第32話
鮭が具のおにぎりをむしゃむしゃと食べる。
おかしいな。
おにぎりってのは海苔のパリパリ感も一つのアクセントのはずなのに、このおにぎりはへにゃへにゃしてらぁ。
そこに来て家庭料理の限界を思い知らされる。
まあ、絶望的にまずいというわけではないが、かといって目が飛び出るほどおいしいとも思わない。
ああ、平凡なんだなぁ。
そんなことが痛切に感じられる。
「して五条」
荒木幸助が問う。
「なんで俺だけ地べたなんだ?」
沈黙を破ったはずの彼の言葉を、俺は蔑む。
俺としてはお前の今の状況は様になっていると思うがね。
硬いコンクリの地面に胡坐をかく姿は、まるで座禅を組むブッタのような威圧感が感じられなくもないだろう。
ああ、恐悦至極の至りだな。
ブッタの尊厳と似たものを、一生のうちに経験しちまうなんて。
まあこんなことを言ったって、彼らからは嘲笑されるだけだというのが目に見えてわかるわけで、遺憾ながら、そう、誠に遺憾ながら俺はこう答えた。
「お前の席ねぇから」
「いやなんでだよ!さっきまで俺がお前の場所に座っていたはずだろ!さっさと変わ!……らなくてはいいぞ。うん、そのままでいい。俺は地べたが似合う男だからな」
一瞬隣から不穏な空気が流れたような気がして隣を見てみたが、みんな笑顔でこっち側を向いていたので気のせいだろう。
「そう言えば、私たちが好きな人、見当ついた?」
そう言って何やら含みのある微笑みを俺に向けるのは宮前佐奈。
その言葉を端緒に辺り(と言っても辺りには俺達しかいないのだが)が水を打ったように静まり返った。
「あー、残念ながら皆目見当もつかなくってな」
俺は幸助に聞こえない程度の声量で——
「幸助にはもう誰が好きか話しているのか?」
——こう言った。
「うん、もう話してるからそんな憚らなくって大丈夫だよ」
「そうか、じゃあ幸助に聞こう」
俺は幸助の方を向く。
「あ、あー、して幸助。女子たちの好きな奴は誰なんだ?」
すると幸助はちらりと女子たちの方を見てこう言った。
「あー、残念ながらそれは俺から言えることじゃないな」
「なんでだよ」
「ん?まあそれは……あー、あれだ、自分で解決した方が楽しそうじゃないか?」
「いや全然。だからさっさと——」
「まあとにかく!俺からは何も言えないってことだ。ただし!ヒントは……」
そう言って幸助がまたちらりと女子たちの方を見る。
そしてこう続けた。
「そうだな!ヒントをやろう!あいつらの好きな奴は俺と近しい関係の奴だ!」
「近しい?それっていったいどれくらい——」
「あー、親友だな」
「親友か。随分と親密だな」
「いや、あっち側がどう思っているかは分からない。ただ、俺からしたらそいつは親友だ」
正直に言おう。
俺は別に女子たちの好きな人が誰なのかということにはそこまで興味は抱いていなかった。
しかし、ここにきて、俄然、俺の心にはやる気が出てきたのである。
なぜなら、俺の親友(これを思っているのは俺だけかもしれないが)荒木幸助が「親友」と断じてしまうほどに親しい人を持っているということに驚いたからである。
確かに一瞬、俺ではないかと疑いもした。
しかし、俺が果たして彼女たちの好きな人にそぐうだろうか?
厳密に言おう。
平凡な奴に恋をする奴などいるのだろうか。
その答えは「NO」である。
恋というのはエキセントリックを競う場なのである。
そこに平凡で、自分磨きもしない、怠惰な俺が入り込む余地はないのだ。
そう、現代であれば少し努力すればエキセントリックを顕現させることができる技術がある、知識がある、人間がいる。
なのに俺は何の努力もしてこなかったレイジーな人間なのである。
しかし、そんな人間であっても、俺からしたらではあるものの親友と呼べる友ができた。
そんなときに、その友が、即座に「親友」と呼べてしまうような人間が現れ、俺は嫉妬をした。
……いや、語弊があるかもしれない。
俺とあいつの友情は、俺は深いと思っていたのだが、案外あいつはそうは思っていないのかもしれない。
それに恐怖した。
確かにこう考えると理由は不純だ。
しかし、そんな情けない人間でも動く時は動くもんである。
眠れる獅子、いや、眠れる牛、いや、眠れる子猫ちゃんが今動き出す。
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後書きです。
この作品は10万文字くらいで完結させようと思います。
まあ、もしかしたら僕の書きたい欲求がそれを上回らせるかもしれませんがね。
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