にいる社長からの心証を悪くするに決まっている。アーノはとりあえずショックを受けているふりをしておいた。
「嘘だな。お前を手酷く追放した連中だぞ。そんなにショックか?」
こちらの思いを見透かされている。アーノに緊張が走った。彼はやや間を置いて喋り始める。
「はい。正直、彼らのことをちょっと恨んではいました。それは」
「そうか」
「でも、さすがに死んでいいとまでは思ってませんでした。そもそも、追放されたのは自分にも落ち度がありましたし」
「私は、お前が魔王軍から金を借りたのは、資金調達の手段としてはあながち悪くはなかったと思っている」
「えっ?」
「元々、魔王がこの冥界を経済的に侵略するために困窮者やカジノで負けた者に金を貸し付け、暴利を貪るために作った金融ギルドだ。それが魔王の資金源になっていた。そこから金を引っ張ってくるわけだからな。魔王を倒してしまえば踏み倒せるというのも、勇者パーティーの目的に適っていて合理的だ」
「はい」
しおらしく頷き、ウィーナの話を聞くアーノ。
「ただし、借りる当初は魔王軍が経営していた金貸し屋だと気付いておらず、最初から意図した作戦ではなかったこと、何より運命共同体とも言えるパーティーメンバーに一切相談していなかったことは裏切りと言われても仕方がない」
「ウィーナ様の仰る通りです。ザマァに金を用意しろってかなり強く言われていたのはあるんですが、追放は自分の自業自得だと思っています」
アーノは冒頭に自己弁護を置いた上で、そう言った。
追放されて、結果的によかったのかもしれない。もし勇者パーティーにいたらアーノも死んでいたかもしれない。彼は内心ホッとしていた。
「そうか……。実は、お前に会いたいという者がいてな。会わせるべきか迷っていたのだが」
「それは誰ですか」
「聖女ルシャナだ。この戦いから逃げてきたところを我々で保護した」
言いながら、ウィーナは卓上の新聞を指で突いた。
「そうだったんですか……」
しかし、今更ルシャナがアーノに何の用があるのだろうか。彼は不思議に思った。
◆
ウィーナの案内で、アーノはルシャナが待つ部屋を訪れた。
「ルシャナ!」
事前にウィーナから聞かされていたが、それでもアーノは思わず声を上げてしまった。
そこにいるルシャナは、かつての姿からは変わり果てたものだったのだ。
腰から下の下半身は、緑色の鱗に覆われた巨大な蛇。上半身の三倍も四倍もありそうな程に長い。
そして、顔立ちは以前のルシャナそのものだが、上の歯からは下唇に覆い被さるように二本の鋭い牙が伸びており、何より、頭部から美しい金髪の代わりに、無数の蛇が生えて、それぞれが意思を持っているかのようにゆっくりと蠢いていた。
「……久しぶり」
ルシャナがこちらを向くと、蛇の下半身が絨毯の上をゆっくりと這いずった。
「なんて姿に……」
それ以上、アーノは言葉が出なかった。
「一人は、倒せたのよ……」
「えっ?」
「倒した七大将軍の一人の返り血を浴びたの。そうしたら、そいつの死と共に、私はその七大将軍と同じ姿になってしまった」
「呪いか?」
「呪いじゃないみたい。冥界神教の本部に戻って、解呪を試みたけど、最高クラスの治癒師でもどうにもならなかった」
「呪いじゃない? じゃあ何なんだろう」
「結局、分からなかったの。魔力が全く検出されず、呪いとかじゃなくて、物理的に肉体が、根本から変質してしまったようなの」
「ぶ、物理的に……。と、すると、一生このままなのか?」
「それも分からない。全く何も断言できないって、治癒師達が……、みんなお手上げだったの……」
ルシャナは赤くなった瞳を涙で潤ませ、鋭く伸びた爪が生え揃った出て自らの顔を覆った。
「そんな」
「私、こんな姿になったから教団から追放されちゃった。命より大切な聖女の肩書きも剥奪されて、妹が後任になった」
「あ、ああ、あの妹さんか……」
アーノは神教の本部の大聖堂を訪れたとき、何度か見たことがあった。姉のルシャナとは仲の良さそうな妹で、若くして高位の神官を務めていた。
