(④第四戦闘配置)


 「団地大戦争」(④第四戦闘配置)



         堀川士朗



南側団地解放戦線が反撃に転じた!

団地数、住民数、すなわち総兵力で言えば解放戦線の方が北側団地軍よりも数が多い。

解放戦線リーダー赤間武久は特殊部隊を率いて、サイレンサーを着けた「ブラックライフル」の異名を持つM-16アーマライトを用いて夜襲をかけ、北側の公園に展開する野営テントの戦力を各個撃破していく。

駐車場で行っていた日頃の精密射撃訓練が功を奏した。

瞬殺。無音。

バタバタと倒れる敵兵。

赤間武久は血のように赤いバンダナを頭と首に巻いている。

それが強風に翻っていて、彼の男のロマンを否が応でも掻き立てている。

軽く勃起している。


「みんな、ご苦労だった!今夜の大勝利はやがて来たる完全なる戦勝への大いなる一歩となるであろうッ!」


リーダー赤間武久は特殊部隊の隊員たちの功を労う。

多大なる損害を与え、ボディカウントノルマを果たし、夜陰に乗じて彼らは撤兵した。

明日は南側団地ふれあい公民館で大勝利を祝っての焼き肉パーティーが開かれるであろう。


会費制で。


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「ああヒロポンでも打ちてえな。俺のひいじいちゃん日本軍だったからガダルカナルの戦闘前にヒロポン打ってたってよ」

