(②第二戦闘配置)


 「団地大戦争」(②第二戦闘配置)



        堀川士朗



東京都。

宇達(うだち)区。

苔緑(こけみどり)団地。

この団地の最年長103歳の半田猟兵(はんだりょうへい)。

苔緑団地南側15号棟412号室に住んでいる彼は高齢の為に痴呆症のステージもかなり進んでいるが、いかんせん身体は壮健なので遠くの方まで徘徊してしまう。

二駅離れたコンビニに入った半田。

何か買おうとしたのではない。ただ何となく入ったのだ。

おでんの匂いを嗅いでうろうろする。

やがて飲み物の陳列された冷蔵庫棚の向こう。バックヤード。そこから気配を感じ取った半田は血相を変えてレジに行き店長を呼びつけた。


「ここは占領されとる店なのか?」

「え」

「飲み物の奥に米兵がいるんじゃっ!」

「は?」

「だからー。飲み物のー、冷蔵庫の飲み物の棚の奥にーぃ、米兵がいてカービン銃構えてこっちを狙っておるんじゃ!ここはそういう店なのか?アメ公に占領されとる店なのか?」

「……はーい。そういう店ですよー」

「わしゃ帰る!二度と来んっ!」

「……やだよな、あーゆうボケたジジイ」


中年コンビニ店長は若いベトナム人の女性店員の腰に手を回しながら言った。女性店員は抵抗しなかった。彼女の時給は935円だった。


半田猟兵は、団地の部屋に三八式歩兵銃を隠し持っていた。

この銃の最大射程は2400メートルで有効射程は460メートルだが、かつての半田は最大射程で有効射程の命中率を叩き出せるほどの大日本帝国陸軍きっての凄腕スナイパーだった。

