幕間①

 【煉獄決戦】──そう称された戦いの舞台は至って単純なものだ。

一対一による戦い。決まりごとは無く、相手を殺すか相手が自らの敗北を認めるまで勝負は続く。

 勝った者だけが残り、勝者同士で再び戦い──最大でも三回は戦う事になる事になる。


(文化どころか世界が異なるというのだ。一体、どのような戦いをしてくるのか見当がつかないな)

 

 戦う相手は分からない。戦う事は報せが届くらしいがそれは名前ではなく自身の罪名で呼ばれるらしい。


 神は俺達の事を罪人と呼んでいたが、自由に対する制限はされていない。出歩きも飲食も自由だという。そして俺は今現在、自分に設けられた一室で茶を飲んでいる。

 その部屋は遥かの昔に失った我が家に似ている。落ち着くという一方で、取り戻せないものを思い出して虚しくなる。

 

 部屋にあった机の上には一枚の文がある。そこには俺への罪がたった二文字で記されていた。

 その罪の名は【憤怒】──記された罪を見て、自嘲してしまった。俺を咎人と示す上で犯した罪をなぞらえるのならこの言葉ほどふさわしいものはないだろう。

 俺にとっての始まり……そして終わりは、怒りに他ならないのだ。


(だが、神にその事を指摘されるのはやはり気に入らぬな──)


 怒りの矛先をあの世界に居た全ての人に向けた。そして燃え尽きたと思ったが……最後の最後に残ったのが神という存在が姿を現した。俺の怒りをとがめるというのならば上等だ。その罪で貴様を焼き尽くしてやる。

 そのためにも、俺はこの戦いを勝ち抜いてやろう。


扉の向こうに気配がする。誰かが居る……それもあの場に居た面々の中にあったものだ。


「おぉ~い、居るかぁ~?」

(この声は確か、神に問いをしていたと男か? 名前は……どうでも良いか。殺し合うのだから慣れ合う必要はないだろう)

「おぉ~~~~~い!」


 しつこいな。


「…………え、留守かな? もしもぉ~し!」

トントントントントントントントントントントントントントントントントン──。

 

(……五月蠅い)


 戸を叩く音が部屋を埋め尽くして迷走も出来ない。そこまでして俺を引きずり出したいのか? あれが奴の世界での訪問の仕方なのか鬱陶しい。


「何者だ」

「なんだ居るじゃん、オレオレ──って言っても分からんか。ヒュペルオンって言われてた奴だよ」

「何の用だ」

「いやぁ~、折角全く違う世界の人と巡り会えた訳なんだしさ? なんかお話とかしてみたくねって思ったのよ」

「断る」


 本当に正気なのか? そんな理由で来たというのか? いや、落ち着け……闇討ちは禁じられていなかったはずだ。ともすれば、それが理由か。

 どちらにせよ、外に出なければ向こうも下手な事はするまい


「帰れ」

「んえぇぇ、そんな冷たい事言わないでくれよぉ。今のところ全滅でさぁ。退屈なんだよ」

「失せろ」

「無視は酷くない!?」


 よよよぉ~などと泣くフリが戸の向こうから聞こえる。本当に鬱陶しい。苛々してきた。扉越しに斬り殺して黙らせるか。


「なぁ~んて考えただろ? 悪いなぁ、昔っからこういう性格なんだわ」

「……消えろ」

「ま、硬いこと言うなって、闇討ちの事考えているなら杞憂だぜ、少なくともそんなデメリット塗れの事をする気はないからさ」

「……」


 デメリット? 言葉の使い方から考えるに、恐らくは不利益と言った所か?


「考えてもみろよ。誰と戦うかもわからない七分の一の可能性で闇討ちをする。当たれば無傷で勝ち上がれるが、外れれば誰かが無傷で勝ち上がる……違うか?


「……そうだな」

「俺の読みだと、この戦いは勝ち上がり形式だ。ある程度の傷を癒す時間はあっても深手を負えば次に響く。当然、万全に近い者程、優位に立てるって訳だ」

「成る程一理あるな


 ふざけた態度をしているが、推察力は高い。


「だが、それが七分の一に賭けてこない理由にはならない筈だ


「まあ、そだろうなぁ~……でもな。俺はアンタ達と当たるまでは誰も殺さない」

「何故そう言い切れる」

「もっと殺してやりたい奴が直ぐ近くに居るからだよ」


 それが誰の事を指すのかは、俺は直ぐに分かった。

 どのみち追い払おうとしてもしつこいのだろう。それによく考えれば、この男は俺の良く知っている人間と言う訳ではないのだ。あいつ等とは違う……そう割り切ろうと努めれば、或いは──面倒だと思いながら、俺は静かに立ち上がった。




 前を歩く男の足取りは軽い。殺し合うかもしれない者に背中を向けるこの男は、本当に世界一つを滅亡にまで陥らせたのか?


