第8話 ドキドキ大作戦☆
「容疑者の名前は倉田太。一年二組。出席番号十三番。運動神経抜群。誕生日は十一月二十日。血液型はB型。身長百八十三センチ、体重八十六キロ。好きな購買のパンはメロンパンとコロッケパン。好きな飲み物は微炭酸のジュース」
部室に帰るなり、明智君がノートパソコンの画面を読み上げる。
「ちょっと待って、容疑者ってどういうこと?」
私の言葉に、明智君は言う。
「あんなふうに逃げたんだ。何かやましいことがあるに決まっている!」
「そしてその情報はどこから?」
「ああ、これか」
明智君は、ノートパソコンに視線を戻す。
「これは、この学校のほぼ全員分のプロフィールをまとめた表だ」
「勝手に調べたの?」
私が物理的に明智君から五歩下がると、雲母さんが口を挟んだ。
「本人たちの会話や噂話を立ち聞きしただけ」
「雲母さんは、影が薄いからな。それでよく生徒同士の会話を耳にすることが多い」
「えっ? じゃあ、この全校生徒のプロフィールを集めたのって……」
私の言葉に、雲母さんが答える。
「そう、私。でもまだ完璧なものじゃない」
「盗み聞きだけで全校生徒のプロフィールができるんだ……」
私が驚いていると明智君がこう付け足す。
「もちろん教師も含まれている」
「えっ」
私は思わず『じゃあ、九重先生の個人情報もあるの?』と聞こうとしてやめた。
さすがに噂話とは言え、先生のプライバシーを教えてもらうわけにはいかない。
でも気になるなあ。
そう思って、明智君のパソコンを背後からそーっと覗きこもうとした時。
「倉田君は、運動神経は抜群なのに、部活のところは空欄だな」
明智君はそう言うと、くるりとこちらを振り返る。
私は慌ててパイプ椅子に座った。
「たぶん帰宅部だから」
「たぶん? 珍しいな。運動神経抜群なのに帰宅部とは……」
「部活に入っている様子はなし」
雲母さんは続ける。
「倉田君、趣味もよくわからない」
「えっ。わからない? 印象が薄い上に地獄耳が取り柄の雲母さんでも聞き取れない話があるのか?」
明智君はわざとらしくガタッと立ち上がる。
さっきから、『印象が薄い』って失礼だろう。
確かに雲母さんは存在が異様に薄いというか、透明な感じがする人だけども。
「うん。倉田君は自分の話をしたがらない印象」
雲母さんの言葉に、明智君はニヤリをと笑う。
「ますます怪しいな」
明智君は楽しそうに言うと、しばらく黙りこんだ。
それから突然、顔を上げてこう言う。
「良い方法を思いついた」
明智君はそう言うと、何かを取り出す。
それは花柄のきれいな便せんだった。
「これで倉田をおびきだす!」
「えっ。でも倉田君、さっき帰っちゃったけど」
「決戦は、明日の放課後。そのために準備をするんだ」
明智君はそう言うと、「正義は勝つ!」と言って、突然笑い始める。
私と雲母さんは顔を見合わせた。
「今日は部長、大人しいほうだよ」
雲母さんの言葉に、私は笑い続けている明智君を見た。
これで大人しいって、普段はどうなるのよ。
倉田太君へ。
突然、こんな手紙を書いてごめんなさい。
どうしても話したいことがあるので、今日の放課後に中庭まで来てください。
待っています。
……と、まあ、こんな感じの内容の手紙を書いた。
書いたのは私。
もちろん匿名で。
明智君の倉田君をおびき出す方法とは『偽ラブレターで放課後に呼び出しちゃおう~男子なら誰でも浮かれるドキドキ大作戦~』という作戦。
作戦名、長っ!
