動く幽霊

清雲高校女子バレー部のキャプテン、桜木 菜花ななかと男子バレー部のキャプテン、戸田 みなとが付き合っているという噂が学校中に広まっている。

どこでそんな噂が立ったのか分からない。

だが、その噂によってとんでもない事態を招く事になるとは、私はまだ知らなかった。






部活練習のある日。

体育館の半分を男子バレー部と女子バレー部でそれぞれ分けて練習試合をしていた。

ステージ側を女バレが使っていて、出入口側を男バレが使っていた。

私達の試合は23-24で、私のサーブによって勝利となる。

「行くよっ!」

私は、相手コートにサーブを打ち込む。

見事相手コートにボールが入った。

相手チームが誰もレシーブしなかったことで一ポイント先取した。

「よしっ!」

ピーッ

顧問の先生の笛の音で試合は終了となった。

「「ありがとうございました!!」」

チーム同士が終わりの挨拶を終えた後、

「流石菜花キャプテン!」

「菜花キャプテンの強烈なアタック、震えました!」

「相手チーム、ビビってましたね!」

チームメイトが私に近付き、褒めてくる。

そんな褒め方には動じず、私はキャプテンらしく

「まだまだこれから!もっともっと練習して強くなるのよ!」

と、チームメイトに力強く言った。

「はい!」

彼女達は一斉に返事をした。

「女バレ、本気だな」

「当たり前だろ。特に菜花キャプテンは、負けず嫌いな性格だからな」

試合休憩中の男子バレー部員達からそんな言葉が聞こえてきた。

すると、

「菜花は、ジャンプ力と腕力が高いからサーブが強いんだ」

話している部員2人に声をかけたのは、湊だ。

「「湊キャプテン!!」」

「レシーブも強いし、チームをまとめるリーダーシップもある。菜花は、キャプテンに

相応しい」

ちゃんと私のこと、見てるんだ。

ふふっ湊もキャプテンに相応しいと思うよ。

私は、心の中で言った。

「湊キャプテン……菜花キャプテンの事、よく知ってますね」

「やっぱり菜花キャプテンと湊キャプテンって付き合ってるんですね」

部員の一人が言った瞬間、

「俺と菜花は、付き合ってない。ただの噂だ」

と、湊は否定する。

「だったらどういう関係なんですか~」

「教えて下さいよ~」

部員2人が湊をからかう。

「俺とあいつは、キャプテン同士であり、ただの腐れ縁だ」

湊の言う通り、私と湊は子どもの頃からの腐れ縁で、よく遊んでいた。

中学生になった時、あるバレー漫画を読んだ影響でバレー部に所属して、私と湊はバレーに熱中した。

悔しい事もあったけど、湊がいれば大丈夫だと思い、諦めなかった。

その結果、高校生になった今でもバレーを続けている。

湊のおかげでバレーがもっと大好きになった。

でも別に湊に恋愛感情なんて持っていない。

ただ、いつも一緒にいると安心感があるのだ。

「俺は憧れるな~。あんなに可愛い菜花キャプテンと腐れ縁だなんて」

「羨ましいです!」

「まぁ、確かに顔は可愛いが、性格は男勝りだぞ」

「そこが良いんですよ~」

湊に『可愛い』って言われるとなんか照れるな。

そして、そのまま部員2人と湊が話していると

「もうこんな時間だし、今日の練習はこれで終わり!」

顧問の先生が部員全員に号令をする。

「「ありがとうございました!!」」

