第5話 最終話
ただただ
不安で
怖くて
私は席を立ち、会場から逃げ出した。
「あーあ。美沙の逃げ癖がまた出た。あれがなければいい子なんだけどなー。
美沙は男子連中が何とかするでしょ」
会場から出た後は全速力でとにかく走った。
息が切れる程に走って。
返事のことなんか
考えたくない。
泣いている自分がおかしいのに
泣きやもうと思うのに
呼吸が整わなくて
嗚咽が漏れる。
「……ッ」
いっそ涙が止まれば
少しは楽になるのに
全然止まってくれない。
私が腰をおろしたのは公園。
小さい頃いつも遊んでいた場所。
しゃがみこんでから
どれくらいそうしていたのだろう
「よッ」
顔を上げると汗だくの拓斗がいた。
いつもと変わらない笑顔にほっとする。
「話を聞いて?」
いつも余裕がない私に笑いかけてくれる拓斗が好きだ。
涙は止まっていたけれど
胸が苦しいのか
のどが痛いのか
わからない。
心が痛いのかもしれない。
私はとてもじゃないけど
声が出せる状態ではなくて
コクリと頷いた。
拓斗が話してくれた。
意地っ張りで弱い私にもわかるように丁寧に。
「まずはあの告白だけど。
断わったから。
ちょっと周りの目が気になったけど、
信哉があとは何とかするからって」
「信哉クンが?」
「ああ。あとで食いもんなんかおごらされんだぞ」
「……なんかゴメン」
「美沙はずるい。何でかって俺の意思を無視して、
勝手に決めようとするから俺は嫌いだ」
彼の素直な言葉を聞いているうちに聞きたい事が増えてきて、掠れた声で問いかける。
「信哉クンがね、拓斗のこと大変だけど頑張ってっていってた。
どこら辺が納得できなくて距離おこうと思ったの?」
「有埼に美沙をきずつけちゃうかもねって言われて」
「そんなの平気だよ。拓斗が離れちゃうことのほうがつらかったし」
「そっか」
「一人って意外に寂しいんだから」
「そっか」
「拓斗はどうだった?」
「……俺も」
「だったらずっと一緒にいたいな」
「俺も。――おっと信哉から電話。
会場のこと全部任せてきたらちょっとであるな。逃げんなよ」
信哉は拓斗が出て行って会場を収める仕事をしていた。
「彼には長年想いを寄せる女子がいるので、このセレモニーは残念ですが。」
進行をしていたアナウンス係の女性も社長もぽかんとしていた。
「そんなことは聞いていなくて、余計なことをした。
こちらこそ申し訳ない」
そこまで話の通じない社長ではないようで、肩の力が抜けた。
会場からはやがて客足が遠のいていった。
信哉は今度は有埼由香に向かい合う。
「まったく。権力にものを言わせてカップル誕生を阻止するなよ」
「使えるものは何でも使わないと」
「あー面倒な女」
「あ、ゆあなからメール。
『残念ね。失恋記念パーティでもやりましょ』って」
「いい友達持ったジャン」
「はー試合が終わって疲れてんのになぁ。今度は拓斗に報告っと」
LINE電話で連絡を取る。
「とりあえず、会場のどよめきは何とかなったし、勝った打ち上げでコーチ含めいつもの店に行っているから」
「おう」
「あとで美沙ちゃんの好きなとこチーム全員に報告な!」
「……マジか」
「それくらいで許してやるから。んじゃ」
報告完了。
「もー勘弁してくれよな。こんなめんどくさいことに
まきこまないでくれよ。ゆあなによろしく」
有埼はかなり肩を落としているようだが、
これを慰めるのはゆあなの役目なんだろう。長年の親友らしいし。
「俺の役目はこれでおしまい。あとは好きなもん食うか、オレってチョーえらいジャン」
チームメイトのもとに向かったのだった。
「あ、ゆあなからメール来ている。『おめでと』って」
「よかったな。連絡くれて」
ゆあなの優先順位がどうであったとしても友人であることには変わりないよね。
有埼さんには負けるみたいだけれど。その溝はこれから埋めていければいいと思う。
いつか笑いあえるような関係になればいいなと思いながら。
「ずっと一緒にいようね」
「ああ」
「「この想い
永遠に続きますように」」
完
いつしか芽生えた想い 朝香るか @kouhi-sairin
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