焚火

 こんな夢を見た。


 焚火がある。木をくべていた。生木だっただろうか、やけに煙がくゆる。

「さて、どれからくんしようかね」

 隣の男は、びん底眼鏡で卓に載せた肉やら野菜やらに目を凝らし、ぶっきらぼうに一つ一つ手に取ってみせる。

ししなんていかが。ここいらは山のようですもの」

「山に猪なんか出るかい。どれどれ」

 なるほど、猪ははた荒らしだ、山には出ないだろう。さてさてと、びん底はまた生気のない眼差しで卓を漁る。そうして、節くれだった指が釣り上げたのは、蛙である。

「川が近いのでしょうね」

「ここは山だからね」

 それは当然だ。山なら川だろう。びん底は後ろ手に箱を取り出すと、蛙を吊るした。そのまま、火に掛ける。

 燻箱くんかんに違いない。木製の箱のおもてには桜の花弁が張り付いている。

「桜なのでしょうね。薫りの利くと聞きます」

 びん底はもはや応えもせず、滔々と火を掛けるばかりである。ぱちぱちと音を散らし、面の樹皮を火が飲んでゆく。

 それから、箱はとうとう口を開けるに至った。

「もう頃合いかね」

 そうなのだろう。ちょうど蛙分の穴が開くと、ふたたび節くれが釣り上げた。そして、せせらぎのもとへ提げてゆく。

「泳げるかね」

 びん底はひとりごちると、蛙は跳ね飛んで、川へ落ちる。流れてゆくようだ。

「泳ぎはしないでしょうね」

 跳ねた薫りが風に流されていた。春が近い。

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半時夢一夜 川字 @kawaza

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