第4話 沖田が消えたので飲み会に参加する


 最近、沖田をめっきり見かけなくなった。最近と言っても此処2週間程の話。声も聞こえないし、携帯に連絡もない。沖田の家の電気はついているが、彼奴の部屋には明かりが灯っていなかった。


 家を訪ねると、叔母さん曰く、一日千円の小遣いを握りしめて何処かをほっつき歩いているらしいから、どうせ働きもせずにだらし無いニート生活を謳歌しているのだと思う。


 沖田に会わないだけで全てが捗った。就職先も決め、難航していた卒業論文も難なく書き終え、週2のバイトも邪魔が入ることなく済ませられたし、趣味も堪能できた。金も使わない、時間に余裕もある。


 なのに、なんだこの物足り無い感じ。何か足りなくてソワソワしている。


 あれか。いつも忙しかったのが、急に暇になったからか。確かに卒論も部屋の隅に溜めていた本も読み終えた。

 

 やることが無くなったからそう思うんだ。忙しくなくなったんだからそう思うんだと何度自分を納得させても、心の中で「違う」と否定される。


 絶対に認めない。これは一時的な感情で、あともう2週間あれば時期に消える。いや、もっと早く消したい。俺こそ残りの大学生生活を謳歌しなければいけないんだ。今までは沖田に邪魔されて何も出来なかったんだ。


 絶好のチャンス、楽しまなくては!


「ふくちょー。聞いてる?」

「あ、悪い。聞いてなかった」


 永倉に肩を叩かれて、声をかけられていることにやっと気づいた。いつの間にか参加していた講義も終わっている。全然気が付かなかった。


「ずっとぼーっとしてるけどさぁ、沖田ちゃんと会って無いから寂しいんじゃないの?」

「まさか。彼奴がいなくてせいせいしてるんだよ。もう会わなくていいならそれに越したことはないからな」


 モヤ。


 胸の真ん中あたりがモヤっとした。なんだそれ。慣れろ。それに自分でも引く程、やけに早口になってしまって、永倉だって俺の言葉を疑ってる。22年も近くにいたんだ、人間でなくても多少の寂しさはある。感情のある人間なら普通の心情だ。落ち着け。


「ならゼミの飲み行ってみる? 気晴らしにさ」

「飲み会……か」

「そう! 副長来たことなかったし、いいんじゃない? 沖田ちゃんも忙しいみたいだしさ」


 永倉のウィンクに大学生味を感じる。しかも飲み会か、いいかもしれない。酒を飲んでオールして朝帰りとか大学生ぽくないか? 大学4年生にして大学生デビューなんて遅すぎるかもしれないが、ここは感情に従う事にしよう。


 そう決めたらウキウキしてきた。こうしちゃいられないと、勢いよく席を立つ。


「副長?」

「行くぞ、飲み会!」


 沖田に邪魔されてきた大学生活、今晩から取り戻してやる!


 ――その晩、永倉に案内された飲み屋でゼミの仲間と落ち合った。


 普段は顔を見せないので、大変珍しがられてチヤホヤされる。学校でも必要なこと以外は話す事が少ないから、質問がやたら飛んで来た。

 うーん、悪い気分じゃないな。まるで誕生日の主役だ。永倉のやつ、こんなに居心地のいい空間を知っていたとは。やはり俺は4年間損をしていたらしい。


「副長は何飲む?」


 ゼミの仲間が気を利かせてメニューを手渡してくれた。どうやらゼミの皆でしょっちゅう来ているらしい。俺だけが何を置いてあるか知らないなんて、しばらく休んでいたみたいで恥ずかしいな。


 酒は弱くないが、強くもない。程々に、嗜む程度に。だから、ここは――。


「俺は沖田がどうせ中途半端に飲んで半分残すだろうから、烏龍茶でいい。で、沖田は何にす……」


 隣を見ると、沖田ではなく永倉。そのまた逆は名前も知らないゼミの奴。

 顔が青くなった。マズイ、沖田がいるもんだと勘違いしてしまった。いつも沖田は中途半端に色々注文して気に食わなかったら残すのだ。だから俺は控えめに注文して、その残飯処理をしてやってるんじゃないか。


 待て、残飯処理? なんで俺が彼奴の食い残しを処理しなきゃあならないんだ! そんなことをやっていたから、癖で失態を犯しているんだよ! 

 おかげで場は変な空気になった。クソ、せっかく大学生活を謳歌してやろうと思ったのに!


 選ぶのはやめだ。メニューをテーブルに叩きつけ、かいた恥を捨てるように叫んだ。


「とりあえず、ビールで!」


 沖田は忘れる。そのために来たことを忘れるな!