「いやぁ~部屋に居ても退屈だからさぁ。皆勿体ないと思わないのかね、自分と異なる世界について興味ないとか思わないのか



 あれが神に向けて俺より先に啖呵を切った男とは俄かに信じがたい。

 いっそ、改めてぶつけて確かめ──


「殺気ぶつけて俺を測ろうってのなら勘弁な、俺……臆病なんだよ


「……何故分かった」

「強いて言えば、勘かな? どのみちこの距離なら痛み分けになるぜ。アンタが俺を斬り殺すのが先か、俺がアンタを殺すのが先か? 生き残ったとしてもハンデを負う事になる


「…………そのようだな」


 一瞬だけだが膨れ上がった気はやはり本物だった。それにこの男が何を使うか分かっていない。神と対面した時には上着の裏に手を入れていたが、肝心の得物は見えなかった。

 

(ある程度の憶測は着くのだがな……)


 隠せるくらいには小さい事。あの時神と俺達との間にはそれなりに距離があった事から俺のように一気に距離を詰められるのか、あの距離から攻撃できるのか……攻撃する手段が確立されていた事。

 そして、あの面々の中で神に対して特に並ならぬ憎悪を抱いている事。


(やはり止めておくか──)


 この男の言う通り、殺せるが余計なものを負いたくはないな。


「そういや俺は名乗ったけど、アンタの名前は?」

「──ツオンだ。大神(おおがみ)ツオン」

「へえ、随分な名前だ。オーガミ」

「……逆だ。ツオンが名で、大神は姓だ」

「あ? そうだったの……俺のところじゃあ、逆なんだがなぁ」


 文化なども違う……外見からも異邦人としての要素が多いな。

 俺の黒髪なのに対して、この男の髪は黄……否、金色だ。服装も違う。肌の色はコイツの方が白く、目の色は紫色──元の世界には存在しなかったな。

 それはあの場に居た他の面々も同じだ。


「何故、声を掛ける?」

「え? 暇だから?」

「──」

「そんな顔するなよ、長い目で見れば異なる世界の人間と会話が出来る何て滅多に出来ない経験なんだぜ? これをただ殺し合って終わりにするのは、ちょっと勿体ないんじゃないかなぁってさ」

「そう考えて、それを実行に移せる神経が理解出来ん」

「それは褒め……ぇぇぇぇられてはいないな。アッハッハァ」


 笑う事か?


「でもさぁ、アンタが話しに乗ってくれてありがたいって思ったのは本当だぜ? 俺はアンタとは当たりたくないなって思ってるからさ」

「……何故だ?」

「アンタは分かりやすいからさ」


 分かりやすい? その言葉の意味を理解しようと、自然と足が止まった。またヒュペルオンは笑い出す。


「そのままの意味だよ。見てくれもそうだし、神を相手に真っ先に斬りかかったあの時の動きを見た時にそう思ったな。他の連中は分からんけど、少なくともアンタとやり合いたくはないってさ。仮に当たった時は、相当に骨が折れそうだ。っとと、殆ど残って無かったわ、アッハッハ!」

「?」


 笑うが、今のは冗談なのか? 


「まぁ~なんにせよ、神の座興の上なのは非ッッッッッ情に癪だが、お互いにベスト尽くして頑張りましょうや」

「……そうだな」


 神──あれが何を考えて、何故俺達にこんな事をさせるのか分からない。殺し合いを差せるという点にも不可解さが多くある。だが、気に入らないのは事実する。

 俺は神を許さない。何もせずに、ただあっただけで敬われていただけの存在なぞ認めない。俺に残った最後の意志は、神への怒りだけだ。


「俺からも良いか? アンタは何で神を憎む?」

「……奪われたからだ」

「大事なものを?」

「そんな言葉では言い表せないほどの者だ」


 カンナは俺の全てだった。遍く全てを敵に回す覚悟もしていた。愛おしかった。何よりも誰よりも……なのに俺の前から居なくなってしまった。失われてしまった。消されてしまった。

 最期の瞬間まで笑んでいた。理解できなかった、何故笑えるのか……俺はあの時、どんな顔をして彼女を見る事しかできなかったんだろう。

 そして、カンナが今際の際に遺した言葉だけが……カンナに関することで、唯一それだけが思い出せない。


(神はどんな願いをかなえると言った……だが、俺にはそれが多すぎる)


 神を殺したいという願い、許されずとも愛する者に会いたいという願い──。

 戦い傷を負う事など何の苦でもない。最早そんなものは俺に何も思い起こさせることは無いのだ。この身の内に残た虚ろが全て燃え尽きるまで戦い続ける。

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