第30話

「しっかし洒落た服ばっかだな」


「そうだな、野郎どもには肩身が狭いぜ」


俺と荒木幸助は今、服屋に来ている。

何故かと言うと、女子たちの付き添いのためだ。


女子たちは皆更衣室に入っていて、それが終わるまで暇な俺たちはその近くの椅子に腰かけているという状況だ。


しかし、俺達にはこの後、女子の服装を批評するという重大任務が待っている。

その為、鷹揚としてはいられないのだ。


「で、この後どこ行くんだっけ」


そう俺に訊いてくるのが荒木幸助。


「知るわけないだろ。俺たちはあくまで女子の付き添いなんだから」


当然俺にはそれがわかる由もなかった。


「だよなぁ」


そう言って荒木幸助は女子たちが入っていった更衣室へと向き直る。


刹那、更衣室のカーテンが開かれる。

そこにいたのは突飛な格好をした(俺はファッションに精通してはいないため、このようにしか形容しがたかった。)女子三人組だった。


「ど、どうかしら」


そう、少し頬を赤らめて俺たちに訊くのが雨森由奈。

その他の二人も同様に頬を赤らめ俯き加減である。

そんな三人の様子に出た野郎どもの言葉は——


「「悪くないと思う」ぞ」


案外そっけなかった。


俺はファッションについて精通していないから仕方ないな。

責めるなら、先ほど嫌というほど女子の株を上げた幸助を責めろ。







それからの三人は、それぞれ足の向くまま気の向くままショッピングモールを歩きつくした。

 万年帰宅部の、不甲斐ない野郎どもにとって、歩き回るなどという禁忌は油断していなくとも大敵であったし、何より目まぐるしく変化する周りの景色は、それだけでも心労となった。

 

 しかし、それは、確かに最中にいるときは終わりのない地獄のように感じられるが、ちゃんと終わるものなのである。

 

 つまり、どういうことかと言うと、俺たちは各々帰宅することになった。

 

 電車に揺られる彼女たちの顔を見るとどこか満足気である。

 

 それはそれはいいこった。

 俺たちがここまで疲れた甲斐があったってもんだ。

 

 一人、また一人と各々が帰っていく。

 あの海水浴の時と同じく、いの一番に抜けた荒木幸助の、あの気持ちの悪い笑顔は思い出すだけで蛇蝎に等しいものを感じるが、それでも、車窓から見える夕暮れは日々が秩序だって過ぎ去っていくということを感じさせてくれ、ふと、年甲斐もなく俺も成長したなぁとませた考えを持ってしまう。

 

 海水浴の時を思い出していただければ分かると思うのだが、俺と宮前佐奈の帰り道は途中まで同じわけで、そのため俺たちが車内に残る最後の二人となったのだ。

 

 と言っても、万年コミュ障な俺には彼女と今日の出来事について花を咲かせるということはできないわけで、ただただ二人は沈黙しているのみだ。

 

 そしてそのままずるずると帰り道まで来てしまったわけで、ここまで来たら俺も何とかしなくてはと奮起しなおしてこう話しかけるわけだ。

 

 「今日のショッピングモール、楽しかったか?」

 

 「……うん」

 

 俺はすっかり往生してしまった。

 何せ彼女は俺の渾身の一撃を、その鉄壁の防御で守り通してしまったのだから。

 

 つくづく、女心とは分からないものだなぁと感嘆する。

 もし俺に勇気があるならこう聞いてやりたいね。

 おい宮前さん、あんたは俺と喋りたいのか喋りたくないのか、どっちなんだいと。

 

 「まあ、あれだ。そうか、楽しめたんなら良かった。それなら俺もこんなに疲れた甲斐があったってもんだ」

 

 「……うん」

 

 おいおい宮前さん、そんな鉄壁の防御を振り回してどうするんですか。

 そんな物騒なものを振り回していちゃあ、防御に全振りした例の方だって尻尾を巻いて逃げ出しちゃいますよ。

 

 当然俺にはそんなことを言う権利も、資格も、ましてや勇気なんてないわけで、口をつぐむだけなわけだが。

 

 ええ、俺もたまには思いますよ。

 巷では『嫌われる勇気』だの『言う勇気』だの喧伝される中で、俺もそんなものを持てたらなぁと。

 でも、凡人の俺には『嫌われる』だの『思い切って言う』だのという非日常は縁遠いわけで、そんなことができるのは一部の優秀な人間だけでしょうよ。

 

 「しかし、もう真っ暗闇だな。家まで送るか?」

 

 「……ううん、大丈夫」

 

 そりゃあ凡人な俺がついていても——

 

 「樹君は、前のあれを何とも思っていないの?」

 

 「……前のあれ?というと?」

 

 「ほら、海水浴の時の」

 

 「ん?ああ、あれか?あの、宮前がナンパされてた——」

 

 「ううん、違う。ほら、あれ。一緒に帰ったときの」

 

 「一緒に帰ったとき?……ああ、あれか?あの、踏切のところで言った——」

 

 「そう!それ!樹君は何とも思ってないの?」

 

 「何とも、と言われてもなぁ。聞こえなかったし」

 

 「……そう、聞こえてなかったんだ。……私ってつくづく不運だなぁ」

 

 「ん?なんか言ったか?」

 

 「いや!別に何も!」

 

 それっきり彼女は思案するように黙り込んでしまった。

 そしてしばらく沈黙が続く。

 矢庭に彼女はこう言いだした。

 

 「知りたい?なんて言ったか」

 

 「ん?ああ、まあ、知りたいってほどでもないが、教えてもらえるなら——」

 

 「私たち、幸助君が好きなように見えるでしょ?」

 

 「ん?まあな、っていうか、宮前に関してはあの時——」

 

 「それ、違うよ」

 

 「違う?嘘ついてどうす——」

 

 「ううん、嘘じゃない。私たちが好きな人は他にいるの」

 

 「ほかに?じゃあ、いったい誰に——」

 

 「じゃあ私!この辺だから!」

 

 そう言って、前回と同じように駆けて行く。

 途中でくるりと俺のほうに向きなおると、大声でこんなことを言った。

 

 「ヒントは“身近な人”だよ!」

 

 そう言って彼女は駆けて行ってしまった。

 近所迷惑では済まない沙汰である。

 

 これにて、俺の、濃密と言えばまあ濃密な、かといって平凡と言えば平凡な、どっちつかずな夏休みは終わった。

 残りの日々は宿題に追われながらあわただしく過ぎたのみである。








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後書きです。


旅行してました。


旅行中に書いたら、文体がキョン(涼宮ハルヒの憂鬱の主人公)みたくなってしまいました。

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