「アキヒト、ヒロポンてなに?」

「シャブ」

「飛べるんじゃね?」

「マジすげんじゃね?」

「シャブじゃね?」

「飛びます飛びますじゃね?」

「シッ。来たぞ、奴らだ」


出前迅速の三人は、ダサいR&Bをかけながらスクーターに日本刀を横に固定して差して加速をかけ、ゾンビ老人たちをスライサーの要領で腰の辺りから真っ二つにする。


「グロくね?」

「なんだよ、豆腐みてーじゃねぇか。加速つけりゃ意外と簡単じゃね!」

「おれら最強じゃね?」

「おれらサムライじゃね?」

「じゃねじゃね?」

「おれらラストの方のサムライじゃね?」

「じゃねじゃねじゃねじゃね?」


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苔緑団地16号棟502号室。

牧島恭が液晶タブレットで絵を描いている。腹が鳴っている恭とひめの二人。


「見て見て恭ちゃん冷蔵庫が見事になんもないわよ」

「あらら。まあ物流が完全にストップしてるからね。厚い壁で覆われちゃったし」

「うん」

「ねえ。この団地の外の人たちって僕らの事どう思ってんのかな?電波も通じないからSNSの意見が分からない」

「え?」

「馬鹿同士勝手に殺し合えとかそう思ってるんじゃなかろうか。なかば楽しんで」

「うん。当事者じゃないから完全に他人事だよね。同じ日本人なのに」

「はあ、お腹すいたなぁ」

「ねー」

「もうレトルトのカレーしかないよ」

「飽きたわねレトルト。またサンマの開きが食べたい」

「うん。食パンが食べたいよ。刺身が食べたいよ。トマトサラダが食べたいよ。生鮮食品!生鮮食品!」

「食べた~い、トマトサラダ食べた~い!塩レモンのドレッシングかけて」

「ねぇひめちゃん」

「ん?」

「何でそんなブスなの」

「殺すぞ」

「ひめちゃんが河口春子みたいな顔してたら良いのに」

「恭ちゃんが横山流氷みたいな顔してたら良いのに」

「ううう。ごめんなさい横山は無理」

「あらどうしたの?その絵」

「え、うん。思いきって絵柄を変えてみたんだよ。劇画調のメカウサギに。この子はショスタコビッチ三郎太って言うすごいメカニックな機械のウサギで……」

「そんな事して大事な貴重な顧客減ったらどうすんの!」

「え。え。え。だ、大丈夫だよ」

「大丈夫じゃない!その絵気持ち悪い!前のかわいい絵に戻せ!戻せハゲ!その気持ち悪い絵を消しちゃえ!」

「なにを~!て~い!」

「おっと。今日はイチャイチャパラダイスは無しだよ」

「やだよ~!ひめちゃ~ん!て~い!」


牧島恭は望月ひめを強く抱き締めて押し倒した。

夜が更けていく。

イチャイチャパラダイス。


牧島恭は、メンヘラで小動物を思わせるひめの事を殴りたいと思っていた。急に襲いかかってフライパンで頭を殴りたい衝動に常に駆られていた。

その衝動には理由がなかった。

殴る代わりに抱き締めて、愛した。


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翌朝。

意を決した表情の牧島恭。

腕まくりしている。

不安そうな望月ひめ。


「食糧を調達してくるよ、ひめちゃん。このままじゃ二人飢え死にだ」

「まだあるかなスーパーマルクスに」

「分かんない。でも行ってみる」

「そう、気をつけてね。恭ちゃんが死んだら私やだよ」

「うん」


牧島恭は丸腰だ。

平和主義者の彼は武器供与には及び腰で受けないでいた。

そしてそれをとても後悔していた。

スーパーマルクスまでの距離はおよそ350メートル。

ゾンビが。

ゾンビが大量にいた。

肌は腐りはて、眼は真っ赤に充血し、エラ呼吸で『ウバ~ウバ~』と呼吸している。

エラからは汚い血がドクドクと流れている。

牧島に気付いて近寄って来るゾンビたち。

散発的に銃声が鳴り響いている。

北側と南側の軍の戦闘も各所で行われており、白い煙が上がっている。


当然の事ながら何の策も武器も持たなかった牧島恭はゾンビに囲まれた。

行く手を阻まれ、退路を絶たれてもう前にも横にも後ろにも逃げられない。

その時、プシュッ、ボスッという音がしてゾンビの脳天が破壊された。

牧島を取り囲んでいた10体あまりのゾンビ老人たちは頭部を撃たれ、次々と膝から崩れ落ちて活動をやめた。

ふと、見上げると団地の屋上に誰かいる。

ゆっくりと降りてきた。

半田猟兵だった。


「あんちゃん危ないところだったなぁ。南側団地か?なら俺の味方だ」


牧島はゾンビから助けてくれたお礼に、住む家を失くした半田猟兵を二人の部屋に住まわせる事にした。


「その代わり、半田さん。僕に銃の撃ち方を教えて下さい」


●●●●●●●●●●●●


半田はサブウェポンとして燃える部屋から運び出していた三十式歩兵銃を牧島に貸し与えた。

毎日のメンテナンスでとても手入れが行き届いている。

今日はそれを使って射撃訓練が行われた。

乗り捨てられた自動車がターゲットだ。

半田の所有する三八式は貫通力が高く、弾道も安定している。


三八式歩兵銃。

第二次大戦時、そのあまりのライフル性能の良さに陸軍の後継機種、九九式小銃の開発が遅れたのは有名なエピソードだ。

少し形落ちの三十式も悪くない。

結果に満足し、この日の訓練を終えて自宅に戻る二人。


「酒はないかな」

「ないです半田さん、僕あんまり飲まないから。料理酒しかないです」

「それで良いよ。手が震える」

「もう」

「ああ、あんたら結婚はしとらんのか?」

「ええ。僕ら二人、籍は入れてません。これで子供でも授かれば別なんでしょうけど……」

「結婚した方がええ。あのな、戦地では物事が身近に感じられるんだ。そして感じ始める。生きた証が欲しくなるんじゃ。男でも、女でも、生きた証を伝える存在が欲しくなるんじゃ。早く結婚した方が良い。わしはそう思うよ」

「そうですか」

「ああ」


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半田と牧島のゾンビ狩りが始まった!

スーパーマルクスの周囲、広い駐輪場には20体ほどのゾンビがたむろしていた。

プシュッ、ボスッ、ビスッ!

半田猟兵が照準を定め、冷静で無駄のない指の動きで撃鉄を引き、1体ずつ確実に仕留めていく。

ボルトアクションの所作に一切の無駄がなく、まるで最新の機械のような動きで射撃から次の射撃姿勢に移るまでの時間が恐ろしく短い。

彼は103歳だ!

