反乱クリスマス

猫寝

第1話

「今のクリスマスは商業主義に毒されている」


 そんなキリスト教のお偉いさん方の言葉が響いたとかなんとかで出来上がったのが、「恋人達のクリスマス禁止法案」だ。


 静かに祈りを捧げ、家族で過ごすのが本来クリスマスのあるべき姿なのだ、と。

 それでも、このビッグイベントを逃すまいと、目を盗み二人で過ごそうとする恋人達が後を絶たない。

 それを発見し、取り締まるのが、選ばれた警察官達で組織される、「クリスマス特別監査員」 である――――


「特別監査員だ!」

 今日何度目の突入だろう。

 恋人達を本部へ引き渡した後、監査員の中村は大きく息を吐く。

「どうした中村!もうへばったのか!」

 それを目ざとく見つけ、叱咤する声が響く。

「た、隊長!すみません!」

「普段から鍛えていないからそう言う事になる!しっかりしろ!」

 小言は長々と続き、解放されたのは十分後だった。

「……はぁ~…」

 隊長の姿が見えなくなったのを確認して、再び大きく息を吐く。

「よう中村、災難だったな」

「……まったくだよ、今日の隊長やけに荒れてるし…」

 同じく隊員で、普段から親交のある飯塚が中村に声をかける。

「なんでこんな法律通ったかなぁ…仕事が増えてしょうがないよ…」

「…まあ、俺も気持ちは同じだけど、もうちょっと頑張ろうぜ」

「……だな」


「特別監査員だ!」

 もう既にその言葉にも飽きて来た頃、中村は飯塚の様子がおかしい事に気付き、声をかける。

「どうした?」

「えっ!?いや、その、あれだ。予定では、もう終わってる時間だよな?」

 時計をチラチラ見つつ、なんだか落ち着かない飯塚の様子を見て、中村はピンときた。

「お前まさか……」

 声をひそめ、呟く。

「恋人と待ち合わせしてるんじゃないだろうな…!」

「バっ…!馬鹿!誰かに聞かれたらどうすんだよ…!」

 あわてて中村の口を押さえる飯塚。

「……やっふぁりふぁ」

 やっぱりか、と中村が呟くと、飯塚はバツが悪そうに目を伏せた。

「……だってさ、もう十年付き合ってる彼女がさ、普段わがまま言わないのに、今年はクリスマス一緒に過ごしたい、って言うんだよ…それ断れるか?特別監査員失格なのは承知のうえだけどさ、彼女を喜ばせてあげたいんだよ…」

 心苦しさを隠そうともしない飯塚の言葉に、中村はそっと頷いて、ポケットから何か取り出して、飯塚に見せる。

「…それは…?」

「これは、ホテルのルームキーだよ、予約済みの…」

「…中村、お前…」

「まあ、俺も同類ってことさ。待ち合わせ時間まではまだあるけどな」

 と、その瞬間、背後に気配が…!

 あわてて二人が振り向くと……隊長が鬼の形相で立っていた。

「た、隊長!」

「す、すいません隊長!」

 確実に話を聞かれたと思った二人は、すぐさま頭を下げた。

 鉄拳制裁の一つや二つは覚悟したが、いつまで経っても、怒鳴り声さえ飛んでこない。


 それでも頭を上げられずにいると、上から降ってきたのは意外な言葉。


「私は、四十年間ずっと、自分の人生には女なんて、家族なんていらないと思って生きて来た…」


 隊長の予想外に優しい口調での語りに、二人は顔を上げる。

 いつの間にか隊長の顔は、仏が宿っているような優しさを持っていた。


「けれど、そんな自分を理解し、受け入れ、家族になりたい、と言ってくれる女性に出会った。……天使のようだった…」


 照れているのか、頬がほんのに赤い。


「その女性に言われたよ……クリスマスの日に、夜景が見える素敵なレストランで、プロポーズして欲しい…と。一生残る思い出にしたいと…!」


 隊長の目にうっすらと涙が浮かび始める。


「私は迷った!……今も迷っている…彼女のような人は、もう一生現れないだろう。私は彼女を心の底から愛している!彼女を喜ばせてあげたい。一生残る思い出をプレゼントしたい!……だが、私は特別監査員の隊長だ!どうしたらいい?…どうすればいい?」


「隊長…」


 それで今日の隊長は妙に荒れてたのか…。

 中村と飯塚は、顔を見合せ、一つ頷いた。


「隊長、行ってください、その人の所へ!」


 中村が、二人の気持ちを告げる。


「…しかし、私は…!」


「行ってください隊長!」


 三人とは違う、別の声。


「隊長!行くべきです!」「隊長には幸せになってほしいです!」「隊長!」


 いつの間にか、他の隊員達が周りを囲み、口々に隊長の背中を押す。


「皆…すまない、ありがとう!」


 鬼の隊長の目に浮かんだ涙が、部下たちの心にも温かいモノを伝える。


「行って来る!」


 そう言い残すと、隊長は全速力でその場を後にした。

 残された部下たちは、笑顔でそれを見送った……。


「…さて、じゃあ俺も…」

 飯塚が、その流れでその場を去ろうとする。

「…なら俺も行こうかな~…と」

 中村がそれに続くと、辺りから口々に「実は俺も」「僕も」といった声が上がり、最終的には殆どの隊員がその場を去り、残された者たちも、真面目に仕事を続ける気にならず、特別監査員はクリスマス当日に解散した。


 結局、同じような反乱が各地で起きて、クリスマスは恋人達へと返されましたとさ。


 良かったのか悪かったのか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

反乱クリスマス 猫寝 @byousin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