(③第三戦闘配置)


 「団地大戦争」(③第三戦闘配置)



         堀川士朗



「へー。ふーん。なんだ、あんまり死傷者数が伸びてないじゃないか。やる気ないのかな。カスめ。カスのくせして。しょうがないなー、南側団地に対戦車ロケット、北側団地に戦闘車両を貸しておいてあげてね♥️」


オクナカコーポレーション会長、億中要蔵は部下にそう命じてゴージャスな国内最高級の生プリン(一個5000万円)を美味しそうに食べ、その細い目を更に細めた。


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団地内中心部にある公園。

公園の木々に暮らすカササギが朝からガシャガシャガシャと工業用機械のような声で鳴いている。

音が混じる。

八輪駆動の音が。

この日以降、北側団地軍に新しく配備された16式機動戦闘車、通称キドセンが大活躍する事となる。

キドセンがCGのように滑らかな動きで105mmの主砲を回転させる。

狙いは団地中央地帯に展開する南側団地解放戦線のAK-47カラシニコフを携えた後期高齢者部隊の陣地だ。

マズルフラッシュを発して榴弾が発射され130メートル先にいた老人兵の群れを、痛みを与える事なくミンチに変えた。

榴弾による弾幕で黒煙が上がり、視界は不良だ。

21号棟308号室の、水道の蛇口に髪の毛クレームばばあがからだ中に爆発物と手榴弾を巻き付けてキドセンに特攻をかける。

凄い速度だ。

普段老人用カートを押してヨボヨボ歩いていたのは、あれは老人特有の弱々しい演技だったのだろう。

走る!走る!

走るクレームばばあ!

伏角を狙ったキドセンの機銃もなんなく避けて、超人的なスピードで車両の側面にピッタリ付き、服に縫い付けられた手榴弾のピンを三本ほど抜いた。

爆発。

ばばあだけが四散した!


「21号棟のばあさん、あんたにはみんな迷惑してたんだよ。南無阿弥陀仏」


キドセンの車長、八田辰吉67歳は呆れながらこうつぶやいた。

彼は普段、牛丼屋でバイトしている。


チョコレートで口元をベタベタにした半袖短パン姿の30代ぐらいの男の○○ガイが一心不乱にカメラにおさめている。


「やった!ケッテ的瞬間!ケッテ的瞬間!楽しい楽しいサナトリウムのお祭り撮れタ~!」


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武器の配給があらかた終了し、出遅れた暴走族『出前迅速』の三人はろくな武器にありつけなかった。

