団地大戦争
堀川士朗
(①第一戦闘配置)
「団地大戦争」(①第一戦闘配置)
堀川士朗
誰もが、自分だけは死なないと思った。
でも、それは明らかなる妄想だった。
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東京都。
宇達区(うだちく)。
苔緑(こけみどり)団地。
通称、『ゴゲミドロ団地』。
ほぼ等間隔で70棟ほどの五階建て団地が並んでいるマンモス団地。
緑や公園も多い。
一見平和そうに見える苔緑団地に、宇達区窪ノ塚警察署の車が特殊詐欺防止の放送をけたたましい音量で流しながらゆっくりと走っている。
「犯人は、あなたのカードを狙っています。切れ込みを入れても、キャッシュカードは使えます。電話での、お金とカードの話は全て詐欺♪自分は大丈夫だなんて思わないで、気をつけて下さいね♪警察署からのお願いでした♪」
抑揚の付け方が激しくてアホな子供に言い聞かせているような感じだ。
でも、意味がない。
苔緑団地の住人の九割を占める馬鹿な老人たちはこれを聞いても日本語が理解出来ないからまた延々と騙される。
しかも結句が「気をつけて下さいね」だ。
気をつけてもしょうがないから特殊詐欺は減らないのである。
全て、意味のない行動だ。
この団地に、意味のある行動をしている者は一人として存在しない。
宇達区は治安が飛び抜けて悪い。東京都で40年連続でダントツのワースト。
文化レベルも低い。
大学進学率がどうという問題ですらなくて、道端でウンコする馬鹿がいるほどだ。
苔緑団地を騒音運転する暴走族チーム『出前迅速』のメンバー、アキヒト(リーダー)、タイガ(鼻ピアス)、ニシオカ(原チャ)の三人がいた。
アキヒトとタイガはヨマッハの400cc大型スクーターにニケツしている。
スクーターは『轟音号』と名付けられている。
ニシオカはそこら辺で拾ってきたような中古の原チャリに乗っている。
アキヒトとニシオカの経済的格差がうかがい知れる。
アキヒトたちのヘルメットの後ろには『出前迅速』と太い明朝体で書かれている。
彼らの暴走族のチーム名だ。
アキヒトら三人はその漢字の意味を知らない。
二台のバイクはダサい日本のR&Bを爆音でかけながら苔緑団地内を爆走している。
げぼぼぼぼぼぼ、と下品で安い排気音を立て走る。
基本暇な三人。
二台のスクーターは信号を無視し、騒音を立て、道路を平気で逆走していった。
「サイジャリアでも行かね?」
ニシオカが言う。
「それ良いんじゃね?」
「超にんにく効いたにんにくがっちょりのペペロンチーノ食いてえんじゃね?」
大型スクーターの後ろに乗ったタイガが馬鹿満載気味に答える。
「カネねーべ。いーからバイトしてろよ鼻ピアス」
リーダーのアキヒトがそれを全否定する。
アキヒトがそう言えば、それはチーム『出前迅速』全体の総意だ。
延々と苔緑団地周辺を蛇行運転する二台のスクーター。
基本暇な三人。
高速道路や山の峠道に出る度胸は、彼らにはない。
団地中央にある池のある広い公園。
朝のラジオ体操。
老人たちのぎこちないスリラーダンスみたいな動きが展開されている。
首からなぜか一眼レフのカメラを二つぶら下げている半袖短パン姿の30代ぐらいの男の○○ガイがそれを見てチョコレートで口元をベタベタにしながら奇声を上げている。
「ここは、サナトリウムだヨ。僕らは死を前提とした患者の生き物たちなんダ。さあ、楽しい楽しいお祭りをしよウ~!(^3^)/」
男の瞳は、ランニングシャツの放浪の画伯の如く輝いている。
ゴゲミドロ団地は、○○ガイが多い。○○ガイと、馬鹿主婦と、老害と、暴走族の4パターンしか住んでいない。
限界団地。
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牧島恭と望月ひめ。
20代後半の社会的に見ても弱い二人の恋人がいた。
苔緑団地16号棟502号室に住んでいる。
家賃は57000円と共益費が2500円。2DK。
四畳半の和室と五畳の洋室、同じく五畳のダイニングキッチンの間取り。
収納は多く、陽当たり良好だ。
中華屋で働いていたので料理を作るのが上手い彼氏の恭。
印刷会社勤務を経てイラストレーターをしている28歳。
パステルカラーを用いたウサギのかわいらしいイラストを描いてほどほどの人気を得ている。
不穏な団地内のいさかいから、食料物資買い占めの動きが起きている。
近郊では歩いて五分ほどの距離の大型スーパーのマルクスしかない。
臆病な牧島恭の初動は速かった。
食料品とミネラルウォーターとカセットコンロのボンベを大量に買っておいて正解だったと恭は今にして思った。
いつガスが止まってもしばらくは大丈夫だ。
社会不適格の二人。
牧島恭と望月ひめ。
