プロローグⅡ

「はぁい、はいはいはいはいはいはいはぁ~~~い」


 神と名乗った女とそれに続いて告げられた宣告に対して座っていたこの中でも特に若い年齢の男が手をひらひらと振りながら彼女に呼び掛ける。


「えっとぉ~~神様ぁ、だっけ? 色々聞きたいんだけど、良いかなぁ?」

「申せ」

「んじゃあまず一つ目。八人って言ったけど、一人足り無くない?」


そうだ。改めてこの広場を見渡しても此処に居るのは、上段の彼女を除けば俺を含めて七人だ。


「最後の一人はこの会場ではなく別の場所でこの会話を聞いております」

「理由は?」

「それについては答える必要を無い」

「…………あっそ、んじゃ二つ目」


 あっさりとその男は引き下がる。こちらとしても最後の一人は確実に存在するのだという事は分かったので不思議と安堵できた。


「俺らが犯した罪って何よ? 正直、全く心当たりがないんだけど?」

「先も告げたとおりだ。罪の形はそれぞれなれど、此処に居る全員が辿り着いた罪の終着点は一つ」

「それは?」

「己が生誕した世界を破滅に追いやった。ないし、滅亡を覆せぬまでの疵を世界に与えた事だ」

「!」


 驚愕──自分が受けた衝撃に名を付けるのならば、これであろうな。だが、自分に対してのものではない。この場に居る自分以外の六人と此処とは隔離された一人に対しての驚きだ。

 世界を滅ぼした? この場に居る者達が──? そう思いながら改めてこの場の六人を見る。

 先程から女神に対して質問をぶつける若者、腰に只ならぬ剣を差した旅人のような青年、暑苦しい衣服に身を包んだ杖を着いた優男、厳かな服に冠を被った異国の男、服の上から見ても貧弱そうな気弱な少年、そして──秘部も隠していない全裸の男。


 とても信じられない。本当にこいつ等は、そこまでの事をしでかしたのか?


「……あぁ~~~~、え? 本気で言ってる?」


 俺と同じ疑問を持ったのだろう、男が再び女神に投げかける。


「事実だヒュペルオン──此処に居る七人と一人は、己が住まう世界を滅亡に追い遣った。人の理では裁けぬ大罪人達……それが今のお前達だ」

「…………」


 質問を投げかけていた男……ヒュペルオンと呼ばれていた男は口を噤む。少なくともあの男は名を名乗っていなかった。それにも関わらずに名を言い当てるとは、あの女は俺達の事を調べ尽くしているのか?


「私からも一つよろしいでしょうか?」


 一瞬の静寂の中で、もう一つの手が挙がる。暑苦しそうな長い服に身を包んだ優男だ。


「私は自分の記憶を持っています。それも私は年老いて老衰する最期の記憶まで、私は……自分が世界の崩壊を仕向けた記憶が無いのです。何故、私は此処に居るのでしょうか?」

「……賢神グリム。汝の罪は世界に刻まれている。自覚は無くとも、自ずと理解するだろう」


 グリム──そう呼ばれた優男はそのまま黙り込んでしまう。いや、あれは考え込んでいるのか? 


「……それともう一つ。先程も言いましたが、私は年老いて死にました。ですが、今の私は若かりし頃の姿。端的に言えば全盛期と言って良いでしょう。私はどうしてこの姿なのですか?」

「あ、それ俺も思った。此処に居る面子ってさ・・…皆若いよね」


 確かにそうだ。あのグリムの言ったことが正しいのであれば、此処に呼び出された者達は皆かつてもっとも力を発揮できた姿で此処に居るわけだ。

 だが、それは神が裁定を下すというのとは全く無関係だ。だからこそ、俺は鋭い視線を女神に向ける。そして代表したのは最初に質問をした男──ヒュペルオンと呼ばれた男だ。


「んじゃあ、それも合わせて最後の質問だ……アンタは俺達に、何をさせる気だい?」


 蛇のように纏わりつくような声色の問いに対して神は平静と答える。誰もが神の言葉を待った。


「異なる世界において同じ罪を犯せし者達よ。神々が用意した舞台の上で戦え。最後に勝ち残った者に赦免を与えよう」


 張りつめた空気を切り裂くような鋭く響く声──それはまさしく、青天の霹靂の如く唐突な宣告だった。

 神々の前で戦えと? 最後まで生き残った者に──勝者に恩赦を与えるだと?


