第6話 いざ、新聞部へ。
そういうわけで、私は新聞部に入部してしまった。
放課後に職員室を覗いてみたけれど、九重先生の姿は見当たらなかった。
まあ、顧問になってくれればそれこそ週五ペースで会えるんだけど。
「ここが新聞部の部室だ」
そこは『社会科資料室Ⅱ』と書かれた部屋だった。
ドアにはめ込まれたすりガラスには、『新聞部』という貼り紙。
「以前は空き教室を勝手に使っていたんだけれど、怒られてしまってね」
明智君は苦笑いをしながらドアを開ける。
中は六畳ほどのスペースの埃っぽい部屋だった。
中央に長机が二つ並び、パイプ椅子が二つ、四方の壁は、背の高い棚が占領している。
棚には古い資料みたいなものや本がぎっしりと詰まった棚が二つ、比較的新しい本や新聞が置かれた棚が二つ。
窓のない、薄暗い部屋だった。
「僕は誰でも勧誘をするわけじゃないんだ」
壁に立てかけられたパイプ椅子を、私の前に置いてくれる。
「だから奈前さんは特別なんだよ」
明智君は言いながら、手で座るように示す。
私が座ると、彼は大きく頷いて続ける。
「奈前さんを最初に勧誘をしたのは、可能性を感じたからだけれど、今日、勧誘をしたのはテストに受かったからなんだ」
「テスト?」
「そう。君は、今日、雲母さんの落し物をちゃんと彼女に返してくれた」
「まさか、それがテスト?」
「ああ、実は難しいかなと思っていたんだ」
「あのキーホルダーの飾りの部分がイニシャルではなく、星座のマークだったから?」
「そう。君は四月十日生まれの牡羊座だったよね」
「なんで知ってるのよ……」
「女の子のしかもクラスメイトの誕生日はすべて暗記しているのは当然だろう」
明智君はにっこり笑った。
……当然か?
私がドン引きしているのがわかったらしく、明智君はわざとらしく咳払いをする。
「冗談だよ。これはまあ、ある人からの情報」
「へえ……」
それはそれで引くんだけども。
「つまり、君はさそり座とは何も関係がないから、あのマークに馴染みはない。しかも、あのさそり座のマークの描かれ方は特に『m』と勘違いしやすいんだ」
「でも、クラスメイトのきららさんが持っていたから、あのキーホルダーに見覚えがあってもおかしくないでしょ」
「いや、それはない」
すると明智君は、突然、立ち上がった。
「あのキーホルダーは、この部室の鍵についていたものなんだ」
「へえ」
「この部室の鍵は、いつも職員室に保管されている」
「じゃあ、鍵を持ちだすのは部活の時だけ?」
「そうだ。職員室からここの部室のまでの間でしか移動しない鍵なんだ」
「でも、それは……廊下できららさんとすれ違った時に見たのかもしれないじゃん」
自分の能力がバレるとは思えないけれど、それでも念のために否定をしておく。
あくまで私は偶然、このキーホルダーを拾い、きららさんに届けただけ、という設定。
「そうかもしれないな」
明智君はやけにあっさりと納得する。
ホッとしたのも束の間。
明智君の鋭い視線が私を捉える。
それから彼はこう口にした。
「だけど、なぜ君は、雲母さんの落し物が『キーホルダー』だということを知っていた?」
「えっ? だって、明智君が言った、でしょ」
「僕は最初にこれがキーホルダーだとは言っていないよ。最初にキーホルダーだと言いだしたのは君だ」
「そうだっけ」
「ああ。そうだ。メダルにも見えるし、ペンダントトップにも見えるのに、なぜキーホルダーと言い切ったんだ」
「だから、きららさんを見かけた時」
「いつ雲母君を見た?」
「えーっと。わかんないけど、一週間くらい前?」
私の言葉に、明智君はニヤリと笑う。
「とうとうボロが出たか」
「え、なに」
「雲母君が部室の鍵にキーホルダーをつけたのは昨日の出来事なんだ!」
そう言った明智君は、実に清々しい笑顔をしていた。
うっざ……。
「だから何だと言うの? 私なんかの罪になるの?」
「まさか! 褒めているんだよ!」