一斉にバレー部員達が、精一杯の挨拶をする。


部活が終わり、部員達が各々後片付けをしている。

私はボールの後片付けをしている時、

「あ、あの……」

と、後ろから声を掛けられた。

「ん?」

気になった私は、後ろを振り返る。

そこには、今年から入部した女の子のつむぎちゃんが居た。

「紬ちゃん、どうしたの?」

「菜花キャプテンと湊キャプテンって、付き合っているのですか?」

紬ちゃんも噂を信じてるみたいね。

「あくまで噂よ。私と湊は、ただの腐れ縁」

そう言うと

「良かったです……」

紬ちゃんが胸を撫で下ろしながら言った。

彼女は、そこまでバレーが上手ではないが、素人よりは上手な方だ。

新入部員募集の時、紬ちゃんが『入部します!』と言ってきた。

理由を聞いてみると

『バレーに熱中して取り組んでいる湊先輩に憧れたからです』

と、胸を抑えながら言っていた。

そんなに湊の事を思っているのね。

「まぁ、そういう事だし紬ちゃんも手伝って」

「は、はい!」

彼女と2人で、後片付けをする。


「ふぅ~こんなものかな。紬ちゃん、手伝ってくれてありがとね」

「いえいえ、私なんてキャプテンの足手まといで」

彼女は、感謝されるといつも手を横に振りながら返してくる。

普通に感謝を受け入れていいのに。

まぁ、彼女はそんな性格の子だから良いんだけど。

「足手まといじゃないよ。素早い瞬発力でボールを相手コートに入れる。とても頼りがいがあるわ」

「キャプテンにそんな事言われるなんて……私、生きてて良かった……」

そんな、大袈裟な。

「さて、終わったしそろそろ帰ろっか?」

「は、はい!」

そうして私達は体育館を出て、女子更衣室に入り、着替える。


帰り道。

『俺、用事あるから先帰ってて』

湊からLINEが来た。

『何よ。用事って』

そう返信すると、すぐに既読がついた。

『言っていいのか分からないけど……、一応菜花に伝える。実は、東雲しののめさんに呼び出されて』

東雲さんというのは、紬ちゃんの事だ。

紬ちゃん……湊に何の用があるんだろう?

『分かった。じゃあ、帰るね』

『うん、ごめんな』

湊に言われ、私は帰る事に。

それにしても、何だろう。






入浴中。

防水ケースのスマホをイジっていると、 LINE通知が来た。

湊かな?

そう思い、LINEを開くと

『菜花キャプテンに裏切られた気分です』

紬ちゃんからだった。

『どういう事?』

意味が分からず、返信する。

既読はついたが、一向に返信が来ない。

あの紬ちゃんが既読スルーなんて……。

私は、浸かりながら待つ。

何分経ったか分からないが、やっと通知が来た。

そこには……


『ごめんなさい』

という意味深な言葉が返ってきた。

『紬ちゃん?』

それから、紬ちゃんの返信は途絶えた。


お風呂から出て、パジャマに着替えて、髪をドライヤーで乾かしていた。

その間、紬ちゃんの事を考えていた。

何故、謝ったんだろう……。

紬ちゃんの身に何かあったんだろう…。

そういう疑問が頭の中を駆け巡る。


乾かし終わった私は、自室へと入る。

すると、

突然、着信音が鳴った。

誰だろう?

見てみると、『ミナト』の名前が。

こんな時間にどうしたんだろう?

