僕の未来にさよならを

 再び死んだ僕は、天の空間でこれからどうするべきかと、唸っていた。


 僕がいつも起きる場所。

 あの場所を何回も経験して理解した事がある。

 そこは、閉鎖空間であるということ。

 窓はまず開かず、玄関には監視員がいる。


 そこで、僕は一つの結論を導きだした。

 恐らくあそこは人体実験場である。

 寝かされていた大勢の人々。

 幼い子供の叫び声。

 それが導き出すものは、それしか考えられなかった。

 僕のこの推論は恐らく正解だろう。


 だが、これらが理解できたところで、死を回避するのが困難だというのも理解していた。


 先程から僕の前に正座をしているアカリに、なんとなく話しかける。


「アカリ。もう万策尽きた、というか、もうどうしようもない気がしてきたんだけど」

「……んー。じゃあ窓を無理やり割って脱出とかどうでしょう?」

「いや、それが出来ないくらいに、窓が固かったのはアカリも見てただろう? もう、この繰り返し疲れたんだけど。終わることってできない?」

「終わることとは?」

「それは。そのままの意味だよ。繰り返しを終了して、もう天国で暮らしたりとか、新たな人生を──」

「ダメです」


 アカリは自分の言葉を遮り、はっきりとそう告げる。


「いやお前、門番だろ? それくらい──」

「ダメです」


 再び遮り、一拍置いて彼女は続ける。


「あなたはきっと、自分の未来を変えることが出来ます。だから、もう少し頑張ってみてください」


 今度は少し寂しそうにそう言った。

 ……こんな顔をされて断れるほど、僕は鬼畜じゃない。


「……分かった。天使の言うことだ。それくらい信じるよ」

「ありがとうございます!」


 目をパーッと輝かせ彼女はそういう。


「じゃあ、もう一回行くか」

「ですね!」


 彼女は僕へと近付く。

 何回見た光景だろう。

 それも忘れてしまった。

 僕はいつまでこんなことを続けなければならないのだろうか。

 それを終わらせるのには、自分が努力をし、それを乗り越えなければいけない。

 分かっていた。

 それなのに、僕にそれは不可能だった。


 光に包まれる。



 ────────



 ここはベッドの上。

 それは変わらない。

 だが、窓の外は暗い。

 今の時間帯はどうやら夜のようだ。

 今までの繰り返しで、ここに来た時の時間のズレというのは何回もあった。

 しかし、夜から始まるというのは今までに無かった。


 この部屋にいたら、死ぬのは分かりきっている。

 とりあえず部屋の外へ出よう。

 それから考えよう。


 ベッドから立ち上がり、アカリの手を握る。

 僕達は暗い廊下へと繰り出した。


 薄ら明るい灯りを頼りに前へと進む。

 物音を立てぬよう慎重に。


 数十メートル進んだ辺りだろうか。

 その時、ふと話し声が電気が付いている部屋から聞こえてきた。

 耳をすまさないと聞こえない。

 それくらいの音量の話し声だった。

 恐らくこの実験場の関係者だろう。


 ドアに耳を当てる。


 この実験場に秘密が聞けるかもしれない。

 そう思ったのが、半分。

 もう半分は好奇心だった。

 単に、何を話してるかが気になった。


「どうだ。井上さんの様子は?」

「今日はぐっすり眠っていましたよ」


 これは。

 実験対象の話をしているとすぐに分かった。

 眠っているタイミングを見計らい、人体実験をするわけだ。

 ……ここから抜け出したら、まず第一に警察だな。


「そうか。なら安心だ。最近はますます悪化しているからな」


「ですね。……それにしても。最近のあの人が見ている世界は、どうなってるのでしょうか。人形に話しかけたり、私のことを母さんだと言っていましたし」


 …………。


「それは分からない。まぁ、しかし酷い時はもっと酷かったじゃないか。今回はそれに比べれば、多少はましだろう。……麻痺注射の手間は変わらないがな」


「前回は、他の患者を殺人鬼だと妄想していましたっけ。あれは色んなところに迷惑がかかりましたからね。早くロボトミー手術をしないとですね……」


「手術はもう少し穏やかになってからだ。……だが、しかし、しょうがないと言えばしょうがないがな。確か、井上さんは最愛の彼女を亡くして、心を病んでしまい妄想するようになったのだから。彼も辛かったのだろう」


「えぇ。確かその彼女さんの名前は…………アカリさん? でしたっけ?」


 気付いた時には、自分の部屋に向かい走り出していた。

 アカリの柔らかい手を握りながら。


「おい! 誰かいるのか!?」


 背後から引き戸開けられる乱暴な音が聞こえる。


 なんで走っているのだろう。

 何から逃げているのだろう。

 きっと分かっている。

 だけど、理解したくない。


 部屋のドアを開ける。

 急いでベッドへと潜り込んだ。


 僕はアカリの体を抱き締める。

 僕の身体と彼女の小さい体が触れ合う。


「次は。きっと。なんとかしてみせるから」


 人形へ向けて、独り言を呟きながら、

 僕は。


 妄想の中へと入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕の未来にさよならを 沢谷 暖日 @atataka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