武器庫となっている団地の管理センターを漁る三人。

もう事務員も退避していて無人だ。


「見ろよ。何も残ってねぇんじゃね?」

「最悪じゃね?」

「ラストの方じゃね?」

「あ、これどうよじゃね?」

「残り物の日本刀かぁ」

「良い感じじゃね?」

「これでスパッと何でも斬れるんじゃね?」

「良い感じじゃね?」

「人とかスパッと斬れるんじゃね?」

「良い感じじゃね?」

「おれら最強じゃね?」

「おれらサムライじゃね?」

「おれらラストの方のサムライじゃね?」

「じゃねじゃねじゃね?」


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翌朝。

主婦たちは中学生以下の子供たちを親戚や知人宅に疎開させた。

リアクティブアーマーを装着した装甲バスに乗った子供たちが泣きながら親元を離れていく。

母親たちの目にも涙が止まらない。


「どうしてこんな事になっちゃったんだろうねぇぇぇ?」



誰もが、自分だけは死なないと思った。

でも、それは明らかなる妄想だった。


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苔緑団地16号棟502号室。

牧島恭が残り少なくなったサバ缶を愛おしそうに食べている。


「モグモグ。安定の美味しさ、サバ缶」

「恭ちゃん恭ちゃん!」

「え何」

「こないださ、サンマ焼いたじゃん」

「うん」

「あん時さ、魚焼き当番恭ちゃんだったじゃん」

「うん」

「魚焼きグリル洗ってなかったでしょ!」

「え、うっそ」

「地獄のような臭いになってたよ!」

「え、うっそ。ごめんね」

「……無能かよ」

「ひど。無能それすっげえ傷つく」

「恭ちゃんはどうしようもない人間だけどね」

「え」

「まだ良いよ。これが、ろくでもない人間になったら私別れるよ」

「やだよ~」

「いつでも」

「やだよ~!」

「フフフ」

「やだよ~!ひめちゃ~ん!て~い!」


牧島恭は望月ひめを強く抱き締めて押し倒した。

夜が更けていく。

イチャイチャパラダイス。


牧島恭はひめを失いたくなかった。もし失うくらいならひめの事を殴りたいと思っていた。

その衝動は理屈では推し量れないものだった。

急に襲いかかってフライパンで頭を滅多打ちに殴りたい衝動に常に駆られた。殴る代わりに抱き締めて、愛した。


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今日は休戦日。

苔緑団地中央に位置する『ふれあい団地住民センター』に北側、南側双方の兵士が集まり寄せ鍋会が行われた。

広々とした畳の間。

お互いの婦人会による日本舞踊の出し物やビンゴ大会もあって、座は大いに沸いた。

酒も進んで仲良く集合写真に収まる北側団地軍と南側団地解放戦線の面々。

ただ、その輪の中に北側団地自治会長中村曹達と南側団地解放戦線リーダー赤間武久の姿はなかった。

お互い、暗殺を恐れての事だ。

明日からまた、戦闘が再開される。


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南側団地。

平和憲法遵守を掲げる党のポスターを窓ガラスに張った部屋に、BGM-71 TOWミサイルが撃ち込まれた。

一瞬にして住人ごと破砕されるその部屋。

半自動指令照準一致誘導方式によって導かれた5.9kgの炸薬は、やや覚束ない軌跡をたどりつつも確実に平和主義者を仕留めていった。

南側団地解放戦線にとって平和主義者たちは邪魔な存在、粛清されるべき存在だったのだ。

つまり、「戦争反対」を叫んでも、この団地戦線では何の意味もなかった。

そのあおりを食って半田猟兵の部屋も延焼した。

幸い三八式歩兵銃と三十式歩兵銃、そして700発ほどの弾薬は持ち出せたが、以後彼は迷彩テントで寝泊まりする事となる。


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雷のような音を立てて野砲、120mm迫撃砲RTによる支援射撃があってから北側団地自治会長率いる重装歩兵部隊が突撃していった。


「ロッケンロール!」

「アイアイサー!」


抵抗をはねのけ、南側団地群の屋上に侵入し貯水タンクに次々と薬液を流し込んでいく。

同時多発的に行われていた行為。

これが後に一体どんな意味を持つのか……。


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苔緑団地16号棟502号室。


「( ´Д`)ノ」

「どうしたの?切ない顔をして」

「♪僕たち低く民~あなただけの~低く民だよ~。今日も働く、都民税を取られる、住民税を払う、そして搾取される~」

「また変な歌を歌ってるわね」

「低く民の歌だよ。低所得者の歌」

「切なすぎる」

「ひめちゃん」

「なあに?」

「僕もうイラスト描くのつかれちゃった。無職になっても良いかな?」

「え」

「良いかな?辞めても」

「ダメだよっ!恭ちゃんが無職になったら二人食べていけないよっ!何考えてんのっ!」

「ううう……」

「無能め」

「言わないで無能って。無能すげえ傷つく」

「別れる。この無能が」

「やだよ~!ひめちゃ~ん!て~い!」


牧島恭は望月ひめを強く抱き締めて押し倒した。

夜が更けていく。

イチャイチャパラダイス。


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南側団地解放戦線リーダー赤間武久の日常。

時間がある時は濃い目のブランデーを飲みながら洋書の書物に目を落とす。英語力の乏しさから、実は半分も理解していない。だか、読む事そのスタイルに意味があるのだ。

朝からボリュームのある血の滴るステーキを平らげ、粒塩歯磨きで歯を磨く。

そして部下を率いて転戦する。

敵をやっつける度に、男のロマンが彼の中でみなぎり、彼は軽く勃起する。

チョ―・ゲバラを心酔し、部屋のポスターを愛でるように撫で、今日も赤いバンダナを頭と首に巻く。

軽く勃起している。


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「あばばばババばば。なンだ?顔が腐ル。からダが、からダが、腐っていクッ!ごくゴクごくゴク。こノ水道水すごくスゴくウマ-!( ゚Д゚)」



北側団地軍が貯水タンクに撒いていった薬剤はゾンビ化学薬品だった。

ゾンビ化水道水を飲んだ南側団地の老人や主婦たちが次々とゾンビになっていき、他の住人を襲った。

ゾンビたちは口で呼吸する事をやめ、裂けた首もとから汚い血を噴き出しながらエラ呼吸をしていた。

ゾンビの数は南側団地内に於いてねずみ算式に増えていった。

混迷を極めていく苔緑団地の戦場。

ここでは、血も涙もない悪魔の化学兵器までもが当然のように使用された。


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苔緑団地の周囲を高さ25メートル、厚さ5メートルの巨大な壁が覆った。

硬化ベークライト製。

いかなる砲撃でも破壊出来ない。

たった半日での施工。

オクナカコーポレーションの仕事はとてつもなく速い。

出口は、ない。

これでもう、誰も逃げられなくなった。


誰も。

一人も。



           続く

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