 


              ふ  ざ  け  る  な




 沸き立つように激情が全身を駆け巡る鯉口を切った瞬間──それを掻き消す大笑いが響き渡る。誰が笑っているのか、ヒュペリオンだ。椅子の上で仰け反り、腹を抱えて大笑いしている。


「なぁ~~~るほどぉ? 確かに神様の前で戦えってんならお互いにベストな状態で殺り合えってか? 納得したぜぇ。っつーか、神様ってよっぽど娯楽に飢えてんのかい? よりによって世界を滅ぼした連中を集めて戦えなんてさぁ、こりゃ最高の見せものになるだろうなぁ~~アッハッハ!!!!」


 喋りながら笑う。自分に言い聞かせるように口にしながら嗤う。ただただひたすらに一人の男の笑い声が響き渡る。そして笑い付かれたヒュペリオンは大きく息を吐いて俯いた。


「あぁぁぁぁぁぁ……本当に、本ッッッッ当に面白い──なあッッ!!!!」


 爆ぜた──天高くに蹴り上げられた丸机を他所に、隠す気など毛頭ないと殺意を剥き出したヒュペリオンは口に笑みを浮かべ神を睨み付ける。

 そしてその手は服の裏側に潜んでいる……座ったままの態勢からあれだけの殺気を放てるというのは、脅しではない。少なくともあの男の得物は隠せる程には小さいという事だろう。

 

(先程の大笑いと言い一変した態度と言い……気が削がれてしまったな)

「わざわざ俺達かき集めて、『許してほしけりゃあ殺し合え』ってか。冗談じゃねえ、余興に飢えているにしても、此処まで悪趣味な事はねえな。そんなことする暇があるなら、その時間使って俺達みたいな大罪人を残らず神の裁きって称して殺せばいいだろうが、バァ~ッカじゃねえの?」

「それは、罪を認めないと言う事か?」

「神の言いなりなんざ真っ平御免だって事だ。クソして寝てな、役立たず」


 蔑みを微塵も隠すことなく、突き立てた中指と共に神に対して啖呵を切る。


「それにぃ? 此処に居る連中の意思は一致しているみたいだぞ」


 そうだ、ヒュペルオンの言う事は正しい。俺もグリムと呼ばれた優男も、この場に居る七人全員は差異はあれども戦えという言葉に対して、神に対して冷めた意思を向けている。


「なんなら神様対俺達ってのはどうだ? それなら喜んで相手してやるよ、神様を殺せるなんて願ったり叶ったりだからなぁ?」

「……確かにそうだな。我もその方が遣り甲斐がある。その高台から見物されるのも好い加減に不愉快だ。傍観者風情が、頭が高いぞ」


 厳かな服を着た冠の男がヒュペリオンに続く。それにしても我か……見た事の無い衣服だが、あの装い通りに高貴な身分の男という事か。

 冠の男は神に指を向けて宣言する。見ず知らずの男だがその言葉には全面的に同意する……俺は前に出る。


「恩赦などと戯言を抜かすな。そんなものなど要らぬ。裁きを下すというのならば他人の手ではなく、他ならぬ貴様自身の手で下せ、その上で俺が貴様の首を刎ねてやろう」


 この場に居る七人──神殺しの総意に対して、ただ此方を見下ろす神の眼は、無機質で此方の心を見通すように澄んでいた。


「ならば、勝ち残りし者に報酬を与えるといえばどうだ?」

「報酬だと?」

「そうだ。この戦いを制した者の願いを、望みを叶える。それが如何なる願いであろうと──神という存在の下に聞き届ける」

「────まだ愚弄するかッッ!!」


 ブツリと自分の中の緒が切れた。駆け巡った激情のままに手足が動き、その手は刀を引き抜き、その足は神目掛けて跳ぶ。

 一閃──だが、手ごたえが無い。間合いに入った瞬間に抜き放った刃は確かにその首を薙ぎ払った筈だ。いや、刀だけではない。まるで空のように跳んだ俺の身体の姿を素通りする。


(摺り抜けただと!?)

「大神ツオン──それほどまでに神が憎いか?」

「……憎いだと? 愚問だな、憎いに決まっていようが!! そうでなければ、世界を滅ぼすものかよッ!!」


 血が熱い、だがそんなことはどうでも良い。この言葉は断じて許せん!