「そうよ。邪悪な者は置いておけないって。勇者ザマァを見殺しにして一人逃げてきた一族の恥さらしだって。一族から勘当して! 聖女であるこの私を追放したのよ!」
ルシャナの頭髪の蛇達が、激情に駆られる彼女に呼応するようにして荒ぶる。
「なんてこった。たったそれだけの理由で追放するなんて……」
「そうよね? おかしいわよね? お父様もお母様も、可愛い娘が生きて帰ってきたのに私を化け物呼ばわりして!」
「うっ……、そりゃキツいな」
目の前にいる蛇女はアーノを追放したメンバーの一人だが、彼女の今の境遇を思うと、さすがにもう恨む気にはなれなかった。
それに、元々下半身が蛇のラミア系統の種族の冥界人だって普通にいるのに、その種族の人々に対しても失礼かつ差別的な話だ。
もっとも、今までヒューマンタイプとして育ってきた娘が突如このような姿となって戻ってきたら無理もない反応かもしれないが。それにしても、非情だ。
「あなたのせいよ」
ルシャナが恨みがましい視線をぶつけてきた。
「俺の?」
「あなたのスキルがあれば、あいつらにもやられなかった」
「買いかぶり過ぎだ。確かに一定程度貢献してた自負はあるが、俺なんかいなくてもお前らは」
「いいえ、必須だったわ! 私達が勇者パーティーとしてやっていけたのは、あなたのスキルあってこそだった。魔王軍も、あなたの強力なスキルがあったから私達に迂闊に手を出せなかった。魔王はあなたのスキルの脅威がなくなったことを好機と見たからこそ、側近達を一斉に襲わせてきたのよ」
「今更そう言われても……。だったら何で俺を追放したんだよ」
「もちろん後で辛くなることは分かってたわ。でも魔王から金を借りてたなんて不祥事、見過ごせるわけないでしょ!」
「それは、すまなかったと思ってる」
「魔王サイドと繋がりがあったら、こっちの情報が敵に漏れるかもしれないし、金を借りているなんて、弱みを握られているようなものじゃない! そんな奴が勇者パーティーにいるなんて、世間の批判が集中するわ! あなたのスキルは貴重だけど、それでももうパーティーには置いとけなかったのよ!」
「ああ」
アーノは顔をしかめた。
それは改めてルシャナに言われるまでもなく、金を借りてしまったアーノ自身が一番身に染みて分かっていた。だから後であの金貸し屋が魔王軍がバックに付いている金融ギルドだったことが分かっても、メンバーに言えなかったのだ。
「私もアルもベリーも、あなたが抜けたらヤバいって分かっていたけど、ザマァはそのことを直視しなかった」
「勇者としての己の力に驕っていたからか」
アーノはザマァの日頃からの傍若無人な態度を思い出した。
「違うわよ。要はザマァは、あなたをパーティーから外して、自分以外全員女の子っていう環境を作りたかったのよ!」
「そうだったのか? だったらお前達でザマァを説得できれば」
「でも、あなたが魔王の手の者から借金した事実は消えないでしょ? それとザマァのハーレムを作りたいっていう思惑が一致しちゃったのよ。だから私達がいくら説得しようと聞かないし、ヘソを曲げて魔王討伐をやめられても困るから、ベリーなんかはもう最初から追放やむなしっていう意見だったし、私もアルもザマァに追従せざるを得なかった」
「そうか……。本当に申し訳なかった」
アーノは頭を下げた。
「あなたのせい。みんなあなたのせい! あなたがあんな所から金借りたせいで全ての歯車が狂ったのよ! 私はこんな姿に! これからの人生、ずっとこの姿で生きていかないといけないのよ!」
ルシャナが蛇の下半身を這わせ、ずいずいと距離を詰めてくる。アーノは一歩、二歩、後ずさりする。口から『まだそうと決まったわけじゃない』という台詞が出かけたが、とても本人を前にしてそんな無責任なことは言えなかった。
「逃げるな! 本当に悪いと思ってるなら逃げるな!」
「すまん」
アーノは後ずさりをやめて、変わり果てたルシャナの姿を正面から見据えた。
