開戦:第一試合
天使に連れてこられた場所には大きな門がある。この先が戦いの舞台らしい。高鳴りは無い。これから始まるのは、恐らく俺のにとって最後の殺し合いだ。
扉の向こうには数多の気配がする。その中に一つ──一際大きな気配がある。その気配の主を知っている。あの女だ。
落ち着け、心を止水と同化させろ。強く握る拳から血が滴っても、今はこの激情を抑え付けるのだ。目を閉じ、一、二と数える呼吸を整える……十を数え終えたところで漸く落ち着いた。燃えカスのような身の内にはまだ残っているものだな。
扉の向こうから怒号のような歓声が聞こえる。始まりの時は近い──。
「へぇ~~~~、大した造りだな。流石は全知全能様が実在している場所なだけはある。」
ツオンが連れて行かれた後、俺は他の二人の天使によって戦いが一望できる場所に案内された。天使曰く、とある世界にある観衆の下で戦いを繰り広げる場を模して造られた舞台らしい。
俺の居る場所はそこからさらに上の隔たれた一室みたいな場所──この場所は罪人専用らしい。というのも、これには理由がある。
「右観ても左観ても、奥を見ても見下ろしても羽根付きばっかり……おえッ」
何か胃の中に入ってたらそれこそ本当に反吐になって出て来るだろう光景だ。俺達の戦いはこの観客席を埋め尽くす神という存在と、その部下の天使によって囲まれながら繰り広げられるらしい。
(あの男の世界には、神はゴキブリみたいに居るって言っていたが、あながち間違いじゃなかいみたいだだな)
こいつ等からすれば罪人同士が殺し合う娯楽なんだろうな。そんな真っただ中で、これから戦うというツオンがどんな戦いを見せるのか……
どさくさに紛れて何人か殺してやろうかなぁ。戦い中の不幸な事故として処理してくれればいいけどさ。
しかし、見れば見るからに気持ち悪い景色、ゴキブリの詰まった箱を眺めている気分だ。
(あぁ~~~~~~~~~~~~~、殺してぇ)
「おや、貴方は確か……神の御前でテーブルを蹴り上げた人でしたね」
「あ?」
(何時の間に居たんだ?)
後ろに居たのは動きにくそうな恰好をした杖の男──グリムっていう男だ。そいつが天使を一人連れている。ツオンを連れて行った奴でも、俺を此処に連れて来た奴でもない。眼鏡を掛けた天使だ。
どうやら本物の天使って言うのは基本的に女らしい……。
「で、お前は誰?」
「此処に居るという事は姉か妹には会ってますね? 私は四女のシスと言います」
「へぇ、で具体的に何を司ってるの?」
「お? 私に興味がおありですか?!」
「そりゃ勿論──ぜぇんぜん、興味も感心もわかねぇ」
「あれぇ?」
予想外の言葉にガクリと崩れかける女──。
「残念ながら俺は神に連なる奴らが大ッッッ嫌いなんだよ」
「グリムさんからのお話ではそのようですねぇ。此処まで露骨に悪意を向けて来た方は初めてですよ」
「彼女曰く、知恵を司る天使だそうです。僕としては非常に話しの合う方なのですが……残念です」
知恵ねえ……そうは見えないけどな。それに気に食わねぇのはそこの天使だけじゃねえ
「アンタは何で此処に来たんだ? 部屋からでも見れるのにさ。俺が誘った時は無視したくせによぉ?」
このグリムという男は俺が話し合いに誘った時に反応しなかった奴の一人だ。そして、戦い自体は個室からでも見る事は可能らしい。
俺みたいにほんの僅かな接点もないコイツが、何でツオン達の戦いを直に見に来るのか理解できない。
「さて、単なる興味ですよ」
「本気で言ってるのか? 若作りのお爺ちゃん」
「あははっ」
嫌味を微笑みで受け流された。コイツも油断できない。