話を聞いた時にベタだなあと思ったものの、それが一番現実的な気がした。
それから誰が手紙の文字を書くかで揉めた。
正確には明智君が『奈前さんが書くべきだ』と押し付けてきて、『自分で書けばいいでしょ!』となった。
雲母さんが『三人で字を書いてみて読みやすい人を採用』というアイデアで落ち着いた。
明智君は、壊滅的に字が下手(ノートの字とか全部下手だった)
雲母さんは達筆過ぎて読めない(本人は読めるらしい)
結果的に私が一番マシだったので、手紙を書くことに。
それを帰りがけに倉田君の下駄箱に入れて帰った、というわけだ。
家に帰った頃にはどっと疲れていた。
もっとゆるい部活だと思っていたのになあ。
明日解決しなかったら、こっそり私が解決したほうが早そう……。
次の日の朝は、家をいつもより三十分ほど早く出た。
眠い目をこすりながら学校へ行くと、明智君と雲母さんは先に来ている。
「おはよう。二人とも早いね……」
「そわそわして眠れなかったんだ」と明智君。
遠足前の小学生かよ。
「私、いつも五時前には起きてるから」と言ったのは雲母さん。
おばあちゃんかよ。
脳内で二人にツッコミを入れつつも、私はあくびを連発。
新聞部が朝早くから学校に集合した理由は、一つだけ。
倉田君があの手紙を見つけてちゃんと読むか。
それを確認するためだ。
明智君は興味本位で、私は自分が偽ラブレターを書いた罪悪感から、早く学校へ来た、というわけ。
下駄箱には、今は数名の男子がいる。
その様子を私たち三人は、別の下駄箱の後ろに隠れるようにして見ていた。
「雲母さん情報だと、倉田君は登校が早いらしい。そろそろ来るかもな」
明智君はそう言うと、缶コーヒーを勢いよく開け、それをごくごくと飲み干す。
「朝ご飯、まさかそれだけ?」
私の言葉に、明智君は首を横に振る。
「まさか! 今日はフレンチトーストとソーセージと野菜ジュースの朝食だ」
「しっかり食べてるね」
「コロンダ刑事はな、捜査の前には必ずコーヒーを飲むんだ」
その言葉に、私は思い出す。
そう言えば、朝に弱いコロンダ刑事は、砂糖もミルクも入っていないコーヒーをよく飲んでいたっけ。
私は明智君の飲んでいる缶コーヒーを見る。
そこには『まろやかな甘さ。ミルク増量!』と書かれてあった。
まあ、頭は働きやすいかもしれないけど……。
「私、隠れる必要なかった」
雲母さんはそう言うと、一人で下駄箱のほうへ。
するとタイミングよく、校舎に誰かが入ってくる。
「いやー、まじ学校だりーわー」
女子の甲高い声が聞こえてきた。
女子二人が登校してきたのだ。
私と明智君は下駄箱の裏にさっと隠れる。
ちらりと雲母さんのほうを見ると、その場にただ立っているだけ。
二人の女子は雲母さんの前で立ち止まる。
それから、女子は話し始めた。
「まじうぜえ。あのおやじ、一度ぶん殴ってやらないと気が済まないわ」
「それゲームの話だよね」
「そう。ラスボスー」
二人はまるで雲母さんのことなど見えていないかのように、会話に夢中。
雲母さんが無視をされているという雰囲気ではない。
二人の視界にまったく入っていないのだ。
さすが影が薄い……。
「あれ、リナってば、そこどーしたん」
一人の女子が、もう一人の女子のおでこを指指す。
リナと呼ばれた女子のおでこには、大きなガーゼが貼ってあった。
怪我だろうか。
「あー。これ? 昨日、倉田の筋肉バカにやられてさあ」
リナという女子の言葉に、雲母さんの前髪の隙間から見える目が見開かれた。
私と明智君も顔を見合わせる。
「うっわ。大丈夫?」
「うん、平気平気」
二人のやりとりに、明智君が下駄箱から飛び出していく。
止める暇なんかなかった。
「ちょっとその話、よく聞かせてくれないか?」
明智君は二人の女子にそう話しかけていた。
しかし、興奮で息が上がり、はあはあしている男子に二人はドン引きしている。
「ちょ、あんたあれでしょ。二年の残念イケメンの」
「関わると面倒だよ、行こ」
二人は口々に言うと、さっさと歩いて行く。
明智君は「待ってくれえ」と二人を追いかけた。
あれじゃあただの変態だよ……。
すると倉田君が登校してきて、下駄箱で上履きに履き替える。
良かった、私は隠れたままで。
倉田君は手紙を見つけると、眉毛をぴくりと上げ「またか」とつぶやく。
それから、手紙をポケットにしまって歩いて行った。
私と雲母さんは、ホッと一安心して教室へ戻ったのだ。
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