老いてなお洗練された半田の狙撃手としての資質が如実に表れていた。

牧島も五発入りのマガジンをひとつ使ってようやく1体殺った。

施錠されたガラスドアを銃尻で壊して店内に入る。

暗い店内。

食料棚は生鮮食品はひとつも無く、ほぼ空の有り様だった。

調味料や食用油ですら残り少なかった。

麺類コーナーの辺り。

他の入り口から忍び込んでいた北側団地軍の兵士が数人、残りわずかとなった袋麺を漁っていた。

お互いほぼ同時に相手の気配に気付き、銃を向け合ったが発砲しなかった。

北側団地軍にとっても、無駄な戦闘は避けたかったのだろう。

双方ともに食糧調達が最優先事項だ。

敵の事は見なかった事にして、カートにめぼしい食料品を入れていく半田と牧島。

選り好みするほど食料物資は残っていない。

急いでスーパーマルクスを後にする二人。

持ってきたアンモ(弾薬)も少ない。

幸運にも、帰り道はゾンビと北側団地兵に遭遇しなかった。



苔緑団地16号棟502号室。


「ただいま。僕だよ」

「山」

「川」

「ヨシ」

「ひめちゃん意味ないよ、この点呼」


望月ひめはドアを開けた。


「ただいまー」


牧島恭と半田猟兵は入室し、すぐに二箇所の鍵とチェーンを掛けた。

ひめが恭に軽く抱きつく。

半田はニコニコしている。


「スーパーマルクスどうだった?」

「うん。ひめちゃん。半年間保存の効く野菜ジュースとイワシの缶詰めと辛い袋ラーメンと切り餅をゲットしてきたぜ。しょうゆ付けて食べよう切り餅」

「(^o^)/おー!♪大漁祭りだ~」

「でももうみんな略奪されて残りわずかだったよ」

「そうかー」

「もうご飯関係はレンジでチンするパックのご飯しかないね」

「贅沢言わないの」

「あれ味気ないんだよな」

「しょうがないよ恭ちゃん」

「あんちゃん酒はあるかい?」

「ええっ?またですか半田さん。料理酒しかないですけど」

「すまねえ。手が震える。これじゃ三八が撃てねぇ。ゾンビに食われちまう」

「控えた方が良いですよ、お酒」

「うん。わしは向こうの部屋で酒をあおってるから、若い二人はまぁ好きにおやんなさい」


半田は料理酒をコップ酒であおった。


「うめえ!エンドルフィンが放出されるゼ」


そして、与えられた四畳半の部屋に籠り独り酒を楽しんだ。


「……ひめちゃん」

「ん?」

「愛してる」

「ちょ、こら!」


牧島恭は望月ひめを強く抱き締めて押し倒した。

夜が更けていく。

イチャイチャパラダイス。


半田と牧島と望月の、何だかよく分からない日常はしかし長くは続かなかった。


●●●●●●●●●●●●


「もうガソリンがないよ~!」

「こっちもじゃね?」

「バイク捨てろ捨てろ捨てろじゃねっ!」


燃料の切れたバイクを乗り捨てる暴走族チーム『出前迅速』の三人。

スクーターのスピーカーから爆音で鳴らされているダサい日本のR&Bの音楽だけが現場に残った。

彼ら目掛けて北側南側双方の兵が押し寄せていた。

普段から暴走族の彼らは迷惑がられていた。

今は大手を振って戦争勝利の美名の下、彼らを社会のクズとして殺害出来るのだ。

逃走するアキヒト、タイガ、ニシオカの三人。


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M1151装甲ハンヴィーに乗って『毒針』の意味を持つFIM-92スティンガーミサイルを携行した一団がいた。

南側団地解放戦線の隊員たちである。

射程距離を見計らい、カポンと少し場違いな間抜けな音を立ててブースターから射出弾が切り離された。

救助しようと駆け付けた市民団体の救助ヘリを携行式防空ミサイル、スティンガーで撃墜する一団。

ハンヴィーから降車し、堕ちたヘリに群がり、炎をものともせずに野獣のような歓声を上げ、災害ボランティアをタクティカルナイフでひとりひとり殺害し物資を奪っていく解放戦線の兵士たち。