確かにコイツは老衰して死んだっていうのに罪人としてここに居るんだよな。コイツみたいな奴があと何人いるのか、人生経験も左右するかもしれない。人の好さそうな顔つきしているとはいえ、油断はできない。
「ただ、百聞は一見に如かずという言葉があります。それも遠目で見るよりも直接見た方が早い」
「それは次の為か?」
「それもあります……貴方も分かっているでしょう? この戦いを勝ち抜く上での前提条件を」
「……チッ」
俺たち全員に言える事だが、圧倒的な実力差があるとは思えない。そしてお互いにどんな戦い方をするのか、何が出来るのか、何を仕掛けてくるのか分からないという未知──。自分の中の手札をどれだけケチって勝てるかというのも今後に繋がっていく。
ようは、コイツは俺と同じことを考えてたわけだ。ただ、俺よりは消極的だったという違いがある。
「で、そいつは何時までそこに居るわけだ? 俺は漏れなく天使も嫌いだからよぉ、うっかり殺しちまうかもしれないぜ?」
「ひぇ」
ささっと優男の後ろに隠れる自称、知恵の天使──こいつらの間に何があったのかは分からないが、随分と仲良いみたいだ。七姉妹とかいっていたが、後三人も居るのかよ。
あの正義を司るとか抜かしてた天使はあからさまに俺達に嫌悪を向けていたな。奇遇だねぇ、俺も正義とかぬかしてる時点で痰吐きかけてやりたいくらい嫌いだわ。
「グリムさんから此処で戦いの解説をしてほしいと言われています」
「いいのかよ、そんな事してさ」
「神からの許しも得てますし、それに私の別の仕事の為にも此処に居た方が都合よいですから。解説はそのついでです」
「ふぅ~~~~~~~~ん…………ま、良いけどさ」
ただ天使の時点であんまり近くで空気吸いたくねえし、聞き耳立てられる範囲まで離れさせてもらいますよ。その方がお互いの為だしな。
「中央に天使が出てきやがった」
「彼女は……姉妹の一人ですか?」
「妹ですよ。実況を担当する五女【希望】のエルです」
(希望、ねぇ……)
正義、信仰、愛、知恵、希望……流石は神様。周りに囲う天使には耳障りの良い言葉を侍らせる。本当に気に食わねぇな。
俺の選んだ道を傲慢だというのなら、テメェは存在そのものが傲慢だろうがよ……。裁きたいのはこっちの方だぜ。
「天の楽園でもなく、奈落の監獄でもない。この煉獄の山に集いし唯一無二たる神に仕えし者達よ。長らく、お待たせしました……」
中央の天使様がマイクを片手に仰々しく礼をする。そのマイクは彼女の大きく息を吸う音をしっかりと拾っていた。
「これよりッ!! 煉獄決戦をッ!!! 開催しまああああああああああああああああああああすッッッ!!!!」
『■■■■■■■■──!!!!!!!!!!』
やたらハイテンションな宣言と共に天使共が騒々しく吠えたてる。うるせぇぇ……。
「遍く異界の数ある中から、己が生きた世界を滅亡に陥れた、八人の
再び鳴り響く怒号のような歓声、耳栓でも持ってくれば良かったかな
「さあ、始めましょう。栄えある、第一回戦──戦いの火蓋を開ける、その第一試合をッッ!! 右門よりはこの咎人だあああああああッッ!!!」
俺らから見て左右にある扉──その内の片方がゆっくりと開かれる。俺らの位置からすれば左側なのだが、直ぐに納得した。俺達の真向かいの奥に居たわ。あの女が──隣にあの正義の天使と信仰の天使が控えてやがる。
(……此処からだと流石に遠いな。だが【あの場所】からなら、行けるかな?)
考えていると、門から罪人が出て来た。俺は知っているけれど……ツオンかな?