「ずっと取り調べを受ける犯人の気分だったけど」
「……ということは、何か隠し事があるということだな」
明智君がうれしそうにそう言った瞬間。
「部長、やめて」
すぐ近くで声が聞こえたので、声のしたほうを見る。
いつの間にか私の向かい側にはきららさんが立っていた。
全然、気づかなかった。
「おお、雲母さん。相変わらずさり気なくそこにいるんだな」
明智君はさほど驚きもしないで、雲母さんを見る。
「私ほど影の薄い人間はそうそういない」
雲母さんはそう言うと、にやりと笑う。
「ああ。そうだね、本当に尊敬するよ」
明智君はそう言って大げさに頷く。
褒めてんだかけなしてんだかわからない。
きららさんは相変わらず、長い前髪で表情が見えない。
彼女は明智君のほうを向いて言う。
「部長、新入部員を追い詰めるのはやめて」
「追い詰めてなんかいないよ」
「一部始終を聞いていた」
きららさんはそこで言葉を切り、ため息をついてこう続ける。
「途中からただの取り調べだった」
「僕はただ……」
「きららさんの言う通りだったよ」
私ときららさんに睨まれて、明智君は外国人のように肩をすくめてみせた。
「わかったよ。ごめん。僕の悪い癖だ」
絶対に自分が悪いって思っていない態度だ。
「それより、これ」
きららさんはそう言うと、何かを明智君に見せる。
彼女の小さな白い手にあったのは、花の飾りのついたヘアピンだった。
「これがどうかしたのか?」
明智君はそう言って、ヘアピンを受け取った。
その瞬間に、彼の目の色が変わる。
まるで獲物を見つけた猫のよう。
「これは……! どこにあったんだ?」
明智君の質問に、きららさんは答える。
「一階の渡り廊下の手前のゴミ箱」
「漁ったのか」
「の、手前に落ちてた」
「じゃあ、捨てそこなったのか」
「たぶん」
何が何やらわからない。
私が首を傾げていると、きららさんがヘアピンを明智君から奪う。
そして、ヘアピンの先を指さして言う。
「ここ見て」
彼女の指している先をよく見てみる。
その先には、不自然に赤いものがついていた。
「これって、もしかして」
「そう、血だ」
明智君が鼻息荒く答える。
「これは事件に違いない!」
拳をぐっと握った明智君の目は、キラキラと輝いていた。
変なやる気スイッチが入っちゃったなあ。
まあ、あのままだと質問攻めだったから、むしろこれで良かったのか。
明智君ときららさんは、ヘアピンについて話し合っている。
私はそっと質問をしてみた。
「あの、九重先生って、この部活の顧問――」
「に、なってもらう予定だ」
明智君がそう答える。
「え、なんで予定?」
「新聞部は、正式な部ではないからだ」
「正式な部じゃないの?」
「部活の申請に必要な人数は五人」
きららさんが口を挟む。
「後の部員は?」
「僕と雲母君だけだ。ああ、あと幽霊部員もいる。名前だけ借りているんだ」
「奈前さんが入ったから四人」
きららさんの言葉に、目の前がくらくらしてくる。
じゃあ、なに、この部活にあと一人入部しないと、正式な部とは認められないのね。
新聞部の存在なんて、この学校の生徒がほとんど知らないのに。
それなのに私以外に入部してくる人がいるとは思えない。
ってことは、正式な部になる日は遠そうだな。
むしろ正式な部になる前に、卒業式がきてしまいそう。
じゃあ、九重先生が顧問でドキドキ計画は、できそうもないなあ。
それなら私も幽霊部員になろうかな。
そう思った気持ちをまるで見透かすかのように、明智君がこう言った。
「今日はこの事件を解決するまで居残りだ!」
「えっ」
「それは無理」
きららさんは「門限あるからだめ」と首を横に振る。
「それならば、しかたがない」
明智君は唇を噛んで、それからこう言い直す。
「解決のヒントを見つけるまでが、今日の新聞の活動とする!」
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