第38話

二人は終始無言のまま保健室まで着いた。


「案内ご苦労様。じゃ、帰っていいわよ」


「いやいや、治療もしなきゃだろ」


「いいわよ!そんくらいじ——」


「いいや、これは譲れないね。他人じゃないと患部が詳細に分からない」


「……そういっても——」


「なんだ?それとも他人にされるのが怖いのか?」


「……ふん!別にそんなわけではないわ!いいわ、特別に今回はあんたにやらさせてあげる!」


「……へいへい、ありがたき幸せでございます」


「ふん!」


そう言って私は強引に席に座る。


薬品棚をあさっていた彼は、消毒液を手に戻ってきた。


「それじゃ、始めるぞ」


おもむろに彼は治療を始めた。







「ねえ、あんたはあの集団が怖くなかったわけ?」


「ん?あの集団?と言うと?」


彼は治療を続けながら言う。


「ほら、私を寄ってたかっていじめていたあの集団よ」


「寄ってたかっ——あいつらそんなことしていたのか。それは許せんなぁ」


「って!あんた気づいていなかったの!?」


「ん?だってありゃあ無理があるだろ。声もよく聞こえなかったし」


「……声が聞こえなくても雰囲気で分かるでしょ……」


「ん?なんか言ったか?」


「いや、別に?まあでもそうね。そんな鈍感なあなたなら納得かも」


「鈍感とは変な言い草だな。俺以上に鋭敏な奴などそうそういないぞ。いいか?おれは——」

「ああはいはい、分かったわ。治療を続けてちょうだい」


「っち、狭量だな」


「あん?あんたなんか言った?」


「いや別に」


それからしばし沈黙が流れる。

彼の治療の手は止まらずに動き続け、包帯を巻き終えた彼はよし、と一言呟いて、私の真正面のベッドに座った。


「……あの、治療はもう終わってるんですけど」


「ん?それがどうした?」


「それがどうしたじゃないわよ!なんで終わったにもかかわらずあんたがまだここにいるわけ!?」


「いや、俺も体育祭はさぼりたくってな。良い言い訳ができたんだよ」


「『俺も』じゃなくって『俺は』ね。私はさぼりたくってここにいるわけじゃないわ」


「まあ、どっちでも変わらんだろ」


「大いに違うわ!」







「もしよかったらでいいんだが、なんでお前がいじめられているのか教えてもらってもいいか?」


体育祭で繰り広げられる喧騒を眺めながらそう聞いてきた彼は、喧々囂々とした毎日に辟易とした顔をしていた。


「別に不思議なことじゃないわ」


「と言うと?」


「私って容姿が人より優れているでしょう?それを妬む人も多いのよ」


「なるほどなぁ、容姿かぁ。俺にはてんで分からんな」


「まあ、あんただったらそうかもね」


彼はなまじっか容姿が整っていた。


「まあでも」


「何よ、説教でも垂れようとしているのかしら。それだったら——」


「あー、いや、違う。つまり、あれだ。お前の仲間も大勢いると思うぞ。いや、俺はそういうのが全く分からんから仲間にはなれないが」


「なによ。そのまったくためにもならない情報」


私は鼻で笑う。

しかし、その言葉は同時に私に少しの希望を与えてくれたのだった。


あの言葉は今考えても、平凡以外の何物でもない。

しかし、同年代の言葉と言うのは同じ視点に立っているため身近さが違う。

あの言葉はよく聞く場面とは違って、息遣いが感じられた。


こんな会話をしてからだった。

彼を目の隅で追うようになったのは。

そして彼の昼食中の言葉を盗み聞き、外国人の容姿には外国人のキャラが似合うと聞いてから、こんな柄にも会わないカタコトの言葉を使うようになったのは。







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後書きです。


朗報があります。

最後が決まりました。

まだ書いていませんが。

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