チョコレートで口元をベタベタにした半袖短パン姿の30代ぐらいの男の○○ガイが一心不乱にカメラにおさめている。


「やった!ケッテ的瞬間!ケッテ的瞬間!楽しい楽しいサナトリウムのお祭り撮れタ~!」


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またまた出前迅速。

なぜかからだ中包帯をぐるぐる巻きにした視覚障がい者の女に包丁で追いかけ回されている。

タイガは身体中をかきむしっている。

タイガは恐怖を感じるとアレルギーで身体中が痒くなる。


「かゆ。かゆ!あのミイラ○○○速いんじゃね?」

「すげーこえーんじゃね?」

「これ実はもう助けてーレベルなんじゃね?」


空き地近くの駐車場に逃げ込んだ三人。

その時、ニシオカは何かを踏んだ。


「アキヒト~。何か踏んじゃったよ~!」

「あ、やべーべ。これ対人地雷なんじゃね?」

「マジで~?、アキヒト~助けてよんじゃね~!」

「よし何かの映画でやってたんじゃねけど、重い石乗せてちょっとずつずらしてけばいんじゃね?爆発しないってやってたんじゃね?」

「それやってじゃね?それやって、アキヒトそれ今すぐやってじゃね~!」

「お前体重何キロ?」

「55キロなんじゃね?」

「痩せてんな。よし、50キロくらいの石探して乗せるべんじゃね?」


アキヒトは近くにあった重い石を運び、地雷の上に置いた。

少しずつ少しずつニシオカが踏んだ足をずらし、代わりに石を地雷中心部に置いていく。

その時アキヒトはくしゃみをした。

石がズレる。

小さな音がした。


「今カチッて言ったんじゃね?」

「へ」

「あ」


BRAM!!!!!

大爆発。

三人は明後日の方角に吹き飛ばされた。

肉片となって。

ミンチとなって。

ぐちゃぐちゃになって。

三人仲良くあの世へ逝ったんじゃね?


●●●●●●●●●●●●


白兵戦が展開された。

銃剣で敵兵を刺し貫き、刺したそのままに三点バーストで射撃し、とどめをさすのが戦闘のセオリーとなった。

一人がやったら、みんなが真似をした。

ゾンビの群れがその混乱に拍車をかける。

団地戦線は混迷の坩堝(るつぼ)と化し、異常な興奮とサディスティックな黒い大気に包まれていく。


●●●●●●●●●●●●


南側団地34号棟の屋上に登り、狙撃をする牧島恭と半田猟兵の二人。

今日一日だけで、ゾンビ化老人28体、北側団地兵士13人を殺害している。

その内6体と3人は恭のカウントだった。

三八式実包のマガジンを使う量が減り、つまり射撃の腕も格段に上がっていた。

無駄弾が少ない。


「ねぇ半田さん……もう……もうゾンビやら何やらで団地中パニックで文字通りの地獄ですけど、これって本当に戦争なんですか?なんか、イメージと違う……」

「あんちゃん。戦争ってなぁな、いざ始まってみると概ねこんなもんだよ。大東亜戦争がそうだった。いざ混戦状態になったら敵も味方も関係ねぇ。襲いかかってくる目の前にいる奴ら全員ぶっ殺さなきゃ自分の大切な命が殺られんだよ。自分の命と他人の命はイコールじゃねえ。殺らなきゃならねえんだ、目の前の敵を。何にも考えねえで。そこに正義なんか、はなっからねえ」

「……何でこんな事になっちゃったんですかね?」

「戦争ってなぁな、何でか分かんない内に始まっちまうもんなんだ。責任を取る奴なんか一人もいねぇよ」

「そんなもんですか」

「ああ。そんなもんだ」

「……」

「わしはちょっくら疲れた。ここで一本火を着けてるからあんちゃんは先に帰りな」

「分かりました半田さん」


三十式歩兵銃を背中に担ぎ直し、団地中央地区戦線を離れる牧島。

半田猟兵はタバコに火を着けて美味そうに深々と紫煙を吸い込んだ。


「あんちゃん。ここいらでお別れだ。おめえはもういっぱしの戦士だよ……かわいらしい彼女と幸せにな」


夕暮れが迫っている。



            続く

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