第11話 運命かはたまた……。

【小鞠、新聞部に入部したんですってね】

 次の日のお昼休み。

 廊下の突き当りにある自動販売機――マザーのところへ行くと、そう話しかけられた。

 私はお弁当を広げつつ、「うん」と答えてからこう聞いてみる。

「あれ、マザーに新聞部に入部したこと、話したっけ?」

【昨日の放課後にここに来たでしょ? その時にキューちゃんから聞いたわ】

「ああ、キューちゃんお喋りだからね」


 物たちは、私が会話ができない間も物同士ならいつでも会話や意思疎通は可能。

 それに加えて、私が名前をつけていなくて、会話をしていない物も聞こえないだけで、物同士では会話をしている。

 それがキューちゃんから教えてもらったことだ。


 たとえば、今私が履いている上履きには、名前はつけていない。

 だけど、上履きはこれまた名前をつけていないこの古ぼけたベンチと会話をしているのかもしれない。

 一年前にキューちゃんから、【あなたは今、特別な能力が授かったわ】と言われ、この事実を知った。


 その時、私はうれしさと好奇心で色々な物に名前をつけたものだ。

 キューちゃんや、マザーなどには名前をつけて本当に良かったと思っている。

 たまにうっとうしい時もあるけれど。

 それでも、五分だけとは言え、会話ができるのは楽しいしうれしい。

 だけど、会話ができたことで、持ち主の嫌な部分や知りたくなかった出来事を知ることもある。

 昨日の井時目杉たちがそう。

 だから、これから仲がよくなる子の持ち物には名前はつけないようにする。

 まあ、この先、仲の良い子ができるとも思えないけども。


【これで小鞠も友だちができるわね】

「それはどうかなあ」

【あら、いいじゃない。友だちがいてこそ青春よ】

 マザーはそう言うと、【私は長い間、ここにいて、この学校の生徒のさまざまな青春模様を見てきたわ】と続ける。

「ああ、うん。前にも言ってたね……」

【そうよ。この自動販売機の前でケンカをして仲直りもここでした男の子二人もいたし、親友の証に、とここの前でイチゴミルクで乾杯をしていった女の子四人組もいたわね】

 どうやらマザーのスイッチを押してしまったようだ。

 マザーは普段からお喋りなタイプではない。

 だけど、一度、スイッチを押してしまうと、思い出話を延々と続ける癖がある。

 そのスイッチのボタンは、『青春』だったり『友だち』だったり『片思い』だったりと、キーワードもさまざま。

 だからどの言葉で、この思い出スイッチが入るか未だにわからない。


【そういえば、最近は大人の片思いの悩みも聞いたわ。随分と思い悩んでいる様子だったわねえ】

「大人?」

 ぼんやりとマザーの話を聞くともなしに聞いていた私は、そこだけに反応。

 昨日、九重先生も随分と悩んでいる様子だった。

「その悩んでいる大人って、ここの学校の先生? 男性?」

【ここの学校の女性の先生よ、たぶん。話の内容からしてそうだと思ったわ。でも私は初めて見る顔だったわ】

「そっか。女性の先生かあ」

 私はホッと胸をなでおろす。

【あっ、でも】

「え、なに?」

【……なんでもないわ】

「なにそれ気になるんだけど」

 私がそう聞いても、マザーからの返事はなかった。

 黙りこんだまま五分が過ぎたらしい。

 物たちは、いつもいつも気になるところで話が途切れるんだよね。

「まあ、でも、大したことじゃないんだろうけど」

 私はそう言うと、おにぎりにかぶりついた。


 放課後に教室から出ると、「奈前」と後ろから呼ばれる。

 その声に胸がどきーんと飛び跳ねる。

 無意識のうちに私は満面の笑みで振り返っていた。

「なんですか?」

 目の前に立っていたのは九重先生で、真面目な顔でこう聞いてくる。

「新聞部……まあ、まだ公式な部ではないが、あそこの活動はどうだ?」

「活動、と言いますと」

「入部しただろう」

「ああ、はい、まあ」

 そうだ、一応先生に入部届を出したんだっけ。

「奈前は帰宅部だから、部活に入ってくれて先生は安心だ」

 そんなふうに言ってもらえると飛び上がるほどうれしい。

 でも、複雑な気分になってしまう。

 だって、私は今からまさに帰宅部の活動をしようとしていたから。

 新聞部には寄らずに、真っ先に自宅に帰るつもりだった。

 もともと幽霊部員になる予定だったし、ヘアピン事件も解決したし。

 私はもう首をつっこむことはない。

 むしろこれ以上、首を突っ込む前にあの部活からは距離を置きたい。

 特に明智君からは。


「明智は、どうしても奈前は新聞部に入れたかったみたいだ」

「えっ? 私を?」

「ああ、そうじゃなきゃあんな凝った仕掛けなんてしないだろう」

 先生が少しだけ笑って言う。

 ああ、推しの笑顔、最高。

 ……じゃなくて。

 仕掛けってどういうこと?


