第一試合:【憤怒】対【暴食】①
いっぱい いる つよそうな おいしそうな やつら くいたい くって つよくなる
めのまえの おとこ つよい かたそうだが うまそう はやく くいたい
でも こっちも うまそうだ よわそうだけど やわらかそう
でも はねはじゃまだな どっちをさきに たべようかな
き め た
「あれが、最後の一人か……」
「そのようですね」
観戦席からこの戦いを見物しているもう一人の罪人ヒュペルオンの言葉に相槌を打ちながら、僕は【暴食】の罪人を観察する。
その容貌を見て一言で片付けるならば──僕の世界にはああいった人種は存在しなかった。体を鍛えるという事はそこまで求められていなかったからだ。ガストール──そう呼ばれた男は、その点で言えば僕の居た世界とは真逆に位置する存在だと言えるだろう。
極限にまで鍛え上げられた肉体と叡智を理の全てを操るまでの叡智──否、何かを極めるという点では同じなのかもしれない。
「貴方は如何見ますか?」
「んん~~…………。あれはあれで殺し難そうだ」
「なるほど……」
隣──というには些か距離を取っているヒュペルオン。彼もまた、細身の体をしている。その上でどのような戦い方をするのかも明かしていない。真っ先に殺せるか、殺せないかという考えに至る部分は私よりもストイックなのかもしれない。
「まず筋肉の量が尋常じゃない。それに手足の形状や姿勢もな……あれじゃあ人間というよりも動物だぜ?」
彼の言う通り、あのガストールという男は、人間と呼ぶには些か異質だ。この距離からでも分かるほどの巨体も良い。それに肌の色も分かる。
問題はその姿勢だろう。やたらと前かがみの姿勢に地面に着いた両腕を加えた四足歩行ともいえる歩き方をしての入場は、二足歩行の人間しか見た事が無い僕にとっては奇妙なものだ。
それをヒュペルオンに打ち明けると、「同感だ」と返される。どうやら彼の世界にあの奇妙な歩き方をする人間は存在しなかったようだ。
(さて、仮に僕が対峙する場合はどうしたものか……)
まず第一前提としては近づけさせない事は絶対だろう。自慢にならないが純粋な体力勝負なら、恐らく僕は八人の誰よりも劣っている。その上で戦うのなら常に彼からは距離を取っておかなければならない。もっとも、それはこれからあのガストールと戦う憤怒の罪人にも同じことが言えるだろう。
奇しくも、第一試合は肉弾戦同士の戦いになったという事は明白だ。となれば、残る五人はあの場に居た面子のみ──見るからに接近戦に長けた人物は居なくなってしまった事を、喜んでいいのか、憂いた方が良いのか。
そうこう考えて居るとファンファーレが鳴り響く。どうやら戦いの火蓋が切って落とされるようだ。戦う両者も自然と臨戦態勢をとっている。
(僕の世界にも剣を主体に戦う人間は居ましたが……さてさて、異界の剣技とはどれほどのものなのか)
一部も見逃すことが出来ないだろう戦いが天使の掛け声と共に始まった。
「なッ──」
「おいおいおいおい?!」
宣言と共に動いたのは暴食の罪人ガストール。凄まじい脚力で地面を蹴り腕を伸ばして進む先に居る標的を捕まえようと手を伸ばす。そしてそれをツオンが手に持つ刃で斬り付けた。
別に不思議な事ではないだろう。ただそれが、これからツオン自身を狙ったものではなく、その戦いを見届ける側である天使で無ければ。
天使によって戦いの始まりが告げられた瞬間、俺の身体は奴の身体よりも一瞬で遅れて動いた。
俺が戦う男──ガストールという男が狙ったのは、俺ではなくこの戦いを最も間近で見ることになる羽根付きの娘だった事だ。まさか、戦う相手を無視して見届け人を狙うなどとは思わないだろう。
もう一つ理由がある。驚くことにこのガストールという男から殺気が全く感じられないのだ。凄まじい威圧感を、闘争心を放ちながら、相手を殺すという気概を感じさせない。それが俺に動きを予測させるのを阻む。
だが、どちらにしろここまで腹の立つことはあるだろうか?