電話をかける。

『やっと出た。菜花、こんな時間にすまない』

「湊、どうしたの?」

私が聞くと、

『取り返しのつかない事になった……』

湊が落ち込んだ声音で言った。

「一体、何があったの?」

『実は……東雲さんに告白されて……』

「告白!?」

『うん、好きです。付き合って下さいってストレートに告白されて……』

紬ちゃん……頑張ったんだね。

『それで?』

『俺、好きな人がいるんだって断った』

断ったんだ……。

もったいない……。

それにしても湊の好きな人って……。

『それで、東雲さんが……泣きながら走っていって……追いかけたら、彼女が……階段から落ちて……血を流しながら死んでいた……』

「…………」

有り得ない状況にもかかわらず戸惑う訳が無く、むしろ衝撃すぎて言葉が出ない。

『俺のせいで……東雲さんが……』

「いいえ、これは誰も悪くない。不慮の事故よ」

『でも……俺……どうしたらいいのか……』

慌てる湊。

そして私は、何故か冷静だ。

理由は分からない。

ただ、上手く状況が飲み込めないのだ。

『菜花に伝えてちょっとすっきりした。もう……こんな時間だし、そろそろ寝る』

湊が電話を切りそうなので、私はそれを止める。

「切らないで聞いて欲しい」

『……』

「さっき、紬ちゃんからLINEが来たんだ」

『……え?』

私は、さっき起きた事を全部湊に伝えた。

『それって……東雲さんの……幽霊?』

「多分そうだと思う。そして、紬ちゃんは私の事を恨んでいる」

『……さっき、誰も悪くないって言ってただろ?』

「そうは言ったけど……LINEが来たって事は多分……」

『……菜花は、気を付けた方がいい。警戒しながら過ごそう』

「分かった」

そして、私は気になった事を聞く。

「そういえば、湊の好きな人って誰?」

別に湊の事が好きではないが、一応気になるから聞いただけ。

すると、

『ど、どうでもいいだろ!!』

そう言って、電話を切られた。

恥ずかしがってるという事は、まさか……。って、考えすぎか。






翌日の学校は、紬ちゃんが亡くなった事で話題になり、パニックになっていた。

そして私と湊は話さなくなり、気まずい空気になっていた。

それから数ヶ月が経った。

清雲高校は、桜木菜花と戸田湊が付き合っているという噂から、夜な夜な紬ちゃんらしき幽霊が動いているという噂に変わっていた。

その噂が本当かどうか確かめる生徒が多くなっていき、清雲高校の都市伝説化していた。

そんなある日、

「菜花、一緒に紬ちゃんに謝らないか?」

湊が切り出してきた。

「やっと話せるようになったね」

そう言うと

「まぁ、結構経ったしな」

湊は何故か目を逸らして言った。

「何? 私、悪いことした?」

「いや、菜花は悪くない。俺が……悪いだけだし……」

湊はまだ自分を責めている。

「だから誰も悪くないって。ハァ……」

本当に湊は、引き摺るんだから……。

「うん、いいわ。私も謝りたかったし」

そうして私達は、深夜の学校で紬ちゃんに謝る事になった。






紬ちゃんの幽霊は、深夜の体育館で動いているらしい。

でも、何故動いているのだろう。

不審に思いながら、体育館に入る。

昼間と違い、深夜の体育館は不気味だ。

「本当に現れるの?」

「みんな、ここで見たって言ってたし」

みんなの証言はそれぞれ違っていた。

例えば、体育館倉庫で見た人、ステージで見た人、深夜の練習中に後ろに立っていたのを見た人。

体育館の何箇所で紬ちゃんの幽霊は動いている。

「よし、一時間待とう」

「一時間? 長くない?」

「東雲さんは、内気な性格だからすぐには現れないだろう」

「よく知ってるね」

「バッ……! くっ、女バレ部員の様子も見てるからな」

湊は、バカと言いたかったのだろう。

そうして私達は、一時間くらい待った。

その間、湊にずっと言いたかった事を聞いてみる事に。

「湊は、紬ちゃんに告白された時どう思った?」

「……最初は驚いた。俺のことが好きだなんて……。でも薄々気付いていたんだ。彼女は

試合中、俺をずっと見ていたからね」

「そうなの?」

「あぁ、俺に気があるのかと思って……俺と目が合ったら、すぐに目を逸らすし……」

やっぱり……。

「紬ちゃんが好きなんでしょ?」

「何故そうなる──」

「2人付き合ったらベストカップルだなぁと思ってた」

「んな訳──」

「ねぇ、何で断ったの?」

「それは──」

「教えて!!」

「好きな人がいるんだよ!」

