第一試合:【憤怒】対【暴食】③
『当たらない当たらない当たらなぁああああい!! ガストールの一撃が嘘のように、繰り出される猛攻はツオンを捉えない!! まるで舞いを踊っているかのように軽やかに、暴食の魔の手を逃れ続ける!!!』
膨張された妹の声が響く。それに負けない程の同胞たちの興奮に止まない喚声。それを聞く主の横顔は、いつもと変わりはない。
改めて戦いに興じる二人を観察する。憤怒と暴食─消えん─一見すれば只人と何ら変わらない憤怒の罪人に対して、異質な容貌をした暴食の罪人とでは戦う前から勝負が見えるような気がした。事実、暴食の一撃が最初に憤怒の腹を抉ってみせたのだ。
しかし、そこからは憤怒が戦いの主導権を握った様に見える。暴食の動きが憤怒を捉えられなくなっている。憤怒の罪人が動いた。神の護衛として、正義を司る天使として日々鍛錬を積む私の眼から見ても見事な足捌きと剣筋だと素直に思える。
だが、奴は神に歯向かう大罪人の一人だ……。その存在を認める事はできない。
神は何故、あのような者達にこのような事をさせるのだろうか?
「不服そうだな、ディオネー。名の意味故に彼らの存在が許せぬか?」
「! いえ、そのような事は──」
振り返ることなく問われた声に言葉が出なかった。妹を見るが、彼女は常と変わらず眉一つ動かさない。
「正義を司るお前から見れば、彼らの存在は看過できないのも無理は無い」
その通りだ。私は彼らを認める事はできない。本来ならば罰せられるべき存在達だ。主の温情を施される資格などありはしない大罪人なのだ。
「お前にも、いずれ理解出来よう。今はただ、この戦いを見届けよ」
「……」
眼下を見る。憤怒の罪人が暴食の罪人を切り裂くさまが見えた。惜しいものだ。あれだけの技を持ちながら、何故あの男達は世界を滅ぼすほどの罪を犯したのだ?
私の抱く疑念は、響く歓声の中に消えていった。
返り血を拭いながら後ろへと飛び退いた男を睨みつける。
『き、決まったああああ!! 流れるような剣術がついに暴食の身体を捉えた!! 堪らず後ろに下がったが、身体に走る傷口は深いぞおおお!!!』
大気が震える程の歓声が響く。こいつらは血に飢えているのだろうか? 神の遣いというのは物騒なようだ。
とはいえ、これで終わりだとは到底思えない。確かに手ごたえはあったが、奴はまだ立っているのだ。
(さあ、どう来る)
「──、──!」
肩を上下させながら息をするガストール。その身体からは奴の血が滴り落ちていく。
「グッ、ギギギギギギギギギギギギッッッッ」
(何だ?)
奴が身体を丸めて身体を小刻みに振るわせる。いや、それだけではない。奴の身体から何かが激しく蠢くような音が漏れ出ている。
髪を逆立てる奴は、一体何をしているのだ? 或いは、何かを繰り出そうとしているのか?
(出方を窺うか……否ッ!)
此処は臆さず攻める! 奴の腕の軌道は既に見切った、恐れることは無い。
ガストールに向けて駆け出す。奴との間にはかなりの距離が開いている……単純に後ろに下がっただけだが、それだけにとんでもない跳躍力だ。
だが、速さならば俺も負けてはいない。直に間合いに入る。
(今度は仕留める!)
刃が閃く。ほぼ同時にガストールの身体が大きく仰け反った。その身体は──より正確にいえば胸が異様なほどに大きく膨らんでいる。
疑問よりも先に危険という自分の直感が身体を攻撃から防御へと切り替える。
「────!!!」
仰け反った身体から繰り出されたのは突風のような息吹だった。それは刹那のものだったが、それだけではない。視界の中に此方へ飛来する小さな飛礫を確かに捉えた。
絶佳流 波濤
刃で斬るのではなく、峰を用いて空気を捉えて振り上げる。気流の壁が飛礫を阻む。それでも道着、頬を掠める。頬から流れた血を拭う。
「…………」
やはり一筋縄ではいかないな。改めて構えを取る。驕りではないが、俺は先程の一撃には確かな手ごたえを感じていた。並の剣士ならばあれで終わっていただろう。世界を滅ぼした罪人でも、あの傷では動くのは厳しい筈だった。
だが、俺の目に映る奴の身体はどうだ? 傷口が塞がっているではないか。それだけではない致命傷には程遠かったが、腕の傷も何時の間にか消えている。奴は一体、何をしたというのだ?