まさか、殺気を放っている俺を無視して、全く戦いと関係の無い羽根付きの小娘を狙って動くなどとは──嘗めてくれるな!
神の下働き如きを庇うつもりは無い。ただ、ついでにそうなっただけだ。奴と羽根付きの間に割って入る形で一太刀──腕に一筋の傷口を刻み込む。
本能で察したのか、地面を蹴った膂力をそのままに横へと跳ぶ。何と出鱈目な動きをする、おかげで首を狙い損ねたわ。
だが、斬れるな。
流石は我が愛刀。俺の彷徨の果てで尚もその刃欠ける事なかった屈指の業物──この異形の鬼の骨肉も難なく斬れる。
「真剣勝負の相手を他所に羽根付きの小娘を狙うとはな……俺を侮ってくれるなよ、筋肉達磨」
「……………………イィ」
「コイツ──」
顔を隠していた前髪が退けて全貌が露になる。何とも厳つい顔つきだ。その人相できょとんとした顔のまま、ガストールは斬られた箇所を、そして俺を交互に見てから、奴は俺に白い歯を剥き出して嗤う。何とも歪な笑いだ。楽しんでいるのではなく、可笑しいのでもない。まるで牙を剥く獣のそれだ。
「おい、邪魔だ。もっと安全な所で見ていろ」
「え、あ、はいッ!」
後ろに居る小娘をこれ以上守ってやる義理は無い。バサバサと羽ばたきと共に後ろの気配が上へと昇っていくのが分かった。後は自分で身を守れ。これで存分に戦える。
「ンン──ン?」
「…………面妖な」
それとも器用とでもいうべきなのだろうか? 奴は片眼で俺を見て、もう片方の眼で上へと逃れただろう羽根付きを見ている。やがて、見るのを此方に定め、低かった姿勢をさらに低くする。
(先程と同じか、速かったが……単調だな)
先程は出遅れたが、奴自身を捉えることは出来ていた。落ち着いて相対すれば、デカい矢が飛んでくると思えばよい。
「シィィ」
(何時、何を仕掛けて来る)
仕掛ける体勢をしながら、それでもじりじりと此方を伺い寄って来る。やはり器用な奴だ。戦い方は粗雑だが、それを補うにはあまりある身体能力の高さだ。それに柔らかい。そしてやはり読めない攻撃とは厄介だな。
かつて俺を仏敵と罵って果し合いを仕掛けて来た高僧を思い出す。神に仕える立場の癖に槍術に長けた強敵だった……そして、涅槃の領域などと言う殺気を極限まで薄めた状態で攻撃を繰り出してきた。あれは手古摺る相手だった。
(だが、コイツは違う……)
相手を殺すという意気が全く無い。だというのにこの圧し潰すようなこの威圧感はなんだ? コイツは何を放っているというのだ?
シュ──
「ッ──!」
ほんのわずかに、動きに変化、そして同時に聞こえた音。来る──という予感だけは感じた。それが咄嗟に体を横に逸らす反射となる。
自分の脇腹を何かが抉ったのはほぼ同時だった。
「なんッ──だ!?」
熱が駆け巡る。抉られた、というにはまだ浅いか? だが、裂けた服から覗く左脇腹とそこから流れた血が地面に血溜まりを生み出す。血の流れを止めようと咄嗟に傷口を抑える。掌全体に感じる生温かい液体の感触が嫌に強く感じ取れた。
(今、何をした?)
それはほんの僅かな動きだった。奴の足が止まった。その次の瞬間に、何かが飛んできたのだ。それが何かは見切れなかった。だが、とっさに体を捩った事で最悪は避けられた。もし遅れていれば──飛んできた何かは腹に食らっていただろう。
いや、違うな。今、何が飛んできたか分かった。地面に着いた奴の左手を中心に赤い染みが浮かんでいる。指先の爪は鋭利な刃物の鋭い。十分な凶器だ。
あの手に付着した血は誰のものか? そんなことは考えるまでもない。あれは、俺の血だ。だが、分かったところでそれは新たな謎を生む。 俺と奴との二間の距離がある。俺の刀にも、奴の手の間合いにも達していない。
(何故、奴の腕が俺に届いた?)
