幕間②

俺の目の前で物思いに耽っているこの男──最初にこの男を見た時に気付いたのは、俺と同じ匂いがするという事だ。

 こいつの仕事。或いは、こいつが生きていた世界でやっていたのは主に同類の命を理由や建て前云々は省いて【殺す】仕事なのだという事だという事だ。そういう事に慣れた人間特有の臭いというのは分かる者には分かってしまう。


 大神ツオン──俺の世界で言い換えれば【ツオン・大神】になると思う。その男が仕事に使っただろう得物は見ている限り一つ。腰に差した長い刃物──俺に世界に居た金持ちの何人かが飾っていた骨董品に似ている。確か…………何て言ったか? 興味なくて忘れちまった。

 

その刃物一振りで、何人の命を奪ったのだろうか? あの女の言葉が正しいのなら果たして、世界が滅びる数を斬り殺したのだろうか。笑えねえな。


 まぁ……少なくとも人殺しを楽しんだという感傷は無いみたいだからその点はまだ安心だろう。濁り切って輝きとは無縁の眼をしているのだから、コイツが罪に走ったのにはそれ相応の理由というのがありそうだ。

 多少の興味はある。だが触れないのが身のためかもしれない。誰だって過去を根ほり葉ほりされるのは嫌だからな。


 隙があれば闇討ちも考えていたが止めておいたほうが良いだろう。向こうも警戒していいるし、こっちの事を推し量ろうとしている魂胆が見える。殺気ぶつけてこようとしたのが分かったのはマジで勘だ。そういう場所で研ぎ澄まされた俺の大事な武器の一つ──此処でも通用しそうなのはありがたいと思える。それがこの先も通用してくれるかは別の話だが……。

 

(でもなぁ……やり辛いのは変わらねえか)


 それに、本人相手に言ったが分かり易いんだよなぁこの男──他の面子が神に対して【控えめ】に殺意をぶつけていたのに対して、このツオンという男は真っ向から神への怒りと憎しみを刃に乗せて放ちやがった。俺も人の事をあーだこーだとは言えないが、あれは驚いたな。

 

 だが、驚いたのはこの点じゃない。問題はあの場に居た俺達の位置だ。

 この男は俺達の中で最も神から遠い位置に居た。それ抜きにしても階段上に居た奴に跳躍したのだ。この男の身体能力は並じゃない。腰の刃物だけがこの男の射程ではないのだ。コイツとやり合うにしても、まだまだ情報が足りない。


(殺るのなら、もっと距離が欲しいなぁ)


 ただ気が合いそうだと思う部分もある。俺と同じで神という存在が殺したいほど嫌いという部分だ。冷めた態度をとっているのは、人間に対しても興味が無くなっているからだろう。これだけ目が濁った奴は元居た世界にも居なかった。その部分でもあの場に居た全員をどう殺すかなど簡単にははじき出せない。


 そうだ、殺し合いなんだよヒュペルオン──これまでみたいに一方的に殺してきたのとはわけが違うんだ。相手もこっちを殺しに来る。それも、自分が生まれた世界一つを滅亡させた奴がだ。

 不服はあるし、不満もある。報酬が後払いというのも気に入らない……だが、それでも釣りが出るくらいのものがそこにはあるのだ。

 殺したくて殺したくて仕方のなかった存在がようやく目の前に現れたのだ。つまみ食いしてやりたいという感情をどうにか押し殺したんだ。必ずあの女の前に立って嬲り殺してやる。


 暫く歩いていると広い場所に出た。最初に居た広場とは違うが、日当たりの良い場所にテーブルと椅子がある。都市部にときどきあるカフェみたいだな。

 座るかと提案するとツオンの方は少し考えた後に頷いてくれた。多分、座った状態からでも対応できるかと考えて出来るって思ったんだろうな。なんかちょっとㇺッて来たなぁ……。


「──それで、わざわざ世間話をするために呼び出したのか?」

「まあそれもあるが……まあ、色々気になってさ。アンタはあの女の考え……どう思う」

「…………言葉として捉えるには広すぎるな」

「一番最初に思ったことで良いさ」

「ならば気に入らない、だな」


 笑った。もしもこの男が俺の世界に居たなら絶対に気が合ったわ。


「そして訝しいな」

「ああ、あんたもそう思ったか」


 つまり怪しいって事。罪人同士で殺し合って願いをかなえてやる……やり口が回りくどいんだよなぁ。


「俺達を裁く事は神としての立場なら納得が行く。だが、それを殺し合いで決めることに関しては理解できん。趣味趣向ととらえるのならば誰かが言っていた通り悪趣味極まる」


 確かに誰かが言っていた。神の事を糾弾するというのは大した度胸だよ。俺ほどではないがな。

 他の面々も中々に個性的な奴らだった。異なる世界の住人と言われた時は、驚きよりも納得と興味の方が強かった。ただなぁ……あの場に居た面子の中でやっぱり一番衝撃だった奴がいる。そう、全裸だ。あれ何者よ? あの中では一番、容姿とかも優れていたのに、何だアイツって思わず二度見しちまった。隠すところも隠してない、正真正銘の【全裸】だった。それに勃ってもないくせにデカかったなぁ、アイツ。男としては負けた気分にもなった。