毎日銃を磨いて油を差している。

半田はまるで我が子を扱うかのように、銃口から専用ブラシを差し入れ六条右回り(初期型の形状)のライフリングを丁寧に磨き上げていく。

弾丸の三八式実包も5000発以上隠し持っている。

国には絶対秘密だ。


●●●●●●●●●●●●


27号棟507号室に住む老害じじいは107号室、視覚障がい者の女の住む部屋のドアノブに貼り紙をした。

ドアノブに紐で吊るされた画用紙にはこう書かれていた。


「やい、○○○はくち、おまえのようなぜったいばかな人げんはいきててめいわくだ、めざわりなばかおんな!おまえのかおはみたくない、しね!」


じじいは漢字が書けない。

若い頃に充当な教育を受けていないからだ。

老害じじいは画用紙をドアノブに吊るすと満足そうにそのまま日課にしている不要不急の散歩に出かけた。


●●●●●●●●●●●●


苔緑団地16号棟502号室。

望月ひめは物憂げな表情を浮かべている。


「最近キョーに会ってないなぁ」

「会ってるじゃん毎日」

「恭ちゃんじゃなくて阿佐ヶ谷のフクロウカフェのフクロウのキョーだよ。最近見に行ってないなあ。フクロウにも飽きが来たし」

「そうなんだ」

「フクロウのモチーフは好きなんだけどね」

「いつも使ってるLINEのスタンプかわいいもんね」

「うん」

「あのさあ黙ってたけどこないだおねしょしちゃった」

「28歳にもなっておねしょすんのかよ」

「するよ。たまに」

「恭ちゃんさあ、若年ボケなんじゃないもう。介護必要だよね」

「そんな事ないよ。僕は霧隠才蔵だから忍術が使えるんだよ。霧隠才蔵だから伊賀忍術が使えるんだよ」

「ふ~ん」

「スプーン曲げ出来るよ。あと、唐揚げ一人で揚げられる」

「それ絶対忍術じゃないと思う」

「えっとね」

「そっかそっかそっか。じゃあ。じゃあ使って良いよ忍術」

「本気にしてないね?」

「本気だとどうかしてるよ」

「なにを~!て~い!」


牧島恭は望月ひめを強く抱き締めて押し倒した。


「僕には飽きないでね」


恭はひめに寂しく語りかけた。

夜が更けていく。

イチャイチャパラダイス。


●●●●●●●●●●●●


オクナカコーポレーションによる武器の配給が始まった。

団地の中央管理センターが武器庫兼引き渡し所である。

管理センターの女性事務員が武器を団地の住人に手渡している。

メインウェポンはM-16アーマライトか20式5.56mm小銃などが選べる。89式小銃やAK-47カラシニコフは年代物のハズレだ。

アンモ(弾薬)は30発入り弾倉が一人につき三つまで。

サブウェポンはグロック17が配られた。こちらも17発入り弾倉が一人につき三つまでだった。

最初はライフルを持っていても、


「これどうやって撃つのかしらねー。おほほ」


とかのんきな感じに笑っている主婦らであった。

老人たちは基本男の子なので、買ってもらったおもちゃを初めて手にしたように滅茶苦茶はしゃいでいる。

彼らにはこれら全てが人を殺せる実銃であるという認識はまだなかった。



誰もが、自分だけは死なないと思った。

でも、それは明らかなる妄想だった。


●●●●●●●●●●●●


苔緑団地16号棟502号室。


「話は変わるけど」

「変わんなくて良いよ」

「そういえばひめちゃん」

「何?」

「ブスな女の方がモテるよね。かわいい女の子は自分を大切にするからあんま恋愛しない」

「何それ私がかわいいって言いたいの?」

「前者だよ!」

「何だよっ!」

「や~い!や~い!ひめのブサイク!ひめのブサイク!や~い!や~い!ひめのブサイク!ひめのブサイク!」

「……小学生かよ」

「怒ったの?」

「怒ってねーよハゲ!」

「なにを~!て~い!」


牧島恭は望月ひめを強く抱き締めて押し倒した。

夜が更けていく。

イチャイチャパラダイス。


●●●●●●●●●●●●


27号棟107号室、視覚障がい者の女の住む部屋のドアノブに貼り紙があった。

紐で吊るされた画用紙にはこう書かれていた。


「○○○はくち、しぶとくまだいるのか!おまえのようなぜったいばかな人げんはいきててめいわくだ、このだんちからでていけ、めざわりだ、しね!」


これでもう68回目の貼り紙だ。


深夜。視覚障がい者の女は鼻を鳴らした。

貼り紙の匂いを嗅いでいる。

クンカクンカクンカ。

犬のように執拗にいやらしく。

女は、あばたの浮かんだ土気色の顔をしている。

そして女は鼻を鳴らしながら同じ号棟の507号室に向かって手すりに手をかけゆっくりと階段を登っていった。

逆の手には刃渡り16センチの万能包丁が握られていた。

包丁はダマスカス鋼で、禍々しい模様があった。

五階に到着した。

507号室のドアの鍵は無用心にも開いていた。

女が入室すると、507の老害じじいはいびきをかいて凄い寝相で寝ていた。

部屋は独居老人には漏れなくついてくるオーソドックスなごみ屋敷のテイストだった。

腐敗したタマネギの匂いが満ち満ちていた。

台所にはゴキブリが数匹いた。

女は手探りでごみをかき分け、汚い布団をめくって、老害じじいの下腹部に包丁をズブズブと刺した。


「ぶぐえっ!」


薄汚れた寝間着を着た老害じじいは豚のような悲鳴を上げる。

何度も何度も女は腹や胸や顔を刺した。

濁った、黒色に近い粘度の薄い血がシュワーッと噴出する。

血まみれになる両者。

壁や床や天井にまでその血は飛び散り、部屋は赤黒い血の海となった。

老害じじいは息を引き取った。

それでもしばらく女はじじいを執拗に刺し続けた。

明らかなる殺意がそこにあった。


「あんたこそ迷惑よ。それに……部屋が真っ暗だと、ホラ。あんたも○○○と変わらないのよ。あははははッ!」


女はそう言うとニヤニヤ嗤って自室に戻り、シャワーをしっかりと浴びてグッスリ眠った。


●●●●●●●●●●●●


開戦の花火が苔緑団地に上がった。


窪ノ塚警察署の警察車両が苔緑団地周辺を巡回し、テープでの放送をけたたましい音量でかけている。


「皆さ~ん。ここ苔緑団地に於いて、今日から戦争が始まりました!(^o^)/北側団地の皆さ~ん。南側団地の皆さ~ん。元気ですか~!お互いにフェアプレーで仲良く安心安全な戦闘を行って下さいネ♪戦闘に参加しない民間人の方々は、不要不急の外出は控えて下さいネ♪警察署からのお願いでした♪」