俺の疑念を他所に奴は手に着いた俺の血の臭いを嗅ぎ、舌で舐め取る。
そしてまた奴は笑う。歯を剥き出して、まるで無邪気な子供のように──。ざわりと背筋を寒気が走る。
────シュ───
「!」
再び体を捩る。だが聞こえた、今度はハッキリと聞こえた! 服の胸元が裂けるが、肉も皮も持っては行かれてない。
──シュ──シュシュ──
また音が聞こえる。空を切り裂き迫る音の連打だ。音を頼りに避け続ける。腕が飛んできていることは分かる。だが、何故届くのかは分からない。だが、避け続けなければッ──!
「……ぁあ~~~~、な・る・ほ・ど」
「分かったのですか?」
ヒュペルオンが理解した口ぶりに思わずそちらに顔を向ける。僕に顔を魅せることなく大神ツオンとガストールの攻防を見つめる彼は、まあなと短く返す。
「見てりゃあ自然と分かってくるかもしれないが、ネタバレして良いのか?」
「構いませんよ」
「そうかい。単純な話だ、|ガストール(アイツ)、腕を伸ばしてるんだよ」
「…………まさか」
そんな単純な手段で、いや、単純なのだろうか? 本来の倍近く腕が伸びていることが?
「似たような芸当をする奴が俺の世界には居たんだよ。だから見てて分かった」
「君に世界にそんなキチガイ染みた事をする人がいるのかは置いておいて、そんなことが可能なのですか?」
「不可能ではないな。まあ、俺も生身であそこまで出来るとは驚きだが……」
(……生身で?)
世界が違うというのは、時々言葉の意味すら違って聞こえてくるようだ。
「アイツの体勢をよく見ろよ。特に両足の間隔」
「足?」
言われた部分を注目してみる。あれは──随分と広く開いている。それに前屈みな上半身も加わり、ハッキリ言えばかなり無茶苦茶な体勢をしている。
それでも尚、微動だにしていないガストール──あの男は。
「体が柔軟ということですね」
「……まあそうだ」
僕と同じ答えに辿り着いたシスに対して冷ややかに返す。本当に彼は神に連なるものが嫌いなようですね。此処まで嫌悪感を隠さないというのも、興味深い。
「恐らくアイツの場合は、骨まで外して伸ばしてんだろうな。あの調子なら足とかも伸ばせるだろうな。だが、それだけだってなら芸が無いなぁ」
「…………」
骨を外す? 随分と冷めた反応だが? いいや、彼が言いたいのはそういうことではないのか。曲がりなりにもあのガストールという男は世界一つを滅ぼした人間の一人なのだ。それが、ただ手足を伸ばすだけだというのなら確かに興ざめだろう。
となれ、まだ奴は隠しているのだろう。深く考えているかはさておき。
「それに、相手の方はもう見切ってやがるぜ」
見ていればわかる。確かにあの剣士は初撃受けてしまった。だがその一撃を除いて繰り出される攻撃を全て躱している。それに遠目でも表情も完全に落ち着いているのが分かった。そろそろ、彼も反撃に──。
(おや、考えた傍からやってくれましたね)
ガストールの腕から噴き出た鮮血が宙を舞う。今度はかなり深く斬ったようだな。かなりの量の血が宙を舞った。両断できなかったのは、やはり太さのせいだろうか?
まだまだお互いに本気では無いようだが、さて──どちらが先に本領を見せる事になるのかな?
(それにしても、あの
この戦いで死んだ者はどうなるのだろうか? もしも死体を回収できるのならば、後でこの天使に聞いてみよう。今は、この戦いを観察しなければ。
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