 

「それならこの殺し合いの本質はなんだと思う?」

「……それは分からん。世界を滅ぼした者を八人集めて殺し合わせる。だが願いを叶えるというのならば、何も俺達のような存在で無くても良い筈だ」

「俺達が選ばれたのは必然ってことか?」


 おそらく、そう言っては頷く。気まぐれというわけではない。それこそ神のみぞ知るって事かよ、益々気に入らねえな


「それに、殺し合いをしろというのならまとめて戦わせた方が手っ取り早い筈だ」

「確かにな。それにただのトーナメントじゃないのも気がかりだ」


 第一回戦、俺達は誰と当たるか分からない。だがそれだけではないのだ。この勝ち抜き戦には凡そ【表】と呼ばれる凡その予測が出来るものが存在しない。ならば、どう決めるか? 簡単な話、勝った奴ら同士で改めて表が振り分けられるのだ。つまり、勝った奴らは次に誰と戦うかが分からないのだ。神からすれば俺達はどうしようもないクズと見たっていいだろうに、そんな連中の戦いの舞台が、随分と綿密に作ったものだ。

 どうにも解せない……何故そこまでする? 目の前の男はそれが気がかりなのだ。言われてみれば確かにそうだ。

 この戦いは──全員に公平すぎる。


 「俺が誰と戦う事になるかは分からない……だが、実力は拮抗していると考えるほうが良いだろう」

「……なら、問題は勝った後か」


 戦いは他の罪人達も観る事が出来る。

 いかに他の連中よりも手の内を明かさずに戦うかも大事になって来るが……出し惜しみで勝てる相手かと言われればNOだろうな。なんといっても、世界一つを滅ぼした奴が相手なのだからな。

 

「或いは……戦いを潜り抜けて行った中に神の考えというのが見えてくるのかもしれないな」

「……どーでも良いな」


 神が嫌いなのには変わりない。俺が勝ち残って叶えたい願いはたった一つなのだ。それはきっと、この男も一緒のはずだ。


 俺達が通ってきた道から誰か近づいて来るな。他の罪人か? いや、違うな。足音にばらつきがあるから複数人だな……違いからして、三人だ。あの場に居た面子の中に俺みたいに面の皮の厚い奴がいるとは考えられない。


「…………」


 ツオンもその存在に気付いているようだ、微かだが身体の位置がずれている。何時でも動ける姿勢を取っているようだ。いいねぇ、やっぱりコイツとは気が合いそうだ。

 姿が見えた。思わず首を傾げた。思った通り初めて見る顔ぶれだった……だが、それだけじゃない。神とは別の女だ。だが、ただの女じゃない。

 長い髪の女、目つきの鋭い女、それにツインテールの小さい女……似たような恰好をしていて全員が背中から白い翼を生やしている。そんな人間など見た事が無い。多分、ツオンも同じ感想を抱いているのだろうな、眉を顰めている。


(いや待てよ。俺はこういう奴を何ていうか知っているな。確か……)

「思い出した。天使って奴か」

「天使?」

「要するに神様の遣いっぱしりさ。裸のチビガキだってのが相場だがな」


 そして神同様に役立たずの存在だ。


「その通りです。私は七徳の姉妹の次女──【正義】を司るディオネ―。隣に控えるは六女のピスティと末のアガペーです」

「そりゃご丁寧にどーも」


 目つきの鋭い天使──ディオネ―という女が代表して名乗る。背格好からして神の長い方が六女で、小さいのが末っ子ってところか?


(それにしても正義、か……気に食わねえな)


「……で? 天子様が罪人の俺達に何の用だ?」

「大神ツオン、貴方を迎えに参りました」


 あの天使、俺の事を露骨に無視しやがった。


「戦いの準備が整いました。貴方を会場へご案内するように神から命を受けました」


 へぇ、まさか第一試合はこの男が出ることになるとはな。そして俺が呼ばれないってことはお呼びではないという事か……。

 残念だ、もう少し話し合いが出来ればよかったのに、それも御終いか。


「…………相分かった。ではな、ヒュペルオン」

「ああ頑張りな、生き残ったらまた話をしようぜ」


 本当に生き残ったらの話だけどな。あ、でもこれで俺がツオンの旦那と当たるってことは無くなるのか。だったら、話し相手になってくれた礼はしないとな。


「ああ、そうだ。ついでに俺の罪名を教えてやるよ」


 ディオネ―という女の後に続こうとするその足が止まって振り返ってくる。怪訝な顔で俺を見て来るが、そんな顔をしないでくれよ。これは俺なりの誠意なんだからさ。


「【Pride】……俺の世界じゃあ、誇りとかそう意味もあるが、罪としてならこう呼ばれてるんだ」


 思い上がり、驕り、他者を見下す──それらを総じて人はこういう呼ぶ。



                  【傲慢】

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