第9話 キス

「クックック、今日も迷える子羊が——」


「うざい、消えろ」


「ああ!聞きましたか美鈴さん!今!この人!こんなにもかわいい後輩に向かって純粋に悪口吐きましたよ!?」


「ちっ、っあんだようるっせえなぁ。ランデブーは他でやれ」


「ラ!ラ!ラ!ランデブー!?ちょっと!美鈴先輩!こんな男を私の彼氏にしないでください!」


「あんだようるっせえなぁ、そこまで大差ないだろ」


「た!大差ない!?そ!それはつまり私たちは公認のカップルってわけで……って違う!大差ですか!?大ありですよ!お!お!あ!り!」


「そうだぞ美鈴。俺もこいつが彼女なんてお断りだ」


「ったく、じゃあどこに差があんだよ」


「そ、それはまだ時期が早いっていうか、先輩から告白をもらってないっていうか……」


へっぽこ後輩が何を言っているのかわからないので代わりに俺が応える。


「俺は全くこいつを女性としてみてない。だって見てみろ。もう高校一年生なのにまだ中二病だし、体は子供みたいだし、頭もこの高校に何故入れたのかと思うほどゆるゆるだ。

付き合っている奴らっていうのはな、互いを男と女とみて初めて成立するんだ。そういった意味で俺たちは原理的に付き合えない」


「……いや、すまん、こんなこと言わせるつもりは——」


美鈴の言葉の途中で部室のドアがバンッと開いたかと思うと、美奈が飛び出していった。


「……」


「……」


俺と美鈴の間には沈黙が流れる。


「なあ美鈴、あれって——」


「とりあえず追いかけろ」


「あ、ああ」


そう言って俺も、しばらく後にその部室を出た。







美奈はすぐ近くの自販機のベンチでうずくまっていた。


「隣、いいか?」


美奈はうずくまったまま頷いた。

俺は隣に座る。


「……」


「……」


二人の間には沈黙が流れる。


「……なんかその……ごめんな」


俺は沈黙に耐えきれなくなって口を開く。

しかし美奈は頷きを返すのみ。

まあそれで良しとして話を進める。


「確かに、お前に女の魅力がないといったのは言い過ぎだったな。ましてや俺は異性だ。より傷付けてしまっただろう」


美奈は少し間を開けてから首肯する。


「まあ俺にはお前の魅力ってのは分からないが……なんだ、その、他の奴らだったら分かってくれる奴がいるんじゃないか?」


俺は美奈の頷きを待つ。

しかし、それは返されることがなかった。

その代わり、こう返ってきた。


「……先輩はまだ気づかないんですね」


「……何がだ?」


「……もういいです」


美奈はうずくまっていたのをやめ、手足をベンチに放り出しながらなおも続ける。


「なんか、ここまで鈍感を極めた先輩の一挙手一投足に、ここまで傷ついている自分を俯瞰してみると馬鹿らしくなってきました」


見ると目は赤く泣きはらしている。


「ああそうか」


いつもなら「鈍感とは何だ!」と冗談めかして答えるのだが、この場の雰囲気が雰囲気なので簡潔に短く答える。


「……私は先輩に好きになってもらわないと嬉しくないのに……」


「ん?ごめん、聞き取れなかった」


「いえ、別になんも言ってませんよ。ただ、鈍感もここまでくると暴力だなぁと思っただけです」


「あ、ああ」


「……」


「……」


二人の間にはまた沈黙が流れる。


「な、なんか買ってやろうか?ちょうどそこに自販機あるし」


「じゃあ、一生分の愛を買ってください」


「いや重いわ。てかたかが学校の自販機になんてもの求めてんだ」


「えー、いいじゃないですかぁ。私はただでさえ先輩のせいで傷心中なんです」


「いや、本当に傷心中の奴は傷心中とか言わないから。お前はあれか?上司にさも傷心中かのように見せて有休をぶんどろうとするサラリーマンか?」


美奈は俺の突込みに対してコロコロと、先ほどとは打って変わって快活に笑う。

まあこの様子なら大丈夫だろう。

俺はなおも続ける。


「ほら、早く部室に戻るぞ。美鈴が何があったのかとドギマギしているはずだ」


「ん、先輩、その前にちょっとこっち向いてください」


「あ?なんだ?」


そうして俺が振り向くと——

——彼女の、美奈の唇が頬に触れた。


突然の出来事に頭の処理が追い付かなくなる。

いったい何が起こった?

その言葉が頭を駆け巡る。


美奈はいたずらっぽく笑ってこう言った。


「勘違いしないでくださいね先輩。これは私を傷心させた罰なんですから」







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後書きです。

新作を書こうかと思います。

と言っても、僕は二つ以上の物事を同時進行させるのが苦手な性質なので、これが終わった後など、だいぶ先になると思いますけどね。

設定としては男女比がとち狂った世界にしようと思います。

なぜなら僕がその設定を気に入ったからです。

今はプロットの段階です。

ええ、出だしは好調のように見えるでしょう。

しかし、プロットを書いて長く続いたという物語が、僕の経験上ありません。

むしろ、書く行為へのパトスが、長く続く作品よりも劣っているという何よりの証左でもあります。

まあ、もしかしたらそちらの方も投稿するかもしれないので、頭の隅に、いえ、それでは面白くないので頭の大半を占めて今か今かと悶々としてください。

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