「あらゆる望みが叶うのだぞ? 何を不満に思う」

「許しが要らないとならば、もので我らの心を釣るか! そんな甘言で己の意のままに動かせるとでも思ったか、人の理が混迷を極め怨嗟に満ち、神仏に祈る言葉があった中で一度も姿を見せた事も無かった分際が、ほざくな。その首を斬り落とすことが答えよ!」

「しかし、如何なる技を持っても私を倒すことは出来ぬ。此処にあるのはただの写し身だ」

「だったら、此処を出てテメェの本体を探すまでだ。かくれんぼの鬼は……七人は確定だぞ」


 膨れ上がった殺意を向けるのは俺だけではない。ヒュペルオンは立ち上がって神を蔑んだ目で見上げる。そ張り詰めた空気の中、神は尚も無機質なままだった。


「大した威勢だな……。だがまずは落ち着いて考えよ。望みを叶える、この言葉に嘘偽りは無い。その方達の心に神に対する憎悪、不信があるだろう。だが同時に狂おしい程に欲する望みもその胸の中にある。自分の定めを捻じ曲げることも出来るし、やり直すことも出来る」

「確かに素晴らしい報酬だとは思う…………しかし、貴方こそ考えてみては? 我らの生きる世界は滅んでいる。いかなる望みも叶えたところで、無意味なのですよ」


 グリムのいう通り、望みを叶えて何になる? 叶った後にどうする? そんな展望など何処にも存在しない、あるのは心の隅まで埋め尽くすにも続く空虚と、この身体を焼き尽くしてなお鎮まらぬ激情だけだ。


「ならば、お前達の心の中にある望みが叶えば滅びの未来は免れると言えばどうする」

「何だと?」


 それは、どういう意味だ? その予期せぬ言葉に殺気が鈍る。


「汝達が暮らす世界が滅びたのは、他でもない汝達の感情・欲望だ。それらが叶う、覆され満たされる事になれば、自ずと滅ぼす理由が無くなるとは思わないか?」

「…………俺達にやり直す機会を与えるとでもいうのか?」

「そうだ。私達は、監視者であり管理人だ。一つ一つの世界のやり取りなど丁寧に見ることは不可能だ。それでも視る者としてその方達の抱える感情を否定はできない」

「なら叶えてくれれば良いじゃないか、八人全員の望みをよぉ」

「それでも罪は罪だ。それもたった一人であり得ざる事を成した末に、世界一つを滅びへと追い落とす程の大罪人が汝方達だ。だから、酌量の余地は微弱にあれど、人理に裁くことは出来ぬのも事実──だから、許すのは一人だけだ」

「だから、戦って勝ち取れと?」

「そうだ。今、この場で選び決めろ。戦うか、消えるかをッ!」


突きつけた刀は降ろさない。神の言葉に乗せられるなど癪だ。此処に居る全員が同じ気持ちだろう。そんな表情を浮かべている。

 だが、考えてしまう。もしもカンナが戻ってくるのならば、あの悲劇から彼女の手を取れたならば……。気に入らない。目の前の神の口車に乗るなど不愉快極まりない。


(だが、カンナ……俺はッ)


 この場を埋め尽くす殺気が消える。続いてもう一つ、また一つ、さらに一つ、消えて行く。舌打ちと共にヒュペリオンも椅子に座る。


「望みを叶えるという言葉に、嘘偽りはないのだろうな」

「神として誓おう」

「…………」


 斬りたい。その感情を組み伏せながら刀を鞘に納め、階段を降りる。

 他の六人の顔を見る……納得はしていない。戸惑いもある、怒りもある。殺意がある。それでもただ一つの望みの為に敢えて神の口車に乗ってやろうと決めた者達だ。

だが、それは俺も同じだ。人理の果てに燃え尽きたこの身体は神という最も憎い存在を前に再び熱く燃えている。


「改めて聞くぞ、八人の大罪人よ。」


 俺を含め、誰も首を横に振る事もしない。首を縦に振る事もしない。お前の指図は受けない。恩赦の為ではなく、独りよがりな望みの為に俺達は互いに殺し合うと決めたのだ。

 その座で待っていろ、神も悉く鏖殺してやるッッ──!


「八人目の意思も届いた。──では、此処に開催を宣言する。大罪の戦い【煉獄決戦】をッッ!!」

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