服装もダサく、格好の良いカップルではない。
二人とも精神疾患を持っている。
「ただいまー」
「恭ちゃんおかえり」
「スーパーマルクス行ってきたけど、また臭いって言われた」
「誰もそんな事言ってないよ」
「そうかな。あのオッサン生ゴミ臭がするってJKとか主婦とかがひそひそ言ってたよ」
「大丈夫。誰もそんな事言ってないよ」
「臭作(くささく)って言われた」
「言ってないよ」
「♪安くて臭いは人の常~」
「何それ?」
「僕の作った歌だよ」
「そっかそっかそっか」
「……ひめちゃん。どこにも行っちゃやだ」
「私はどこにも行かないよ」
「本当に?」
「ほんとよ」
「君の脳が何を考えているか不安になる時がある」
「私は大丈夫よ」
「本当に?」
「ほんとよ」
「僕もいつか死ぬんだ。その時にひめちゃんが独りだったらどうしよう」
「そんな事考えないで。今は」
「うん……」
牧島恭は望月ひめを優しく抱き締めて押し倒した。
夜が更けていく。
イチャイチャパラダイス。
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連日放送を繰り返す窪ノ塚警察の車を出前迅速の三人が襲った。
「……切れ込みを入れても、キャッシュカードは使えます。電話での、お金とカードの話は全て詐欺♪自分は大丈夫だなんて思わないで、気をつけて下さいね♪警察署からのお願いでした♪」
「お願いを何回も何回も無限に垂れ流すんじゃねぇよっ!」
「バリムカつくんじゃね!」
「やっちまえなんじゃねっ!?」
金属バットで車体を滅多打ちにして猛スピードで脇道に逃げる出前迅速。
「俺ら最強なんじゃね?」
スクーターのナンバープレートは、二台とも外してある。
そのくらいの知能はあるようだ。
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牧島恭は、メンヘラで小動物を思わせるひめの事を殴りたいと思っていた。急に襲いかかってフライパンで頭を殴りたい衝動に常に駆られていた。
その衝動には理由がなかった。
殴る代わりに抱き締めて、愛した。
望月ひめは精神疾患のリハビリを兼ねて折り紙アートをやっている。今日もせっせと折り紙を折っている。
後ろからその様を覗き込む牧島恭。
恭には、望月ひめがいつか不審者に身体中の穴という穴を石を詰められて殺されるのではないかという妄想があった。
その妄想が脳内をフラッシュバックで駆け抜ける度に、恭はひめを強く抱き締めた。
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21号棟308号室にクレームばばあがいた。
上階の気の弱そうな住人にクレームをつけていた。
ばばあいわく、
「水道の蛇口に髪の毛が巻きつけられており、それはお前のだろう。こないだ腹が立って文句を言いに行ったら居留守を使いやがって。管理センターに突き出してやる!警察を呼ぶぞ!」
が、いつもの○○ガイばばあの言い分だった。
完全にばばあの被害妄想だった。
見かねた他の住民により、たびたび警察を呼ばれ、ばばあは注意を受けていた。
舌打ちをするばばあ。
反省の色は当然ない。
苔緑団地の老人は、こんな連中ばっかりである。
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苔緑団地16号棟502号室。
「う~ん……」
「どした、ひめちゃん」
「Twittal自殺しちゃう人多いなあ」
「Twittal自殺?」
「うん。なんかTwittal自殺しちゃう人多いなぁと思って。辞めちゃう人。何かをほのめかしてから辞める人と、全くいつも普段と変わらない書き込みで急に辞めちゃう人がいるのよー」
「思い悩んでたのかな」
「それもあるし、単純にツイットのネタが切れたってのもあると思うよ」
「ふ~ん。僕はTwittalやってないから分かんないけど」
「色々あんのよ。恋にも似てるね」
「へ」
「急に別れを切り出す女」
「あ」
「私はそっちのタイプかな。ある日突然いなくなっちゃう」
「やだよ~!ひめちゃ~ん!」
「大丈夫だかんね」
「いなくなったらやだよ~!て~い!」
牧島恭は望月ひめを強く抱き締めて押し倒した。
夜が更けていく。
イチャイチャパラダイス。
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苔緑団地自治会長、中村曹達。南側団地のゴミ出しマナーの悪さを巡って遂に彼は恐怖政治を始めた。
強権を振るい、防犯カメラで特定して掲示板に名前を貼り出していた。
「地域住民の、地域住民による、地域住民のための政治だ!この苔緑団地には正義が。正義が必要なんだ!」