 飲み会が始まって数時間。俺は酷く酔ってしまった。どうやら酒に弱かったらしい。


 ほろ酔いになろうと思ったくらいでいたのに、酒が飲める奴だと見栄を張りたくて調子に乗った末路だ。


「沖田が怒ってるんだよぉ、俺なんか言ったか? やったかぁ? いつも言うこと聞いてやってんのにさぁ、2週間も顔見せねぇ、連絡もシカト、こんなのあるかよぉ」


 おまけに泣き上戸だった。土方という苗字を持ったが故に「鬼の副長」のレッテルを貼られ、あの土方さんのように責任感が強い男になるよう育てられてきた俺が泣き上戸。


 笑ってくれりゃあいいのに、皆引いている始末だ。もう取り返しがつかない。自分でも制御することが出来ないし、口から出ていることが本当のことかどうかなんて、胸に問いかけるなんてこともしたくない。


 しかし、気持ちは吐けば吐くほど楽になっていく。


「ちなみに最後、なんて言ったの?」


 俺のぼやきに永倉が反応してくれた。コイツは本当にいい奴だな。


「最後ぉ? ……確か、俺はお前以外の人と結婚するだかなんだか……」

「それだろ」


 満場一致のご意見だそうで、ゼミメンバー全員が口を揃えた。


「はぁ!? なんでぇ!?」

「いやいや、逆になんで怒らないと思ってんの?」


 最後に会った日の記憶をうっすら思い起こすと、確かそんなことを言った気がした。けれど、それが沖田と会わない原因になったとは思えない。別に付き合っている訳じゃないし。


 土方と沖田がたまたま隣に住んでいて、たまたま同じ時に生まれたから幼馴染になって、苗字が原因でセット扱いされて来ただけ。特別な関係じゃない。周りにそう見られていたから、期待に沿うようにそうしてきただけだ。


 俺はそれをそのまま伝えると、今度は一斉にため息をつかれた。


「よく言うよねー、俺にしか扱えないとか言って周りに男が寄り付かないようにしたり」

「食堂に行ったら沖田ちゃんの事一生懸命探して」

「飲みに誘ったら沖田が待ってるからパスとか言うし」

「長期休みも沖田ちゃんちと旅行に行くって小学生みたいにウキウキしてさ」


 ゼミメンバーから次々と俺の日常が吐き出されていく。

 そんなこという訳が無いと否定したいが、俺が言ったと言う台詞には心当たりがある。


「俺って、そんなに沖田沖田言ってるのか……?」


 返事は分かりきっているのに確認のために問うと、首を縦にして力強く肯定された。

 

 仕方ないだろう。沖田は俺がいないと何にも出来ないし、社会で生きていけない。なんとかしてやりたい反面、きちんと自立して欲しいとも思う。突き放してやらないと、しゃんとしないと思ったから厳しいことだって言うわけで。


 ――って、厳しいことってなんだ。自分が言われたら背筋がピンとなる事を相手に言うんだから、俺が沖田に言う厳しい事って・・・・・・。


 頭を使うと酔いが回って視点が合わなくなってきた。やっぱりこれはきっと酔いのせいだ。もしかすると夢の可能性だってあるぞ。


 そうさ、俺は沖田と結婚しない。厳しいが、沖田にそう言ってやるのが一番いいんだ。それなのに彼奴はずっと暴君ニートのまま。

 だから彼奴が気付くまでずっとそう言い続けてやるつもりだ。


 ちゃんとしないと本当に俺がいなくなっちゃうかもしれないぞ、という意味を込めて。

 それに彼奴はなんで気付かないかねえ。これではフラストレーションも溜まる。酒で酔い潰れて吐き出したくもなるさ。


「あの……っ」


 いよいよ瞼が視界を支配しようとするとき、ゼミで一番美人で人気の芹沢さんが思い切った声と右手を上げた。


 微睡んでいた俺も、彼女の声で目が開いた。

 

 彼女を見れば、彼女も俺を見ていた。視界がぼやけるので顔のパーツはよく見えないが、そんなに美人だとは思わない。沖田ならぼやけても顔が整っているのはわかるのにな。俺の目が腐ってんのか?


 とりあえず俺に用事かと首を斜めに傾けると、彼女は控え気味に頷いた。


「沖田ちゃんの事で気になることがあって……」

「気になること? 芹沢さん、沖田ちゃんと絡みあったっけ?」

「直接はないんだけど、友達から聞いた話っていうか……最近まで沖田ちゃんとバイト先が一緒だった子がいて……」


 芹沢さんが確かでないけどと保険をかけつつ、話始めた。俺の知らないかもしれない、俺といない時の沖田。


 暴君だったのは、俺だったのかもしれない。

 


 


 

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