その男を見た瞬間、改めて背筋を冷たいものが駆け巡った。おいおい、あれでもまだ抑えてたのかよ……。
「
漆の如き黒い髪を一本に結い、茜色の衣に一振りの刃──ああ、さっきも見たけど、やっぱり見てわかるレベルで強いんだよなぁ。
「一切鏖殺!! 護国の刃である彼が、その世界において最強無比と謳われた武士が……数多の血を浴びる凶行に走ったのは何故か!!それは、彼に刻まれた罪故に! 強敵打倒の狂喜にあらず、諸行無常への悲嘆にあらず、生殺与奪への悦楽にあらず!! その身を燃やし理性をも焼きつくす程の──天をも衝く、怒りッッ!!」
男の足が止まる。腰に差した刃に手を添え、そしてもう片方の手がゆっくりと刃を引き抜く──悲鳴のような金切り声が聞こえた様な気がする。
全容を表した真新しい刃が閃く──さぞやよく斬れるだろうな。
「怒りのままに世界を駆け抜け、全ての人間を殺し尽くした。 誉れを失いし兵、人斬り包丁、悪鬼羅刹!! この世全ての人を殺し尽くすその日まで──己は死なぬと吼えた、その在り様は、まさしく生きた魔剣ッッ! 人に裁けぬならば、神の御前にて、その罪を問わんッ! その罪の名は、その彼の名は──ッ!!!」
【憤怒】
大神 ツオン
五月蠅いな。羽の付いた者共に囲われた戦場を見て、この喧噪は酷く耳障りだ。
(遮蔽無し、凹凸無し──正真正銘の、真っ向勝負か)
戦場を見る。囲われた壁を除けば、草一つないこの場での戦い。誠に最期の戦いとなるか?
いいや、まだ終わらんな。まだ獲っていない首があるのだから──。羽根付き者共の垣根の上に、そいつは座って見下ろしている。燃え尽き、灰となったこの内側が再び激しく燃え上がるのを感じる。
有象無象の中にあって尚も、特段とわかるこの気配は────?
(──いや、違う。違うぞ!)
あれとは別の気配がある。見上げていた顔を正面に戻す。成る程、やはり一筋縄ではいかないみたいだ。
ゆっくりと腰に差した刀を──【
「対するは、左門より!! この咎人だあああああああ!!!」
向かいの門が開く。扉越しにも感じた気配の強さが、より強く感じられた。それは俺が今まで戦って来た者達なぞ、虫けらと思わせる程の、強く、そして荒々しい【暴】の気だ。
「その者が居た世界は……まさに、弱肉強食!! 強き者が喰らい、弱き者が糧となる絶対実力主義の無法地帯!!!!」
扉の奥──暗闇からその男がゆっくりと姿を見せる。
その男は、御伽話に出る鬼を彷彿とさせる姿をしていた。巨大な身体、黒く変色した肌は腰に巻いた毛皮以外は何も身に付けていない。その身体は、無数の疵痕に覆われながらも、頑強という言葉さえも及ばないのではないかと思わせる筋肉で構築されている。
(鬼と呼ばれていた事もあったが……まさか、此処で初めて鬼に遭うとはな)
「決まりなどない! 狩るか狩られるかのその世界で、この男は何をした!? 」
顔の全貌を見るのは難しい。無造作に伸びた鉛色の長髪によって隠れてはいるが、獰猛な獣のように光る眼と、鏃の如く鋭い無数の歯が並ぶ口から、白い吐息が吐き出されるのが分かる。
「この男は、喰った!! 地を駆ける獣を、大地を轟かせた竜を、大空を羽搏く鳥を、蒼海を泳ぐ魚を、全てを等しくその腹の中に収めたッッッ!!! 闘争の果てに喰らい、無法の大自然を蹂躙し尽くした、生きる厄災!! 飽くなき餓えが世界を滅ぼし──否、喰らい尽くした、生態系の超越者!!!」
いや、そもそもこの男はあの神の前には姿が無かった……なるほど、コイツが八人目か。
「確かに、あの場所には居られられないな……」
「殺すのではなく、喰らう!! ならばこの男の罪は、まさにそのそこ無き欲望──!! 最凶の剣士に対するは、最恐の
【暴食】
ガストール
周囲の歓声とは対を成すように、その男もまた静かに俺を見ている。だが、隙を見せてはならない。コイツは、既に俺に対して仕掛ける気でいるのが分かる。この男は……まさしく獣だ。
この男との戦いは、既に始まっているのだ。
「煉獄決戦の初戦を飾るのは、最強同士の殺し合い!! どっちが勝っても不思議じゃない、それでは第一試合──開始いいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!!!!」
煉獄決戦一回戦
第一試合
【憤怒】大神ツオン 対 ガストール【暴食】
開 戦
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