第10話 裏の顔?!

 中庭には、倉田君が立っていた。

 私たち三人を見て、倉田君は驚いたような顔をする。

「やはりラブレターにつられたか」

 明智君の言葉に、倉田君は驚いた表情のままで言う。

「まさかあんたらも俺を勧誘しに来たっすか?」

「は?」

「俺は頭良くないんですけど、今朝のがラブレターじゃないことはわかるっすよ」

 倉田君はそう言うと、「ったく」とため息をついて続ける。

「バスケ部とかサッカー部とか、あと柔道部や剣道部。あちこちの部活が俺を勧誘してくるんっすよ」

「スポーツ万能なんでしょ」

 雲母さんの言葉に、「まあ、そうっすけど」と倉田君は頷く。

「部活の勧誘を断っていたら、あの手のラブレターっぽい手紙が届くようになったんです」

「それは実はラブレターではなく部活の勧誘、というわけか」

 明智君の言葉に、倉田君は頷く。

「じゃあ、今回もラブレターだとは思っていなかったんだな」

 明智君は言いながら右手の改造折りたたみ傘を持ち直す。

 それから倉田君をまっすぐに見て言う。

「それならなぜ、ここに来たんだ」

「勘っす。もしかしたら先輩たちが来るかもしれないと思ったんっすよ」

 倉田君はそう言うと、大きな右手をこちらに差し出してきて続ける。

「あれを返してください」

 雲母さんがポツリと呟く。

「ヘアピンね」

「証拠隠滅をしようというわけか」

 明智君はそう言うと、左手でポケットから何かを取り出す。

 あの血のついたヘアピン。

 それを倉田君に見せたままで言う。

「これで女子に怪我を負わせたらしいな」

「え、らしい? 今朝の女子に全部話聞いたんじゃないの?」

 私が小声で聞くと、明智君は悔しそうに答える。

「途中で生活指導に捕まって、それどころじゃなかったんだ」

「はあ? それなら休み時間やお昼休みに教室にいなかったのは?」

「この改造傘を探していたんだ。どこかへ置き忘れていてな」

「つかえねえ!」

「奈前さん、ひどくないか?」

「二人とも」

 雲母さんの言葉に、妙な圧を感じて目の前を見る。


 倉田君がすぐ目の前に立っていたのだ。

 やっぱりデカい!

 怖い!

 殴られる!

 そう思って目を閉じた時。

【あっ、ご主人!】

 男の子の声が聞こえた。

 ヘアピンの声だ。

 どうやらこちらも二十四時間が経過したらしい。

【この人間たちの話はすべて聞いていました! あなたはとても心やさしい男の子なのに、犯人だなんて呼ばれて】

「心優しい?」

 私の問いに、ヘアピンのはな太郎は答える。

【そうです。かわいいものが大好きで、最近は手芸に凝っている心優しい男の子なんです!】

「はあ?」

【僕も彼に作られたものですっ! 失敗作だったようですが!】

「手作り?」

 私の言葉に、倉田君が明らかにおどおどしだす。

 それから倉田君は腰が抜けそうになっている明智君から、ヘアピンをすっと奪った。

「これ、倉田君の手作りなの?」

 私の言葉に、倉田君は「ええっと、その、いや」と慌てている。


【今はビーズステッチに凝っているから、それでうっかり針で指を刺して僕に血がついた、そう言えばいいんですよ!】

 倉田君はヘアピンを両手で持ち、じっと見つめていた。

 あのビーズでできた花の飾り、倉田君が針で刺繍したの?

