第27話

卓球も終わり、周りも寝静まった夜、俺はなかなか寝付けず(ホテルのベッドで寝るのにはなかなか苦労するタイプなのだ。)、少し外の自販機に行って涼むことにした。


静謐なホテルの、間接照明で目にも優しい廊下を歩いてカーペットでふかふかとした階段を降りると、自動ドアに夜勤をよろしくさせ、外に出た。

外は月が映える暗闇で、むしろ点々とつく街灯は暗闇を際立たせていた。


少し下ったあたりに自販機があったはずだ。

俺は微かな記憶を思い起こすと、坂道をそのまま下っていった。


そこにいたのは見知った人物だった。

もちろん皆にもなじみがあるだろう。

金髪で不良の、第一人称が「俺」と男勝りな少女と言えば皆さんも分かってもらえるだろうか。


俺は、別にここで無視するほど関係が冷え切っているわけではないので話しかけてみた。


「よう、向坂」


「ん?ああ、五条か」


「どうしたんだ?こんなところで」


「……いやぁ、なんかなぁ。世の中って辛いんだなぁって」


「おいおい、いまだモラトリアムで自由も比較的あるお前が言ってやんな。お前がそんなこと言ったらブラック企業勤めで、行き帰りの電車の中では痴漢冤罪にあえぐサラリーマンはどうなっちまうんだ」


「ああ、俺もそれは重々わかってんだ。俺以上に苦しい奴だっている。それがここってことくらい」


どうやらふざける気分ではないらしい。


「おいおい、どうしちまったんだ。そんなに悩むなんてお前らしくもない」


「それもこれもお前のせいなんだけどな」


「ん?なんか言ったか」


「……いや、何でもない」


それっきり、彼女との間には沈黙が流れる。

キリキリとコオロギのなく声がする。


「……昔の人ってのは奥手だったんだろうな」


彼女が突然そんなことを言う。


「ん?どういうことだ?」


「いや、ほら、昔の人は『I love you. 』を『月がきれいですね』って訳してたっていうのはよく聞く話だろ?」


「ああ、そうだな」


「それを聞いた当初は散々馬鹿にしてたけど、それもだんだん苦しくなってきたんだよなぁ」


「ほーん」


「……俺は不良だからな」


「ん?なんて?」


「ああ、いやなんでもない」


それっきり彼女は口を閉ざす。

俺はこれ以上彼女の悩みに立ち入っていいのか否かで逡巡していた。

かと言って立ち去る気分にもなれず、ただただ月を見ては彼女がどのような真意で発言したのかを熟考するのみだった。


「なぁ五条、お前はどう思う?」


「……何がだ?」


「……あー、あれだ。つまりその、例えば、例えばだぞ?不良が人を好きになることってありだと思うか?」


「まあ、ありだとは思うが、相手側からしたら少し怖いだろうな」


「怖い、怖いか。……そうか、そうだよな。……よし!——」


「あー、ただ」


「ん?ただ?」


「ただ、だからと言ってその不良が相手を諦めるのは違うと思うけどな」


「……おかしくないか?だって、相手側は怖がっているんだぞ?」


「それは不良の魅力に気づいていないからだ。現に、俺はほら、お前を友達、いや違うな、親友だと思っている。こんな平凡な高校生がだぞ?だからつまり、俺の言いたいことは……ああ、そうだな。不良はスタートが出遅れたに過ぎないってことだ。それで諦めるのはちょっと違うと俺は思うけどな」


「……そっか。諦めなくって良いんだな」


気づくと手に持っていた缶は空になっていた。

おもむろに立ち上がり、空き缶をごみ箱に捨てた俺は、彼女、向坂美鈴に「じゃ」と言って立ち去ろうとする。


「待てよ五条」


しかし呼び止められてしまった。

しまった。

キリがいいから逃げ出そうと思ったが向坂美鈴に勘付かれてしまったようだ。


「なんだ」


俺はもう心残りはないだろうというような顔でそちらを——


刹那、頬に暖かな柔らかい感触が触れたのを覚えている。

そしてその後、月に照らされた向坂美鈴の、上気した顔とポリポリと頬をかく仕草、そしてそっぽを向きながらこう言ったことも。


「あー、勘違いすんなよ。これは俺の悩みを解決してくれたお礼だ。あー、でも、こんなこと誰にでもするわけじゃないからな。俺たちは、……ほら、親友、だろ?」


しばらくその場で憮然としていた俺が意識を取り戻したのは、すでに向坂美鈴がいなくなった後だった。







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後書きです。


今日は美鈴ちゃんがかわいい回でしたね。


ところで僕には、こう見えてヒロインたちをかわいく見せようという気持ちがあります。

このヒロインたちは僕の自信作です。


ここで皆様に質問なのですが、果たして僕のヒロインはかわいいのでしょうか?

というのも、世の中には雰囲気だけかわいい、女の子に迫られるという状況を楽しむためだけのヒロインというのもいます。

なんか、僕がこれを読み直した限りでは、この作品のヒロインもそれに近いように感じるのです。


もし、この中でそう思われている方がいて、さらにはその理由まではっきりとわかる方がいたら、聞いてやらないこともないんだからね!


ごめんなさい。

ツンデレに憧れすぎてツンデレになってしまいました。

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