(⑤最終戦闘配置)


 「団地大戦争」(⑤最終戦闘配置)


        堀川士朗



北側団地軍特殊部隊は籠城する南側団地の部屋に、ドアの郵便受けからM1/M2火炎放射器をグイッと押し込み、猛烈で苛烈なる火炎放射を室内に浴びせていった。

ゲル化油を使用しているので約40メートルの射程がある。

部屋の隅々まで住人ごと燃やされていく。

南側団地の至るところで黒煙が上がっている。

人間が害虫それ以下に扱われていた……。

もう、終わりが近かった……。

苔緑団地、いや、『ゴゲミドロ団地』の終焉が近づいていた……。


その惨状を窓から見て部屋を捨てて逃げる牧島恭と望月ひめの二人。

三十式歩兵銃と、残り少なくなった三八式実包だけを持って逃げる。


鈍い爆音がそこかしこで鳴り響いている。

ひめはあわてて履いてきたサンダルを履いている。

早歩きで歩く二人。

もうもうと立ち込める白煙で、ここが団地内のどこかも分からない。

あてどもなく歩く。

北側団地軍は南側団地のかなり広範囲を占領済みである。

乗り捨てられた乗用車に身を隠し、北側団地軍の監視を掻い潜る。

また歩く二人。


「恭ちゃんもう歩けないよー」

「何だよ歩け!歩け歩け運動だ!」


その時二人の至近距離に榴弾が着弾し、爆発が起きた。二人は爆風により飛ばされた。


「わっわっわっ。ご、ごめんなさい!」


辺りは砂塵と黒煙に包まれている。

さっきまで手を繋いでいたはずのひめの姿がどこにもない。


「ひめ、ひめーっ!どこ、どこ行ったの~!ひめ~。ひめちゃ~ん!わー!どこにも行かないとか言ってやっぱりどっか行っちゃったじゃないか~!ひめ~。ひめちゃ~ん!その手を離さないで的な~!」


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正午。

広い駐車場を土で小高い丘にして、そこに設えられた野砲120mm迫撃砲RT陣地。

25門による一斉射撃が始まった。

北側団地自治会長中村曹達が射撃の指揮を取る。

JM33徹甲弾は南側団地解放戦線の主要メンバーの部屋をメンバーごと次々と破砕していった。

解放戦線リーダー赤間武久もこの時に戦死した。

徹甲弾は道路という道路をオフロードへと変えていった。

避難民は南側公園内に設えられた救護テント村に力なくヨボヨボ集まるが、そこにも容赦なく榴弾が雨あられと降り注ぎ、住民らを殺害していく。

看護師の経験がある主婦たちが急場凌ぎのオペを行うが、追い付かない。

今しがたモルヒネを打った戦傷者が、狙撃手の銃撃によりその頭を吹き飛ばされ絶命し、悪態をつく女性看護兵たち。


「くそッ!助かった命なのに!助かった命なのに!あたしたちは人間だッ!虫けらじゃない!何の価値もない虫けらみたいに簡単に命を奪うのかッ!くそッ!くそッ!くそッ!」


榴弾は人間という人間を肉塊へと変えていった。

北側団地軍は解放戦線の兵はおろか、戦闘に全く参加していない民間人も次々と虫けらのように殺していった。

その判別は無かった。


チョコレートで口元をベタベタにした半袖短パン姿の30代ぐらいの男の○○ガイが一心不乱にカメラにおさめている。


「やった!ケッテ的瞬間!ケッテ的瞬間!楽しい楽しいサナトリウムのお祭り撮れタ~!」


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間断なく銃声が鳴り響く。

重装歩兵部隊が20式5.56mm小銃でもって残った敗残兵を炙り出しているのだ。

塹壕内に潜み抵抗を続ける兵にはM1/M2火炎放射器も用いられ、人間を赤黒い炭へと変えていった。

火だるまで逃げ惑う人の群れに銃弾が降り注いだ。


誰もが祈った。

神様もうやめて下さいと。

だが、無駄だった。

神など最初からいなかった。


北側団地自治会長中村曹達が声を枯らして叫ぶ。


「ここで退くなッ!和平交渉には応じん。殺るなら徹底的に殺るのだッ!南側団地の連中は一人残らず皆殺しだッ!」



誰もが、自分だけは死なないと思った。

でも、それは明らかなる妄想だった。


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視覚障がい者の女はダマスカス鋼の万能包丁を利き手に持ち、団地内の公園をさまよっていた。