警察機関にも手は回っている。

カネの前には国家権力も従順な羊だった。

オクナカコーポレーションの力は絶大だ。

苔緑団地をたった三日あまりで、戦闘特別特区に仕立て上げた手腕は見事というより他は無かった。



午前十一時半。

南側団地の11、12、13号棟から人員が集められた共同連隊が、敵である北側団地52号棟の大隊本部目掛けて行軍していく。

隊員はみな働いていない老人ばかりだ。

行軍といっても、水筒の中のアルコール(安いウイスキー)を飲みながらのんきにお散歩気分で歩いていく彼ら。

似たり寄ったりの量産型じじいども。

もはや敵軍となった北側団地の住人に対しても、間抜けな挨拶をしたりしている。

危機感はまるでなく、肩から提げているM-16アーマライト小銃だけが場違いで違和感があった。

撃ち方すら、まともに知らない彼らは北側団地52号棟にたどり着いた。

土嚢が高く積まれている。

ここの五階が自治会長の住宅兼北側団地大隊本部だ。

エレベーターは付いていない。

さしたる抵抗もなく、階段で列を成しながら五階までゆったりとしたペースで上がる南側団地連隊の面々。

長い廊下スペース。

五階に着いた。

52号棟509号室。

大隊本部。

敵の本拠地。

見えてきた。

一応、銃を構える。

安全装置を外す。

まだ私語をしている老人もいる。

すると立て看板があった。


『南側団地解放戦線の皆さま、お疲れ様です。美味しい日本酒とお寿司をご用意してお待ちしております。このままお進み下さいね。~北側団地婦人会より~』


「おい、酒と寿司だってよ!」

「色っぽい婦人会の歓待付きか?」

「ホステス~ホステス~」

「早く行こうぜ!」

「ホステス~ホステス~コンパニオン~コンパニオン~!」


彼らはよだれをたらし、勃起していた。

ただいたずらに歳を重ねたじじいたちはホステス・コンパニオン効果により信じられない速度で、少年のように若々しく猛々しく軽やかに廊下をダッシュした。

極上の日本酒と美味しいお寿司と色っぽい婦人会が待ってる!


すると廊下には巧妙で大規模な落とし穴があり、次々と一人残らず落下していく共同連隊のじじいたち。


「のわ~っ!なんじゃこりゃ~っ!」


落ちた先は三階廊下。

待っていたのは地獄。

10メートル前方に20式5.56mm小銃の銃座が六門設えられており、北側団地自治会長中村曹達の「放てッ!」の掛け声のもと、一斉射撃が行われた。

フルバーストで狙い撃ちされた。

マンストッピングパワーは抜群だ!

容赦なく蜂の巣にされる南側共同連隊の老人たち。

反撃出来ない。

トリガーに指すらかかっていない状態でひたすら撃たれ続けている。

小回りの効くグロック17を取り出そうとするも、デサンティスの革のホルスターが吸い付いて拳銃を出せないでいる。

至近距離から高速度で射出される何千発もの5.56mmの銃弾が彼らの肉を削ぎとり、犯し、殺していった。

あっという間に辺りが血肉色に染まった。

腕が、眼球が、耳が、内臓が、脳漿が、肉が弾け飛んだ。

一人も助からなかった。

一人もまともな人間の形をしていなかった。

彼らは永遠の地獄の牢獄に置き去りとなった。

死は、彼らを解放しなかった。


●●●●●●●●●●●●


苔緑団地に、戦争がやって来た。



             続く


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る