彼は自室兼自治会会議室の2LDKの団地の一室に自治会幹部たちを集めた。
翌日から南側団地のゴミ出しルール締め付けを一層強化する案が議決された。
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苔緑団地16号棟502号室。
「卵のコレステロールなんて実は大した事ないのよ」
「お、どしたどした?」
「テレビでそう言ってた」
「鵜呑みにするんだねひめちゃんは」
「鵜呑みにする。だから今度卵16個使ったオムレツ作るね」
「やめて。死んじゃうよ」
「そうかな」
「モチでも」
「ん?」
「モチでも食おうかなぁ」
「ん」
「モチはうるさいからなぁ」
「は?意味分かんない」
「いや、モチはトースターで焼くと最後チーンって鳴ってうるさいでしょ」
「最初からそう言いなよ。てかモチ以外でもうるさいでしょそれ」
「ひめちゃん。どこにも行かないでね」
「私はどこにも行かないよ」
「どこにも行かないって言ってもどこかに、ひめちゃんはどこかに行っちゃうんだ!行っちゃうんだ!わー!」
「もう。またパニクった。恭ちゃんは弱いね。スライムより弱いね」
「なにを~!て~い!」
牧島恭は望月ひめを強く抱き締めて押し倒した。
夜が更けていく。
イチャイチャパラダイス。
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恭とひめは散歩に出かけた。
まだ寒い。
あったかい上着を着て、仲良く手を繋ぎ歩く二人。
後ろからスクーターをゆるゆる走らせながら、出前迅速の三人が二人の跡をつけてきた。
スクーターの存在に気付き、ひめは恭の手を引っ張り早足になる。
が、ニシオカの乗った原チャリが二人の行く手を阻んだ。
「YO YO YO !おいブスな彼女連れてんな豚のオッサン彼氏よぉ。二人そろって不細工カップルかよ、最低だなお前ら!ハハハ」
「醜いからマスクした方がいんじゃね?」
「な、お前ら!」
「やめときな恭ちゃん。人と喧嘩したら入院になるよ!また措置入院になっちゃうよ!」
「くそー……」
「無視して歩こう恭ちゃん」
「う、うん」
「おいおいおいおい豚がよー!臭え豚なくせによー!」
「いきがってんじゃねんじゃね?」
「家まで付いていってやろーぜ」
「やめて下さい」
「ハア?聞こえねーな」
「やめて下さい!」
「アキヒト、ほっとこうぜこんな奴ら」
「じゃあな、醜いブスの不細工カップル!一生醜いセックスしてろよ!」
「ハハハ!」
「マジでゲロカップルじゃね?」
二台のスクーターはけたたましい音を立てて走り去って行った。
恭はひめの手を強く握りしめた。ひめの手は冷たかった。
牧島恭はひめを失いたくなかった。もし失うくらいならひめの事を殴りたいと思っていた。
その衝動は理屈では推し量れないものだった。
急に襲いかかってフライパンで頭を滅多打ちに殴りたい衝動に常に駆られた。殴る代わりに抱き締めて、愛した。
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北側団地自治会長、中村曹達のやり方に納得のいかない南側団地の面々は独立を宣言し、赤間武久をリーダーとして「南側団地解放戦線」を名乗った。
以後、南側団地のゴミは毎日毎晩嫌がらせで北側団地のゴミ集積所に大量に不法投棄され、集積所は悪臭に満ちた。
カラスと野良猫が集積所の周りに大挙して集まりゴミ袋を漁った。
中村曹達は不法投棄に1000万円の罰金を課したが、解放戦線のメンバーはみなサングラスやマスク、帽子などで顔を覆っていて防犯カメラでの人物特定には到らなかった。
怒りに震える中村曹達。
南側団地解放戦線の悪業ぶりをSNSでハッシュタグ付きで発信し、それはバズった。
北側団地と南側団地の両者は、一触即発の状態となった。
国内有数のコングロマリット企業、オクナカコーポレーションの会長、億中要蔵は面白いトピック的なニュースが大好きだった。
彼の耳にも、苔緑団地内における北側と南側の反目のSNSのニュースは届いていた。
「へー。ふーん。よし、やらせるだけやらせてみようじゃないの。おもいっきり介入しちゃお!僕もう金儲け飽きてきたから。こーゆーのに参画するのも社会慈善事業だよねー。笑。( ´∀`)/~~武器の供与と資金提供を行おう!僕そういうゲーム大好きよ。あー楽しみだなぁ、馬鹿で低能な奴らが血で血を洗うリアルな戦闘を繰り広げて殺し合うのが!」
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戦争が、近い。
苔緑団地に。
続く
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