次から次へと群がり来るゾンビたちを天性の反射神経で凌駕し、頸動脈のラインから首をかき斬って、また再びの死へと彼らを送り込んでいた。

公園の緑ばかりが殺伐とした状況と場違いで、上空には真昼の月が出ていた。

クレセントムーンだった。

女は叫んだ。


「あたしは全知全能ッ!あたしは生きているッ!あたしは生きているッ!嬉しいッ。こんな嬉しい事はないッ!あたしは生きているッ!あはははははッ!」


チョコレートで口元をベタベタにした半袖短パン姿の30代ぐらいの男の○○ガイが一心不乱にカメラにおさめている。


「やった!ケッテ的瞬間!ケッテ的瞬間!楽しい楽しいサナトリウムのお祭り撮れタ~!」

「何よあんたは」

「杉山です。杉と書いて山と書いて春と書いて夫と書いて杉山春夫」

「邪魔しないで、あたしを」

「美しい。とても美しい……あなたはビーナスですか?」

「はあ?」

「僕の専属モデルになって下さい」

「……良いわよ」


女の口元に笑みが浮かんだ。

美しかった。


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ここは、牧島恭の妄想世界。

上空には赤い月が出ている。

無音だ。

恭の目の前に一本のロウソクが置かれている。

牧島には覚えがない。

なんのロウソクだろう?

よくよく考えたら、これは『望月ひめとあと何回会話を交わせるかのロウソク』だった。

長くて太いロウソクだが、火が消えかかっている。


「わっ!わっ、わっ、消えちゃう!大変!」


牧島恭は両手の平で微かなロウソクの炎を護る。

爆風が吹き荒れている。

物怖じしないでロウソクを護る恭。

歩く。


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「へー。ふーん。何だもう戦闘終わり?それはそれでつまんないなー。ねー。じゃあ真打ち登場だね。事実上の決勝戦と行こう!」


広大な敷地の戦闘用ドローンのモニター管制ルームで億中要蔵は言った。

彼はピンクの寝間着を着て、また国内最高級の生プリン一個5000万円のものを食べていた。

お代わりもしていた。


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北側団地軍の特殊部隊の隊員が南側団地解放戦線の本拠地6号棟の屋上に旗を掲げた。

北側団地軍の完全勝利と思われたが、突如参戦を表明した億中要蔵のオクナカコーポレーションアーミーが北側団地軍を皆殺しにしていく。

オクナカ兵はみなジェットスーツを装着し、時速150キロの高速で空を自在に飛び、北側団地軍をへッケラー&コッホ製の最新式自動小銃M27-IARで狙い撃ちした。

丁寧に一人一人ヘッドショットで確実にとどめを刺していった。

あれよあれよという間に北側団地軍精鋭の兵士ですら殺害されていった。

軍備が段違いで違った。

MLRS、多連装ロケットランチャーを搭載した戦闘用ドローンのスカイレンジャー2改とMQ-9が北側団地軍の野砲部隊と16式機動戦闘車キドセン部隊を殲滅していく。

装甲のもろい上部を狙われた。

北側団地軍総司令官中村曹達は野砲陣地で戦死した。

指導者を失い、圧倒的兵力差に諦めた老人たちが大人しく武器を捨て投降すると、億中要蔵の私設軍隊、オクナカコーポレーションアーミーのジェットスーツ兵は老人たちを団地の壁に並ばせて端から順番に射殺していった。

頭と心臓を撃たれ、老人たちは膝から崩れ落ちて絶命していった。

血肉が弾け飛ぶ。

オクナカコーポレーションアーミーは実に効率的にスマートに、団地の人間を殺戮していった。

億中要蔵会長は元より捕虜など取る気はなかった。彼にとってそれは使い古したおもちゃをポイポイとゴミ箱に投げ捨てる感覚に近かった。

もう、飽きたのだ。

このくだらないおもちゃに。


午後三時きっかり。

オクナカコーポレーションアーミーは撤兵した。

何か前もって連絡があったかのように。

一斉に。


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風が消えた。

不吉だった。

一切の死を予兆するかのように、風が消えた。


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東京湾に停泊したミサイル巡洋艦『おくなかようぞう』から艦対地ミサイルが発射された。

飛行速度マッハ0.69で撃ち出されたそのミサイルの側面には、「暗殺者の鉄槌―戦術核ミサイル―」と大書されていた。

命中精度誤差10メートルの飛翔体は一直線に、巨大な壁によって周囲を覆われた東京都宇達区苔緑団地へと飛んでいく。


隣接する山浜区の川沿い。

自転車の後ろに乗った三才くらいのこどもが上空のそれを見て、無言で指差している。


閃光。


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望月ひめは廃墟の下に立っていた。

お腹に手を当てている。

やがて牧島はそれに気付いた。

白い廃墟の砂礫に照らされて、望月ひめは輝いていた。

牧島恭と望月ひめの二人は瓦礫の下で結婚式を挙げた。

牧島は望月ひめの薬指に、どこかから転がってきたステンレス製のナットの指輪をはめる。

指輪はぴったりとはまった。


「恭ちゃん」

「え?」

「私、赤ちゃん出来たかもしれない」


ひめが微笑んだ。


しゅるしゅるしゅるしゅる。

奇跡的に射し込んだとても綺麗な光の帯が二人を優しく包んでいる。

二人の背中には、天使の白い羽根が生えている。



          THE END



 (2021年3月28日執筆)

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団地大戦争 堀川士朗 @shiro4646

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