(やったとすれば奴が身体を屈めた時か……?)
仰け反ったのは攻撃に移る為だったと推測できる、しかし奴め……一体何を飛ばしてきた? まさかとは思うが、いや奴を観察してそれでは辻褄が合わない。
(どちらにしても警戒をする必要はあるだろうが、今は攻め手を緩めるな)
此処で攻防が再び引っ繰り返されるのは癪だ。果敢に攻める事で奴の手を炙り出し潰していく。
「シャアアア!!」
「!」
(その前に仕掛ける!)
刹那、衝撃が身体を走る。血飛沫が舞う──体を高熱と共に痛みが駆け巡った。何が起きた? 斬られたのか? 俺が?
痛みを堪えて眼を巡らせれば振り上げられたガストールの腕が見えた。その腕は真っ赤な血で染まっている。血に染まった指先──否、爪先か
理解出来た。奴は猫のように爪を伸ばしてその間合いを埋めたのだ。爪というには生易しい……短刀に並ぶ程に伸びたアレを、爪と呼んで良いのかは疑問だが──。
(だが、何故避けることが出来なかった)
これ以上考える事を奴は許さない。もう片方の手が俺の腕を掴む。この男に捕まるのは拙いということは嫌でも分かる。
歯を食いしばり跳ぶ。この男の腕に間接技は効かない。ならばと奴の肩を蹴る。
「ギッ!?」
奴の拘束が外れる。肩の付け根に衝撃を受ける腕が痺れて力が入らなくなる。打撃技も狙いを澄ませれば効き目があるかもしれない。だが、そこまで悠長ではないようだ。
倒れた体を直ぐに起こす。つい先ほどまで自分が倒れていた場所に奴の真っ赤な掌が落ちる。
戦慄する暇はない。そもそもそんな感覚は俺にはもう必要ない。痛みに悶える資格さえも無い。勝利をもぎ取る!!
奴が次の手を繰り出すよりも先に俺は動く!
絶佳流・接続三連
『松』風
『竹』取
『梅』花
「!」
繋げた三つの斬撃は、確かに決まっていた。だが、致命傷には至らない。阻まれたのだ。だが俺の斬撃を阻んだそれを見て尚、馬鹿なという驚愕が心を過ぎる。
毛髪だ。奴の頭を覆うそれは、まるで意思を持っているかのように束なり硬化して刀をいなしたのだ。己が眼で見て尚も信じられぬ芸当だった。
(次を──!)
その驚愕が俺の一手を遅らせてしまう。
奴の髪の毛が動く。幾重にも分かれて毛先は此方を向いている。それはまるで棘のようだ。まさかと考えるよりも、避けきれないと悟った時には、身構え飛び退こうと動く。
「ッ───!?」
槍衾のように変質した奴の頭髪が迫る。身体を幾重にも貫かれる。手を、足を、貫き、掠め、痛みを刻み付けられる。
「ォオオオオッッ!!」
身体に入り込む異物を守斬で薙ぎ払い逃れる。不思議な事に奴から断ち切っても尚、頭髪は棘としての形状を保ち続ける。血は流れるが動くのに邪魔なので引き抜いた。
切り落とした筈の奴の髪が伸びている。否、あれは治っていると捉えるべきなのだろう。まるで
(それに──)
僅かな違和感のある指先──飛び退く時に十分な力を入れられなかった。完全に戦い方を変えて来ている。一呼吸を整えてから構え直す。
刀身に反射した奴の顔が見える。僅かに覗かせる釣り上がった口だけが変わらない。
煉獄決戦-プルガトリオー 羽田 恭也 @yakumo7716
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。煉獄決戦-プルガトリオーの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます