第一試合:【憤怒】対【暴食】②

避けるのに無駄な力を使わない。相手の軌道を読みただその流れからほんの少しだけ身体を外すだけで良い。それを繰り返していく内に、それが目に映るようになっていく。


ああ、目が慣れて来た。風を切り迫る凶器を漸く眼が捉えた。やはりと思うべきか、それでも驚くべきか──奴の腕が此処まで伸びて来る。ただでさえ長い奴の腕がさらに伸びてくるのだから、奴の間合いを見誤っていた落ち度がある。


 だが、まだ解せぬ部分がある。それも二つだ。

 不自然なのは奴の腕の軌道だ。伸びる腕というだけで驚きはあるが、奴の腕の動きは不規則だ。まるで蛇のように自由に弧を描いて執拗に襲い掛かる奴の片腕──。腕を突き出し、腕が伸びて俺を狙い、元に戻ってからほんの僅かな溜めを介して再び腕を突き出す。奴にとっては他愛の無い芸当なのかもしれないが、俺の眼からすればまるで不自然でしかない。


(平然と腕を伸ばすが、骨が無いとでもいうのか?)


 いや、そんなことはあり得ないだろう。俺にだってまだ骨は残っているのだ。そもそも、体を構築する上で大事なものが存在しないのでは、奴はどうやって立っている?

 それともう一つ、気になるのは奴の手だ。俺は最初、奴の攻撃は貫き手だと思っていた。屈強な奴の腕なら体を貫く事など容易い。だが、違う。奴の掌は開いているが掌をこちらに向けて放っている。今もそうだ……奴の攻撃は、攻撃であって攻撃ではないのだ。俺を突き殺すのではなく、捕まえるつもりなのだ。


(なんとも効率の悪い)


 他にもっと良い形があるだろうに、執拗に同じ攻撃を繰り返す。俺を殺すのではなく、捕まえるという形に固執しているのか? 或いはそうかもしれないな。攻撃は躱せているが、相変わらずこの男からは殺気を感じない。

 回避の合間、伸縮の間隙を縫って一呼吸。刹那の中、相手の攻め手に自身の攻め手を合わせる。それで攻防は入れ替わる


 神経を研ぎ澄ませれば、迫る奴の手がそれこそ手に取るように分かった。今度は、断ち切るッ!!

 眼前で屈み、曲げる為に加えた力を今度は伸ばす力に転嫁する。その力の流れに刃を加えた。


「!」


 宙舞う鮮血が目に映る。守斬を通じて肉を立つ感触を感じた。深く切り付けはずだ。あの剛腕をものともしない。確実に合わせた。奴の腕を断つための一撃だった。


(だというのに、なんだ……今の感触は?)


 一瞬、ガストールに目をやる。斬れた時に反射的に後ろに跳び退いたのだろう。目を瞠っているが、それでも口は吊り上がっている。伸びていた腕が元の長さに縮む。堰を切ったように流れる奴の血が、その深さを示している。

 だが、沸き立つような歓声など端からそうだったが耳には入ってこない。感触を最もよく感じていた手を見る。守斬が奴の腕に食い込んだその瞬間、まるでその刃を包み込む妙な手触りだった。骨に達するよりも肉によって柔らかい部分に受け流されたとでもいうべきか? 信じがたいが、奴は斬られた瞬間に腕の力を加減して力を流してみせたのだ。

 奴の身体が恐ろしく柔軟だというのは分かる。だが、さきほどの事をその一言で片づけていいのだろうか? 頑強と柔軟を兼ね備えた、凡そ生物としては最高峰の仕上がりをした男──。この交差の中で改めて分かったが、身体の作りは奴の方が上だ。


「──ハァァァァァ」

「流石、世界を滅ぼした男という事か……」


 一筋縄ではいかない。だが、それは俺も同じ穴の狢だ。恨みは無いが、真剣勝負なのだ。此方は小手調べなどしないぞ。

 地面を蹴った時、ガストールもまた大地を蹴る。いや、腕も使っているから蹴るというべきなのか?  いや、そんなことは些事だ。今度は相手に合わせる必要はない。俺の呼吸だけに合わせる……。


「シャアア!!」


 やはり間合いは向こうが上か。走りながら振り上げられた腕が勢いよく振り下ろされる。いや、振り下ろされるのに、手が見えない……いや、違う! 踏み込んだ足の力を前とほんのわずかに横に入れる。先程まで自分がいた場所の地面が爆ぜる。伸ばした腕を叩きつけて来たのだ。遠心を加えた分、威力は尋常ではない。あれが当たれば一溜まりもあるまい。だが大振りだ。風圧を無視して前に進む。──次が来る。だがそれよりも早く、俺の間合いに入る。


呼吸と身体の緩急を合わせる。ガストール……この男の武器はまさしくその身体そのものだろう。それはこの戦い観ている者達が理解しているだろう。だが、俺の武器がこの|守斬(カタナ)だと認識しているのならば、それは誤りだ。俺の武器、その一端を見せてやろう!


 絶佳流・接続三連

正面 白『雪』

側面 孤『月』

背面 徒『花』


「チィッ──」


浅いッ──! 思わず舌打ちが零れた。呼吸、仕掛ける瞬間、狙いは寸分の狂いはなかった。三つの技は確かにガストールの急所を捉えた。だが、それら全ては致命傷にまで至っていない。まさか、そんな避け方をするとはな──。背後も取っているのにだ。

 目の前に屈んだ。いや、折れた──違う。畳まれた肉の塊を見下ろす。人の身体は此処まで柔らかくなるのか? だが、それが許されるのはほんの刹那の間だけだ。足が持ち上がる。だが、これは蹴りじゃない、足が開いてまるで掌のようだ。速いが、もうお前の動きは見切っている。


「本当に、面妖な奴だ」


 多方を見る目、伸びる腕、畳む身体、そして掴める足──あの身体には後どれだけの絡繰りがあるのだろうか? 


刀を握る手を見る。この手には、身体には奴とは違い術が刻み込まれている。

絶佳流──俺が居た世界で唯一無二と謳われた剣術。森羅万象の表す様に、時に荒々しく、時に、移ろいの如く技と技を繋げ合わせる。個において最強、群において無双にまで登り詰めた最強の剣術。

 臆することは無い……避けられたが、動きをもう読めた。次こそ確実に斬る。


 仕掛けてくる。先程と同じ腕の動きだ。先程のをまぐれと思われたのなら心外だ! 今度はハッキリと此方に迫る腕の動きが見える。

 持ち手を変える。斬っては向こうが引くのは分かっている。ならば斬らずにいなすだけだ。奴の腕に峰を合わせ、持ち上げる!


絶佳流 翔『竜』 

 

ガストールの腕をなぞりながら、奴の腕の力を別の方向に持って行く。これでは直ぐには動けない。それともう一つ、斬るのではなく触れた事で、奴の腕を改めて理解した。それはまさに信じ難い事実だ。

この男の腕は──蛇だ。本来、人間の腕は雑に言えば二本の骨で成り立っている。だがこの男は違う。背中の骨の様に細かい骨が連なっている。だから伸びて来た腕は自由な軌道を生み出し、その上で自らの意思でその骨の繋がりを外して腕そのものを伸ばしているのだ。

末恐ろしい事だ。コイツは根本的に体の創りが違うと認識させられる。


(だが、俺も止まらんぞ!)


笑う顔が見える。足が跳ぼうとしている。後ろか? 腕を伝って力の流れが読める……横に跳ぶ! 捉えた。今度は──斬れる! 回る刃の流れを逆に持って行く。


絶佳流・返接続 二連 

「──風『巻』」


脇腹から肩に至り刃が駆けた。その軌跡を示すように赤の飛沫が溢れ出す。


「少しは笑うのを止めたらどうだ?」

「────ッッッ!!!」


剥き出す白い歯が間近に見える。刃の如く鋭く、鏃を思わす尖った歯も奴の武器の一つだ。痛みに食い縛る口からはこれまでの笑みは消えていた。




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