 私は大股にどかどかと歩いて、新聞部のドアを勢いよく開ける。

 六つの視線が私に注がれることにも気にせず、私は明智君の前に立つ。

「どういうこと? 雲母さんが落としたキーホルダー、あれ、わざとだったんだね」

 明智君はパソコンから顔を上げ、それからにっこりとほほ笑む。

「ああ、奈前さん。どうしたんだい? そんな怖い顔をして……」

「さっき九重先生から聞いた。雲母さんのキーホルダーを私が、先生の元に持ってきたら自分で持ち主を探させてくれ、って」

 明智君は黙って私の話を聞いている。

 私は続けた。

「それで私が持ち主を見つけるだろうから、新聞部に勧誘する良いきっかけになる、って」


 そうなのだ。

 九重先生から聞いた話によると、私が落とし物として拾った雲母さんのキーホルダー。

 メダルのようなmに見える紛らわしいさそり座のマークの書かれたアレ、

 あのキーホルダーは、明智君により金具を外され、廊下の床に置かれ、そして、職員室の先生の元に持ってくることもすべてお見通しだったらしい。

 つまり、最初から私を新聞部に入れるための作戦だったのだ。


「ああ、そうだよ。僕が九重先生に頼んだ」

 明智君はあっさりと認めた。

 昔の俳優みたいに、前髪を手でかき上げる。

 それからこう続けた。

「つまり、奈前さんは縁あって新聞部に入部したんだ」

「だから明智君の仕業でしょ?」

「そんな力が僕にあると思うかい?」

「力?」

「そう」

 明智君はそう言うと、部室の鍵を指さして言う。

 そこにはキーホルダーがきちんとついていた。

「これを鍵から外し、廊下の床に置く。奈前さんには事前に新聞部の話をしておいたから、あそこに落とせば拾ってもらえる可能性はある」

「うん。実際、拾ったしね」

「そこだ。もし、君以外の人が拾ったらこの作戦は失敗だ」

「でも、実際に拾ったわけだし」

「そう。そして実際に拾って、落とし物箱に入れる、これも失敗だ」

「なんでよ」

「君が自ら勧んで落とし主を探さないと、僕が勧誘できないからだ」

「まあ、確かに」

「そうなると、落とし物箱ではなく、先生に直接届けなければいけない」

「それで私が雲母さんにたどり着く、と」

「そう! そこまでのプロセスがないと、この勧誘は成功しない」

「つまり……」

「君はこの新聞部に入部する運命だったんだよ」

 明智君はそう言うと、にっこりとほほ笑んだ。

 私もにっこりとほほ笑んでこう言う。

「それなら運命だねー」

「わかってくれたか」

「いや、全っ然!」

 私は否定をすると、明智君をにらみつける。

「なんだ。ノリツッコミだったのか」

「そもそも、運命だなんて大げさなこと言って姑息なんだよね」

 私は、はあとため息をつく。

「だって、私があのキーホルダーを拾わなければと言うけれど、拾うまで何度もあそこに置けばいい」

「それもそうだけれど」

「それに、私が落とし物箱に入れなかったのは、『あのキーホルダー高価そう』という理由と」

 私は少しだけ声のトーンを落として続ける。

「九重先生と話したかったから、という理由があるから、明智君は私なら先生に直接届けるだろうと予想する」

「おお、僕の考えが読めるようになったんだね」

 明智君の目がキラキラと輝いた。

「やっぱり運命とかじゃないじゃん」

「いや、まあ、僕の思ったようにいったのは、やはり縁だよ」

「縁とか運命とか言う言葉に女子は弱いと思ってるでしょ」

「ははっ」

 明智君は笑って私から視線を逸らす。

 やっぱり思ってたな、こいつ。

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