「申し訳ないとは思っているが、一番悪いのはザマァだ。お前の話が本当だとしたら、ずっと前から俺を追い出すきっかけを探していたってことだろうから」
「確かにそうだけど、その張本人はもう死んでるでしょ。自分のしたことを棚に上げないでよ。私あなたを許さない」
「それだって、アイツに『軍資金を集めて来い』って走らされてたから……。金策の一環としてやってたことだし。それに、俺も自分が悪いとは思ってる。棚に上げてなんかいない。お前だって聖女の家柄なんだから、実家からお金融通してもらえなかったの?」
「お父様もお母様も厳しかったから。それに聖女でも、自分の権限で自由にできる教団の予算は、それほどなかったのよ」
「そうか……」
「ザマァの奴、敵に命乞いしたのよ。土下座して『コイツらは好きにしていいから、俺だけは助けて下さい。あなた達の仲間になります』ってね。私達を売ったのよ」
「と、すると、もしかしてザマァは生きてる? 魔王軍に降って?」
「いや、それはないわ。当然、あの七大将軍達はそんな命乞いなんかに耳を貸さなかった。挙句ザマァは逃げ回って、いもしないあなたのことを呼びながら殺された」
「俺のことを?」
「ええ。『アーノ! どこにいる! トロい奴だ! さっさとスキル使えーっ! アーノォォォォッ!』ってね。最後はもう現実を正しく認識できなくなってたわ」
「おお……」
ザマァは七大将軍達との戦いで錯乱状態にまで陥ったようだ。勇者ともあろう者が。アーノは腕を組んで眉間に皺を寄せ、深く溜息をついた。
「まあ、アルやベリーも似たようなものだったけど。もちろん、私もね。醜くお互い罵り合って、盾にして。もう前から、完全にパーティーの人間関係は崩壊してたの」
「大変だったな」
あのパーティーは、一番立場が弱いアーノが『責められ役』になることで人間関係が安定していた。
その後のことは聞かなくても彼には大体想像できた。アーノがいなくなれば、ザマァの矛先は他のメンバーに向かうであろう。ルシャナもアルエリアもベリーローズも、自尊心がかなり高く気が強い。三人とも、とてもザマァの罵詈雑言を甘んじて受け入れるような性格ではない。そうなると、たちまち関係性が悪化してパーティーが崩壊していくはずだ。そして、事実、その通りのなったのだろう。
ザマァはアルエリア、ベリーローズ、ルシャナのような美女だけには優しかった。そして、他の者には勇者の立場と冥王アメリカーンの後ろ盾を笠に着て好き放題振る舞った。
アーノも他の三人が見ていないところでは、些細なことでザマァから殴る蹴るの暴力を日常的に受けていた。
美女だけは大切にすると思っていたが、七大将軍達を前にしてはその二面性も維持できなかったようだ。ルシャナから聞いたザマァの無様な最期は全く意外なものではなかった。
「ええ、大変よ。まだ尻尾で這う感覚も慣れないし、頭の蛇達の目から見える景色も共有できるから、周囲360度見えちゃって頭がクラクラするし、舌は長くなるし。アーノには責任取ってもらうからね」
「責任?」
「私も、ここの組織に入れてもらったの。あなたと組むことにするわ。嫌とは言わせない」
「もちろん」
アーノは一切の迷いなく即答した。
「あなたのスキル、この組織では重宝がられているようね?」
「いや、ウィーナ様は価値を認めて下さっているが、希少性が高い能力だから、余計な災いを招かないようにあまり公言しない方がいいって言われてる」
「そうね。狙われるから、あまり言わない方がいいわ」
「ところで、ルシャナはどうしてここに?」
「こんな姿になって私は全てを失ってしまった。だからあなたに責任を取ってもらおうと思ったの。一生かけて。それで、魔王軍に復讐するのよ。だからこの組織に入った」
「なるほど」
「あなたのスキル、私のためだけに使ってちょうだい。いいわね?」
ルシャナが更に距離を詰め、アーノの両手を取った。
「分かった。誓おう」
アーノは力強く首肯した。
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