「好きな人? 誰それ?」

「………」

「どうでもいいとかじゃなくてちゃんと教えてよ!」

そして沈黙の後、

「お、俺が好きな人は─お前だよ!!」

湊は、大声で言った。

「え?」

「キャプテン同士でただの腐れ縁。それだけの関係だった筈なのに、好きになったんだよ!」

ウソ……。

「言いづらくて……あまりお前と話せなかった……。でも、ようやく言えた」

そして、湊は

「俺と付き合って下さい!」

と、私に向かって堂々と告白した。

「もっと状況を考えて──」

その時……


「ユルサナイ」

突然、後ろからそんな声が聞こえてきた。

振り向くと、そこには……

「つ、紬ちゃん!?」

紬ちゃんの幽霊が現れた。

「ユルサナイ……ユルサナイ」

ぶつぶつと呟く幽霊。

「み、湊! 紬ちゃんに今すぐ謝ろう!」

「で、でもどうやって?」

「土下座でも何でもいいから早く!!」

「う、うん」

そうこうしている内に、幽霊が動く。

足元を見てみると、殆ど足が動いていないように見える。

だから動く幽霊なんだ……!

ゆっくりと近付いてくる幽霊に怯える私達。

「ユルサナイ……ユルサナイ」

恨みに満ちた声が体育館中に響く。

身体中から変な汗が流れてくる。

そして、

「「ご、ごめんなさい!」」

と、私達は幽霊に謝る。

それでも「ユルサナイ」という声が鳴り止まず、ゆっくりと近付いてくる。

それに耐え続けるしかない。

とうとう体育館の隅に来てしまった。

逃げ道はない。

詰んだと思った瞬間、

「実は……東雲さんが告白した時……俺、 どうしたらいいか分かんなくて……断った、

けど……あの後、友達ならいい……って言おうとしたんだ」

と、しどろもどろになりながら湊は本当の事を言う。

その時、幽霊が止まった。

「東雲さんみたいな人と友達になったら……楽しいのかなって思ってさ」

湊が続けると、

「ワタシジャナクテ、ナナカキャプテンガイル」

幽霊が言った。

それでも湊は、言い続ける。

「俺と菜花はずっと仲良しで、友達みたいな関係だけど……いつも1人でいる東雲さんが可哀想で、友達になりたいと思っていたんだ」

流石、みんなに優しい湊……。

そういう所なのね。

「俺は……菜花のこと、ずっと大好きだけど……君といたら……君のことがもっと好きになれるかもしれない」

湊の『好き』という感情。

それは、私に対して『Love』だけど紬ちゃんに対して『Like』だと思う。

そう、友達として。

「紬ちゃんが私に聞いた時、噂だって言ったけど、本当に付き合う事になるとは……。私は湊が好き。そして勿論紬ちゃんもよ」

私は紬ちゃんを見て、事実を言う。

すると……


「ソウダッタンダ……」

紬ちゃんの目から、涙が。

「もっと早く言えば良かったね。ごめんね」

「本当の事言えなくてごめん。俺が不甲斐ないばかりで……」

私達は、誠意を込めて謝罪する。

土下座ではなく、お辞儀で。

「キャプテン、ゴメンナサイ」

紬ちゃんも泣きながらお辞儀で謝る。

そうして紬ちゃんの幽霊は、消えていった。

「ハァ……ハァ………」

「疲れた……」

私達は、その場で座り込む。

やっと……終わった……!


体育館を出て、校門前へと歩く。

そこで湊が

「で、返事はどう?」

と、聞いてきた。

「ふふっ言ってなかった?」

「え? どこで?」

「ホント鈍感ね。まぁ、私もだけど」

私は意を決して

「湊、大好き」

と、口付けをした。

初キスが湊だなんて想像していなかった。

でも、こんなに優しい湊とならいいか。

満点の星空と月明かりに照らされた2人のキスは、とてもロマンチックだった。

キャプテン同士の腐れ縁から始まった恋。

それは、運命的だったのかもしれない。






紬ちゃんに事実を告げ、謝った事で解決したこの都市伝説は、収束した。

だが、私には1つ悩みがある。

それは……

事だ。

最初は、偶然だと思っていたが、その子が 私達の邪魔をするようになっていき、仕舞いには、湊を奪っていった。

私の幸せな生活が……。


これはもしかして、あの子が

なのかもしれない。

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Spine-chilling story~背筋が凍る怪談話~ 結木 夕日 @yuuhi_yuuhi17170

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