「器用なんだね」

 私は思わずそう言葉に出ていた。

 倉田君はこちらを見る。

「さっきからわけがわからない」

 明智君はそう言うと、首を傾げる。

「あのヘアピンは事件じゃないの。あの血は彼自身の血なの。針で刺しちゃったんだって」

「針ぃぃ?」

 明智君は変な声を上げる。

 どうも良くないものを想像しているようだ。

「倉田君の手作りってこと」

「は? じゃあ、ヘアピンは針で刺して、その時にピンの先についた、そういうことか?」

「さっきからそう言ってるでしょ……」

 私がそう言って呆れたような視線を明智君に向ける。

「お願いです。誰にも言わないでください」

 倉田君が懇願するような目でこちらを見た。

「別に隠す必要はないだろうに。今時、料理男子も手芸男子も珍しくない」

 明智君が珍しくまともな発言をする。

「そうだよ。胸張っていいのに」

 私もそう言ってうんうんと頷く。

「小学生の時、かわいいものが好きだと言ったらクラスの女子にキモイと笑われたっす」

 倉田君はそう呟くと続ける。

「男子とも遊びが合わないんです。俺は別にスポーツは好きじゃないし」

「それで女子の輪に入る勇気もなく、コソコソと手芸を始めてしまった、というわけか」

 明智君の言葉に、倉田君は頷く。

「このヘアピンは、妹の誕生日プレゼントに渡そうと思っていたんっす」

「え、じゃあ、なんで捨てたの?」

 私が聞くと、倉田君は絞り出すように言う。

「でも、妹は俺が手芸をするのもかわいいものを集めるのも、良く思っていないらしいんっす」

「だからせっかくの手作りのプレゼントを捨てたのか」

 明智君が言うと、「ああ、でも」と倉田君は続ける。

「この花は、ここが少し曲がっているんっすよ。だから完璧じゃなくて……」

 倉田君はヘアピンの飾りの部分を指さして、そう説明をした。

 でも、私にはさっぱりわからない。

 完璧に見えるんだけれど。

 明智君も雲母さんも黙ったままでいるのは、私と同じ意見だからだろう。


「血がついてしまったから、良い機会だから捨てたんっす」

「ダメだよ! そのヘアピンは悲しんでるよ!」

 私は思わずそう言うと、「悲しんでると思うよ」と言い直す。

 倉田君はヘアピンをじっと見てから答える。

「でも、もう俺には必要がないんです」

「じゃあ私にちょうだい」

 そう言ったのは雲母さんだった。

 彼女はいつの間にか倉田君の目の前にいて、両手を差し出している。

「えっ、でも」

「血なんか拭けばいい」

「でも、こんな俺みたいなデカい男がつくったもの、キモくないっすか?」

「男が作ったとか、女が作ったとか、そんなことはどうでもいい」

 雲母さんは前髪をうっとうしそうに手でかきあげてこう続ける。

「クオリティが高ければ、その物には価値がある」

 前髪を後ろにした雲母さんは、表情がよく見えた。

 とてもきれいな笑顔で笑っている。

 倉田君はその笑顔にまるで見とれているかのように、微動だにしない。

 そして、ごくりと唾を飲み込んで言う。

「そ、そんなに言うなら……。あげ、いや、もらってください」

 倉田君はヘアピンを雲母さんに渡した。

「ありがとう!」

 雲母さんはそう言うと、ヘアピンをうっとりと見つめる。


 よかった、はな太郎が捨てられなくなったみたいで。

 それに、倉田君は暴力的な人じゃないみたいだ。

 あれ、でも、それじゃあ今朝の一年生女子の会話は……。

 そう思った時だった。


「あ、倉田ぁ。いたいた!」

 駆け寄ってきたのは、今朝の怪我した女子。

「おお、田中」

 倉田君がその女子、田中さんに向かって手を上げる。

「あんた昨日、私に怪我させたの覚えてるでしょ」

 やっぱり怪我させたんだ。

 そう思っていると、倉田君が驚いたように言う。

「人聞きが悪いことを言うな。俺が昼休み田中を呼び止めたら、勝手に転んだだけだろう!」

「そうだけど~。倉田の声がデカ過ぎて驚いて転んだんだもん」

「……じゃあ、ジュースでいいか?」

「オッケー」

 二人のやりとりを見て、私たち三人はそれぞれ顔を見合わせる。

「解決、ってことかな」

 そう言った明智君の顔は、穏やかな表情になっていた。

 どうやら事件モードは解除されたようだ。

 ふうと息を吐いた時に、ふと思い出す。

 そうだ、九重先生にジュースを奢ってもらう約束をまだ果たしていない!

 私はそれを思い出した途端、校舎に向かって走り出していた。


 すごすごと昇降口へと向かう。

 別に九重先生に、『その話は無効!』とか言われたわけではない。

 職員室を覗いたら、九重先生は席にいた。

 声をかけようとしたら、何だか妙に悩んでいる姿が見えた。

 ため息までついて、マグカップと間違えてペンケースを口に当て、かなり様子がおかしい。

『どうしたんですか?』と聞ける雰囲気でもなかった。


 だってさ、もしさ、恋の悩みだったらさ。

 恋の悩みがあっても生徒には話さないだろうけども。

 でも、『いや、別に何も悩んでいないが、奈前こそどうした?』とか言われて濁されたら……。

 お見合いの話が出て受けようか悩んでるのかな、とか。

 実は婚活してて、良さそうな人がいるけどどうアプローチしようか悩んでいるのかなとか。

 先生と一度、仲良く話していたところを目撃した英語の恋澄瞳こいずみひとみ先生に片思いしているのかな、とか。

 あれこれと画策してしまう!


 そういうわけで、声をかけるのをやめて職員室を出た、というわけ。

 そりゃあね、推しには幸せになってほしいよ。

 でも、推しの相手が自分だったらいいなあと思ってしまうのもしかたがないことなのよね。

 初恋は叶わなかったからさ。

 初恋は叔父(私十一歳、叔父二十六歳)だけども。

 ちなみにキューちゃんを買ってくれたのも叔父だけども。

 これが二度目の恋。

 どうしたって慎重になっちゃうんだよ。


「はーあ。私があと十年早く生まれていればなあ」

 そんな夢みたいなことを呟きながら廊下を歩いていると。

「忘れ物とかあるあるー」

「ごめんねー付き合わせちゃってー」

「いいよいいよー。カラオケ行く前に気づけて良かったよ」

 そんな会話をしながら三人の女子がこちらに向かってくる。

 この声は……。

 そう思って、私は慌てて隠れる場所を探す。

 でも廊下に隠れるような場所はなく、三人組はすぐそばまで来た。

 私は俯いたまま早足で歩く。

 どうかあいつらが私に気づきませんように。

 あいつらとは、井時目杉いじめすぎカナ率いる三人組グループ。

 どうか井時目杉たちに気づかれませんように……。

 何度も何度も心の中で願う。

 三人は、それまで騒がしいくらいに喋っていたのに。

 突然、ぴたっと大人しくなる。

 それから私の横を通り過ぎながら、「うわ、変人の奈前じゃん」「変人なんて本当のこと言っちゃ可哀そうだよ」などと笑い合う声がした。

 私は唇を噛みしめ、ぐっと拳を握る。

 三人はドタバタと音を立てながら、廊下を走って行った。


 その笑い声は、私にとって不愉快な音でしかなかった。

 井時目杉たちと仲良くしていた過去は、私にとって最大の汚点だ。

 はあ、と息を大きく吐くと早足で下駄箱へ。

 これだから人間は嫌いだ。

 あいつらもも嫌いだ。

 それから、自分のことも嫌いだ。

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