第18話
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栗原美奈視点
「で、なぜあいつに彼女がいると?」
周りを確かめながらそう聞いてくるのは向坂美鈴先輩。
「あの人、体育祭の時に彼女と思しき人物と一緒にご飯を食べていたんです」
「ほう、なるほどな」
「しかも、話を聞いてみると、同級生でしかも『私の樹君』とも言っていたんです」
「……はぁ、なるほど。大体わかった。ただしこれは言わせてくれ。あいつに彼女なんていないぞ?」
「いや!私は直接——」
「まあ落ち着け。俺もちょくちょくあいつのことを目にしてはいるが、そんな奴の存在は確認できなかった」
「でも——」
「お前はあいつのことが好きなんだろ?」
「……いいえ、私は……あんな屑人間なんて嫌いです」
嘘だ。
私は、騙されたと感じた今でさえ先輩が好きだ。
だから、振り向いてほしくて大げさに怒ったり、ストレスをぶつけたりしたんだ。
「はぁ、まあ今の返答はそれでいい。
でもな、あいつをもっと信じてみてもいいんじゃないか?
あいつはお前のその心を引っ掻き回すような人間か?
あいつとオセロをしている時の屈託のない楽しそうな顔は嘘だったのか?
第一、 そんなくず野郎に彼女なんてできると思うか?」
その言葉が契機となり、先輩との色々な思い出がフラッシュバックされる。
初めて部活に行ったときに優しく接してくれた先輩。
少し悪い顔をしながら、私たちが暇しているのを考えてオセロを持ってきてくれた先輩。
私はオセロエンジョイ勢だったのに、先輩はオセロ専用の専門書を買っていたっけな。
先輩に彼女らしき人物がいたことは、私を深い絶望に持っていった。
でもうすうす気づいていた。
先輩が彼女を作れるほどに鋭敏じゃないってことに。
でも、正直言って悔しかった。
私のほかに親しくしている女性がいるなんてことを知って。
その悔しさが、本当は今回の悩みの種だったのかもしれない。
そうか、と私は気づいた。
私は自分勝手に先輩を傷付けてしまったんだな。
先輩は優しいからそれでも許してくれるだろう。
でも、私はそんな私が——大っ嫌いだ。
いつも先輩にオセロで負けて、ピーピー喚く私が嫌いだ。
恋のライバルができたぐらいで先輩に八つ当たりしてしまう私が嫌いだ。
そして何より——自分の気持ちに素直になれない私が嫌いだ。
でも、とも思う。
そんな私でも、樹先輩を好きになってもいいよね。
多分大丈夫なはずだ。
多分先輩なら、少し苦笑いしつつも許してくれる。
私は自分の内の気持ちが、今、紡ぎだされていくようにこう告げた。
「……私は誰にでも優しく接して惚れさせるような先輩が嫌いです。
……私はオセロエンジョイ勢に容赦なく戦術を使う先輩が嫌いです。
……そして何より、私の気持ちに気づかない先輩が嫌いです。
でも、やっぱり、それも、それ以外も、全部含めて先輩が大好きです!」
「おう、そうか」
そして向坂先輩は少しぎこちなく笑った後、遠い目で窓から空を眺めた。
夕日が向坂先輩の横顔を照らす。
そうか、向坂先輩も……
確かに、そうでなければ彼女がいるかどうかなんてすぐこの場で言えないはずだ。
「向坂先輩!負けませんよ!」
「ん?どういう意味だ?」
「そういう意味ですよ!」
そして私は逃げるようにそこから走り出す。
今なら並み居るライバルたちも怖くない。
そんな心境だ。
私の恋は、まだ始まったばかりだ。
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後書きです。
聞きたいんですが、これってシリアスに含まれますか?
もしシリアスに含まれて読みづらいというのであれば、今またこんな感じのを作っているので止めようと思うのですが……
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